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19.王子様の独白①(アレクシス視点)

 物心ついた時から、私の周囲は甘い毒で満ちていた。


 育ててくれた乳母は姫相手かというほど過保護だった。

 王宮の内廷には名前も覚えきれないほどメイドがいるが、それが入れ代わり立ち代わり私の部屋へ競うようにやってきて用事を求めた。

 当時は世の中のほとんどの人間は女性が占めると思っていたほどだ。

 毎朝髪を梳かしてもらいながら、着替えさせてもらいながら、呪文のように「本当にお可愛らしい」と言われ続けた。

 兄二人は、私より十以上も年齢が上で、二番目の兄は私が五歳の頃にはすでに高等部に在籍していた。


「お前はいいな。誰からも愛されて」


 兄上は私を見るたびにそう言った。身内の兄が愛してくれていないのに、誰からも愛されているとは矛盾だと思った。

 このような矛盾はたびたび感じた。

 お前は愛されていると指摘してくる人間は、大抵私を愛していない。


 その指摘は嫉妬から来るのだと、しばらくして気づいた。

 私は家族以外は全て私より下の立場だと知っている。

 だから私のことを悪し様に言う場合、どうしてもそれは陰口になる。

 陰口は、面前で言われる数倍重くのしかかった。


 女性達はいつしか私の事を「可愛らしい」から「美しい」と表現を変え褒め称えたが、いずれにせよ外面の話だった。

 男性達は女性と対をなすように陰口を叩いていたが、そこには根拠も事実もなく嫉妬があるだけだった。

 いつしか、私は言われなくても人の顔色を見て気持ちを読み取ることばかりが上手くなっていった。


 くだらない。

 周りもくだらないし、それに振り回される自分もくだらない。

 学問や剣技、作法など学ぶべきことは真面目に学んだ。たとえそれが自分の評価に繋がらなくとも、出来て当たり前だと思われても。

 それが王族たる責務だと知っているからだ。




 そんな時、夕暮れの王宮で出し物があると聞いた。

 侍従をともない覗きに行くと、すぐさま貴族連中に囲まれる。彼らは自分の息子娘を押し付けて下がった。そこからだろうか。表に出るたびに多勢の貴族子女が私に侍るようになったのは。

 出し物自体は面白かった。平民の間で話題だというサーカスは、演者が皆活き活きと動いて気持ちよかった。

 私を囲う者たちが異口同音におべっか混じりのお喋りをしていなければ、もっと楽しめただろう。


 終わってからも宴が催されていた。沢山の子女を侍らせながら見回っていると、中庭の暗がりに動く影が見えた。

 柱に寄り、それを窺う。

 先程サーカスに出ていた踊り子の一人と、明るいストロベリーブロンドの少女がチマチマと踊っていた。

 あの娘は、私の取り巻きには入らないのか。と思いながら見ていた。

 回る彼女は上気した顔を輝かせながら笑い、一生懸命に踊る。

 先導する踊り子の表情は俯きがちで見えない。しかし、その黒い瞳が一瞬こちらを見て目が合った気がした。

 それはすぐに逸らされた。貴族の少女に伝えることもしなかった。


「あれはファウルダース公爵家令嬢ミリエラ様ですわ」


 青いドレスの娘が私の横に来て言った。

 その声色に、私に見えぬところで陰口を叩く声と同じ色を感じた。現王族ではないものの、強大な力を持つ公爵家。位の高い貴族の令嬢があんな所で平民とダンスして。と、あからさまに見下していた。

