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21.叔父さま、焦る

 春。


 心浮き立つ春。いつもとは違う特別な春。

 とうとうミリエラが王立学院に入学する日がやってきた。


 石造りの校門をくぐり、さざめく新入生達が登校してくる。

 その中にミリエラとアネッサの姿もあった。


 十五になったミリエラは、優雅な足取りで校門をくぐった。

 春の陽を受けるストロベリーブロンドの長い髪が、緩やかに波打ちながら輝いている。そこに乗っている赤いリボンが、風をはらんで揺れていた。

 意志の強そうな眉の下には大きな緋色の瞳があり、桜色の唇は軽く微笑んでいるように弧を描いている。その表情は高貴な猫を思わせた。それを自覚しているかのように、制服の胸元には銀色の猫のブローチが光っている。


 チラチラと新入生達がミリエラを盗み見る。

 やはり公爵家の娘は近寄りがたいものなのかしら。と、入学式式場のホールに踏み入りながらミリエラは考えた。

 友人ならアネッサもいるし一応アレクシス王子もいる。だから孤独な学院生活にはならないだろうが、一つだけ気をつけなければならない事がある。

 入学前に、レオンにも念を押されたことだ。


「人に嫌がらせするような子になってはいけないよ」


 ミリエラはアレクシス王子と婚約もしていないし、レオンの言うことをよく聞いてきたつもりだ。『ゲーム』の道筋とはすでに離れているはずだった。

 レオンも「もう大丈夫だと思うけどね」と言ってくれた。だが気をつけるに越したことはない。


 式を終え、人の波に流されながら、ミリエラは日の光が差し込んで明るい教室に入った。

 規則正しく並んだ机と椅子を縫って歩きながら、前から三列目の窓際の席につく。さっさと座って、机の上にあった冊子をペラペラと見ていると、数学の担当の欄にレオンの名を発見した。


(叔父さまだわ……!)


 駄目だ。頬が緩んでしまう。

 慌てて両手で口を覆っていたら、日光を遮るように机の前に人影が現れた。影の差した顔を上げ、ミリエラは前に立つ人物を見上げる。

 光の中に立つのは、神秘的な上に愛らしさを併せ持った少女だった。


「はじめまして。ミリエラ様」


 とても珍しい、白銀に近いプラチナブロンドの髪は肩の辺りで切り揃えられている。白雪のような肌に映える翠の瞳が宝石のように煌いている。

 童話に出てくる天使のような清らかさを感じるのに、柔らかな表情は穏やかで人好きのするものだった。

 ミリエラは、こんなに美しい人はアレクシス以来だと見つめる。


「はじめまして。お名前を伺ってもよろしいかしら?」


 黙ってしばらく見つめてしまったミリエラは、ハッと我に返る。

 気を取り直して名を尋ねれば、彼女は恥ずかしそうに応えた。


「あんころもち子、と申します。よろしくね、ミリエラ様」







「アンって呼んでね」

「ええ。私の事はミリエラでよろしくてよ」


 教室の中で、そこだけがまるで光り輝いているよう。

 クラスメイトの誰もがそう思った。

 かたや天使のような神々しさと愛らしさをまとい、かたや凛とした高貴さを持つ二人の少女が寄り添い語らっている。


「あのアレクシス殿下とお友達なの?」

「ええ。もともとは兄が親しかったのだけど、私とも友人になってやると仰って、それでよ」


 クスクスと思い出し笑いをするミリエラに、あんころもち子がソワソワむずむずと口を動かす。


「そ、そうなんだ。ところで、ミリエラはまだ同級生のお友達はいないの?たくさん取り巻……お友達いそうなのに」

「隣のクラスにいるアネッサはお友達よ。まだ彼女だけなの」

「そっかあ」


 パッと花が咲くように笑いつつあんころもち子は可愛らしく目を瞬かせ、突然ガッチリとミリエラの手を両手で握りしめた。


「じゃあ私も、ミリエラのお友達にして!」

「え?ええ。……喜んで」


 こうしてミリエラは、あんころもち子と友人になった。

 彼女は人懐っこい笑顔のまま、握ったミリエラの手を振っている。天真爛漫で、きっと誰もが好きにならずにいられない。そんな容姿と表情。

 ニコニコと笑う彼女を見ながら、ミリエラは密かに思った。この少女が『ゲーム』の主人公なのではないのだろうか、と。












 入学式とクラスでの顔合わせを終え、今日は下校となった。

 明日には在校生を含めた始業式があり、授業が始まるのは明後日からになる。

 ミリエラがアネッサと寮へ帰ろうかと思案していると、ガラリと大きな音を立てて後方の扉が開いた。


「叔父さま!」


 そこから現れたのは、レオンだった。

 彼は愛用の伊達眼鏡をかけて、小脇に名簿らしいものを抱えている。その顔は何故か焦りとも困惑とも言える表情をしていた。

 彼を見た何人かの女生徒がワアッと声をあげる。

 今日会えると思っていなかったミリエラは嬉しそうに声を上げて立ち上がった。しかしレオンはミリエラに片手を上げただけですぐに視線を外す。

 そうして何かを見つけた瞬間、一直線にそこまで歩いていく。


「あんころもち……子、さん」

「はい」

「ちょっと来てくれるかな」


 レオンがあんころもち子を真っ直ぐに見ていた。対する彼女もレオンを真っ直ぐ見上げている。どちらも目を逸らさず見つめ合って数秒。

 あんころもち子がコクリと頷き、鞄を手に取る。


「ミリエラ、入学おめでとう。また後で会いに行くよ」


 レオンは呆けたように見ていたミリエラにそう声をかけると、あんころもち子を伴って教室を出ていった。



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