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20.王子様の独白②(アレクシス視点)

 見合いをして一月が経った。

 あれからも二人の令嬢に引き合わされたが、どちらの時もミリエラのように心動く出来事はなかった。

 そんな折、学院でエドが私を捕まえて語った。


「今度の休みにね!婚約者殿の別荘地にスケートしに行くんだよ!羨ましいだろう!」

「スケートか。楽しそうだな」


 私も運動全般得意だが、エドには敵わない。彼はどうせスケートも上手いのだろう。彼の表情が物語っている。


「婚約者殿もスケートは好きらしい!ただうちの妹が初めてらしいんだけど!」

「ミリエラも来るのか」


 そう言うと、エドはコクリと頷く。

 エドの婚約者とミリエラはとても仲が良いらしい。二人ともあまり貴族の茶会やパーティーに顔を出さない為、婚約者殿に至ってはお目にかかったこともなかった。この男の婚約者は少しだけ見てみたい。


「そうか!そんなに羨ましいなら一緒に行こう!」


 少し考え事をしていたら、いつの間にか私も行くことになっていた。







「殿下は、スケートしたことはおありですか?」


 聞いたくせにそれ以上の会話はなく、ミリエラは氷上に踏み出していった。初心者丸出しのへっぴり腰は、押してみたくてムズムズする。

 こういう時女性は、男性にエスコートされたがるものだと思う。現に経験者だというエドの婚約者も、エドに両手をあずけて滑っていた。


「おい」

「ひああっ」


 欲求に負けて軽く押してみたら、ミリエラは大げさに腕を振り回してビタッと止まった。あまりに不恰好なので思わず笑いをこらえる。

 こういう時、きゃっと可愛らしい声で男にしがみつくのが女だと思っていたが、それも予想を外れた。


「何をなさるの!転けてしまうじゃありませんか!」

「スケートは初めてか」

「ご覧の通り初めてでございます。慣れるまでは端で練習いたしますわ」

「それじゃ上手くならん」


 手を取ってやると、明らかに困惑している。

 私が手を取ってやると女性は喜ぶものだと思っていたが、どうも違うらしい。ミリエラには想いを寄せる相手がいるからだろうか。

 彼女には怒らされたり無下にされたり、ペースを狂わされっぱなしだった。だからこうして優位に立つと気持ちがいい。

 ミリエラも同じように、私に振り回されればいいのだ。


 と言っても無茶なことは出来ず、私は彼女の手を引いて湖の外周をゆっくり回ってやった。

 さすがエドの妹というところか、狭い湖を二周もする頃には随分滑れるようになっていた。片手だけ繋いで少しずつスピードを上げていったら、バランスを取り滑りながら、話ができるまでになった。


「殿下。お手をありがとうございました。私一人で滑ってみますわ」


 そう話すミリエラの紅く上気した顔を見て、思い出した。

 そうだ。いつかの晩に美しい踊り子と跳ねていたあの少女。自分と同じかもしれないと思った少女は彼女だったのだ。

 ミリエラは、私とちっとも同じではなかった。







 スケートで言われたことを、折につけ思い出していた。


「私は殿下のことをまだ何も知りません。ですから本当のところ勝ち負けという明確な判断はつけられません」


 もしミリエラが私の事をちゃんと知ったら、私とミリエラの想い人はどちらが上になるのだろう。確かに私は彼女に何も知られていない。見目の良さや生まれ持った地位、そんな話ではない事はもう分かっている。

 そうして気にすればするほど、呼ばれた茶会やパーティーで彼女の姿を目で探した。彼女は私と違い正式な社交界のデビューもまだ先だし、いなくても不思議ではないのだが。探しても見つからない回数が増えるたびに苛立ちも募った。