 やはり女性同士でも同じようなことになるんだな。

 今平民と笑顔で跳ねている彼女も、私と同じ苦労を背負っているのだろうか。遠目に見た感じとてもそうは見えないが。


 お前もせいぜい頑張れ。

 中庭から遠ざかりながら、自嘲のようなエールを送った。




 中等部に上がって出会ったエドは、変わり者だった。

 初等部の頃はひたすら剣術に打ち込んだ結果、まさかの留年をしたらしい。近年学問が遅れたものは容赦なく留年させるようになったとはいえ、公爵家の嫡男がそうなるとは。

 王宮に務める公爵も、誰も突っ込んでくれるな、というオーラを日々放っていると評判だ。

 中等部で同級になった彼は、すぐさま人気者になっていた。

 一学年上の元同級も彼を慕っていたため、彼の周りにはいつも誰かしら人がいた。私と同じ姿なのに、全く違う。


「お前の周りにはどうしていつも人がいるんだろうな」


 たまたま二人だけになった教室で、ずっと聞きたかった事を聞いてみた。それはこれまでの人生でもなかなかない恥ずかしさだった。


「殿下もいつも人に囲まれてるじゃないか!」

「声がでかい」


 二人きりなのに、ボリュームがおかしい。

 それと、私とエドが同じではないことくらい、彼が分からないはずはない。彼がその実頭がいいのは、学院の誰もが知っていた。


「嫌いなのかい?周りの人たちが!」

「王族だからな、私は。好き嫌いで動けないさ」

「私達は今学生だぞ?好きに動くなら今だ!」


 それに、とエドは付け加える。


「殿下は周りの奴らをみんなジャガイモか何かだと思っているだろう!だから好きになれないんだぞ!」

「ジャガイモは好きだ」

「うん!そういうことじゃない!」


 エドはいつも笑顔でいるが、今はことさらケタケタ楽しそうに笑っていた。


「私も妹に教わったんだけどね!人と付き合うには、人の話をよく聞かなきゃダメなんだ!ちゃんと聞いて、それから自分の言いたいことも聞いてもらうんだよ!」

「それは理想論だな」

「理想論だっていいじゃないか!十人の話をちゃんと聞いて、その中で一人でも仲良くできる人が見つかったら勝ちだよ!」

「勝ちか」


 エドは明るく付き合いやすく、特に誰も拒まない。だから表面的に楽しもうと寄ってくる輩も多いに違いない。それでも彼はその人たちの話を聞いて、自分と合う人間を探している。

 怖い男だな、と思った。

 同時に彼に受け入れられたいとも思った。




 姫ばかりの隣国に二番目の兄が婿入りする事になり、私の妻は国内で、との話に決まった。自分の娘を躍起になって推してくる貴族も多かったが、世話役のキャンベル夫人がまずは公爵家から、と呼んだのがミリエラだった。

 他にも適した娘は揃っているから、気軽に会えと言われていた。しかし私の中では、もう決めてしまっても構わなかった。

 茶会やパーティーで会う女性たちは相変わらず私の美しさを褒めそやす。たまに学業を褒める女子もいたが、どうせおべっかの延長だ。

 ミリエラがそんな女だとしても、彼女と結婚すればエドが義兄になる。誰を選んでも似たようなものなら、エドが付いてくる分ミリエラはお得だと思った。

 それなのに。


「私には心に決めた方がいますので、このお話はお受けできません」


 どうもありがとうございました、それでは。

 といった勢いで、ミリエラは見合いを終わらせようとした。


 見た目は悪くない娘だった。

 エドと同じ髪と瞳の色を持ち、公爵に似ている分キツめだが整った顔立ちをしていた。

 そんな彼女が、好きな男がいるからと、にべもなく婚約を断る。夫にすればたちまち羨望の的になる私を断るというのだ。

 その男は余程ご自慢の美しさを誇る人物なのだろうか。地位と財力で私に及ぶはずは無いのだから。

 そう言えば、好きな男を侮辱されたと思ったのか。はたまた自分が侮辱されたと感じたのか。彼女は静かに怒って私を突き放した。


 ミリエラは表情をコロコロ変えるのが面白かった。

 エドは表情豊かだが、彼は基本的に笑顔のベールを一枚被っている。さすが上流貴族の嫡男というところか、表情は読みにくかった。

 一方の妹は、読んでくださいと言わんばかりに顔で物を言う。


 今日は彼女を怒らせたが、彼女も私を怒らせたのだからおあいこだ。

 婚約は断ると言っていたが。

 また話をしてみたい。そう思った。




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