 しかもだ。


「四月の頭はミリエラの誕生日でさ!いつもあの子を祝った後に新学期が始まるんだよね!こないだのパーティーも楽しかったな!」


 何の邪気もなくエドが言った。いや、本当に邪気が無いのかは怪しい。

 彼は知らぬふりを装って他人をからかう事がままあった。

 ミリエラは誕生日に身内だけでささやかな祝いをしたらしい。パーティーを催してくれたなら、会えたのに。


「直接出向いてはいかがでしょう」


 長く侍従を務めているアベルが進言してくれた。

 そうか、別に婚約しなかったからといって全く会ってはいけない道理はない。顔見知りの友人の家に挨拶しに行くだけだ。

 そうと決まれば、早速馬車の用意をさせた。




「お知らせ下さっていれば、おもてなしもできましたのに」

「たまたま近くを通ったから寄っただけだ」


 私の言葉に、背後のアベルが身じろいだ気配がする。こんな遠くまで来る用事などないのは明らかだったが、ミリエラが気づいた様子はないので良しだ。


 その後のミリエラとの会話で感じた気持ちは、今でもなんと表現したらいいのか分からない。

 不機嫌に見せるのは他人を寄せ付けない為。他人を寄せ付けないのは見目や地位で寄ってこられるのが嫌な為。そう語る彼女。

 ミリエラに、私が他人を厭う理由をサラリと暴かれるのは、悪い気がしなかった。彼女は私の知るこれまでの人とは違うのだ。私のくだらない、しかし人生を通して抱えてきた悩みくらいは見通せるのだろう。

 しかし、その後の言葉には辟易した。


「大丈夫ですわ、殿下。そのうち、きっと殿下を真っ直ぐに見てくれる女性は現れます」


 エドとミリエラは似ていないようでやっぱり似ている兄妹だ。

 私の事をあっさり見抜いてしまうくせに、私を一番にはしないのだ。王子である私の一番になろうとしている人間は多いのに、ミリエラもエドもそうなろうとはしない。


 いいや、まだ決まったわけではない。

 私という人間を知って、その思いが変わる事があるかもしれない。上の兄上も「女心と秋の空」としたり顔で仰っていた。

 まずは彼女と、友人という関係になろう。


「お前も私の友人にしてやろう」


 正直照れたが、照れはバレずに言えたはずだ。

 ミリエラがあからさまにウンザリした顔をした。

 本当に彼女の顔からは感情が読みやすい。しかも失礼だと分かっていてもやってるフシがある。


 こうして私は、ミリエラと友人になった。







 エドに「妹は甘い物が好きだ」と聞いたので、料理人に腕をふるわせた菓子を手土産にしたら、緋色の瞳がキラキラ輝いていた。


「どれも美味しそうで目移りしてしまいます」

「全部食べればいいだろう」

「これを全部食べたら、私豚さんになってしまいます」


 苦悩している顔を見つつ、次は量を抑えてやろうと思う。

 悩みに悩んで選んだケーキと紅茶を前に、ミリエラは自慢げに言った。


「殿下、ご存知ですか?その紅茶はフレーバーティーといって、りんごの香りがしますのよ」

「甘ったるいな」

「お好みにあいませんでした?」


 元々甘い香りは好きじゃない。昔から女性に囲まれることが多かったから、それを思い出してウンザリしてしまうのだ。


「殿下は甘いものはお好きではないですのね。ではどういう香りや味がお好きなのですか?」

「そうだな……」


 一つずつ私の事を教えよう。

 そして一つずつ彼女のことを知っていこう。


 二杯目の紅茶にかかる頃、私はどうしても気になっていたことを聞いた。気になっていたことを気取られないように、何でもないことのように。


「そういえば、お前はもう想い人と将来の約束は交わしているのか」

「いいえ。そもそもお慕いしている事も告げていません」

「ということは、婚約者でも恋人ですらもないということか」

「私はまだ幼いので。いつか立派な淑女となった暁には、この気持ちを伝えるつもりです」


 はにかんで下を向いたミリエラは、どうしようもなく乙女だった。私は茶化そうとした口を閉じ、頭を抱える。

 まだ始まってもいない関係にホッとしたのもつかの間、ミリエラの思いの深さを見て頭が痛んだ。

 これは綿密に作戦を立ててかからねばならない。

 私はそう心に決めて、甘い焼き菓子を口に運んだ。




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