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17.叔父さまと猫

 初めてのスケートは、とても楽しくて心沸き立つ遊戯だった。

 聞くところによると、このスケートで速さを競うこともあるらしい。上手に滑れるようになって競走できたなら更に楽しいに違いない。

 ミリエラは帰宅してから誰彼となく捕まえて、スケートの話をした。近しい使用人はスと聞いただけで用事を思い出すようになってしまったほどだ。


 二月の間はスケートの話しかしなかったミリエラだが、三月に入り寒さが和らいでくると少しずつおとなしくなっていった。

 四月初旬には王立学院の新学期が始まるが、新学期の直前、四月の頭にミリエラの誕生日がある。今年から王立学院の教師となることが決まったレオンだが、ミリエラの誕生日には日帰りだが帰省すると手紙が来たのだ。


 空気の匂いが変わり春の鳥の声が耳につくようになる頃、ミリエラの十四回目の誕生日が来た。

 メリサは随分前からミリエラのソワソワとした態度とその理由を知っていたので、主人と同じくらいの気合を入れて支度に取り掛かった。

 年々ミリエラは成長している。赤い薔薇がゆっくりと綻んでいくように緩やかに確実に。中身はまだまだ可愛らしいところもあるが、顔立ちはますます父に似て上品な容貌となっていた。

 いつものごとく頭には赤いリボンを結び、ここぞというときの赤のドレスを着付ける。メリサも公爵夫人もミリエラには色んな色のドレスを着せたがるのだが、本人はどうしても赤に拘っていた。


「さあ、お嬢様。そろそろレオン様がお戻りになる時間でございます」

「ええ!」


 エントランスにつくと、父母も先日帰省したエドモントも揃っていた。慌ててその中に入り、扉が開くのを待つ。久々に帰省する家族を迎えるこの時間が、ミリエラは好きだった。


「遅くなりました。ご無沙汰しております、ただ今戻りました」


 扉が開き、既に昼を過ぎた陽が差し込む中レオンの声が響いた。




「叔父さま、おかえりなさい!」

「ただいまミリエラ」


 ミリエラがレオンに一番に駆け寄った。夫人が「はしたない」と苦言を呈するが見慣れた風景なので半ば諦めているようだった。

 レオンはミリエラの頭を柔く撫でる。


「見るたびに大きくなるね」

「お兄様には負けますわ」


 既に長身のレオンと同じ身長になり、身体付きはレオン以上に逞しいエドモント。レオンが目をやると、彼は珍しく黙って手を降るだけの挨拶をした。その横にはアネッサが立っている。

 レオンは数度しか顔を合わせたことのないアネッサだったが、もうすっかりミリエラとは仲良しらしかった。毎年彼女だけは身内のみの誕生日に呼ばれている。


「ねえ、叔父さま。パーティーまで叔父さまの部屋に行っていいかしら?」

「構わないよ」


 パッと花が咲くように笑みを作り、ミリエラは胸の前に両手を合わせた。その後ろではアネッサがニコニコと微笑み、エドモントの服の裾をきゅっと引いている。

 アネッサが前もってエドモントに大人しくしているようにと頼み込んでいたことは、一番はじめからこの場にいて様子を見ていた執事だけが知っていることだった。




 叔父さまがいる。

 今思うと、幼い頃毎日叔父さまと過ごせたのはとても幸せなことだったのだと分かる。好きな人と日々会える関係は、とても貴重なのだ。

 今はそうじゃない。だからこそたくさん話したいことも聞きたいこともあるのに、いざ目の前にすると何を話していいのか分からない。

 それに今年二十五になるレオンは、思ったより大人になっていた。比べて自分は子どもっぽいのでは……と急に不安も押し寄せる。

 ミリエラは口を引き結んでレオンの前に座っていた。


「どうしたの。いつもはあんなにお喋りなのに」


 あまり見ない悪戯っぽい笑みを浮かべ、レオンが尋ねた。


「そんなにお喋りじゃありませんわ」

「そうかな?いつも手紙はすんごい長いし、この前帰ってきた時は僕が起きてられなくなるまでお喋りしてたじゃないか」

「この前って、もう随分前のことですわ!叔父さまちっとも帰って来てくださらないんですもの」


 たまらなくなったのか笑い出すレオン。楽しそうに笑うレオンを見ていたら、ミリエラもたまらず笑顔を見せた。


「ミリエラ、お誕生日おめでとう。これは僕から」


 渡されたのは小箱と本。きっとこの本は叔父さまのマンガだ。


「ありがとう叔父さま。うれしい」


 ミリエラはいつも通り本を大事にいだきながら、ソファーにゆったりと座り直した。読みたい気持ちが押し寄せてくるが、今はレオン本人と一緒に過ごしていたい。


「叔父さま、マンガの作家になればよろしいのに。小説家だって画家だっているんだもの。マンガだってきっとすぐに人気になって生計だって立てられるわ」

「そうだなあ」


 苦笑いでレオンが赤い髪をかきあげる。


「マンガの神様になるのは、僕には荷が重いかな」

「神様、は確かに荷が重いですわね」


 真面目に返したミリエラは、何故か再びレオンに笑われてしまったのだった。レオンが楽しそうに笑うのなら、笑われても腹は立たない。これも好きな人だからなのかしら。とミリエラは考えていた。




 家族と家族予定のアネッサを入れた誕生日会は和やかに進んだ。

 以前エドモントが留年したことを告白してパーティーがお開きになった事、その後彼が三時間の説教を耐えている間にミリエラとアネッサが仲良くなった事。レオンが教員養成学校でいかに忙しかったか。今年はエドモントが高等部の一年、レオンも高等部勤務で会う機会も増えるだろうという事。

 話の種は尽きず、笑い声も尽きなかった。

 ここ一ヶ月この日を指折り数え待っていたミリエラが幸せそうで、給仕をするメイド達もほのぼのと見守っている。


 新任教師で忙しいレオンは、この食事会が終わったら仕事の為に夜馬車で帰ってしまう。

 幸せに包まれながらも、この時間がずっと続けばいいのにと思わずにいられないミリエラだった。











 少し眠たげな目を伏せながら、ミリエラはドレスを脱がせてもらう。解いた髪を横に流しながら、寝間着を着る。ぼんやりとしながらも、テーブルに置かれた本と小箱に目をやった。


「メリサ、開けてもいいかしら」

「かまいませんが、お嬢様とても眠そうですわ。明日になさった方がよろしいのではないでしょうか」


 後ろでいそいそと動くジュディも頷いている。ジュディはマイユが結婚退職して長らく一人体制になっていたミリエラ付きの新しい侍女として、先月入った少女である。年はメリサが侍女となった時と同じ十五歳で、メリサも何かと面倒を見てやっていた。若い彼女は活き活きと働き、物覚えも良い。


「じゃあメリサ、ジュディ、あとはお願いね。叔父さまのプレゼントは明日一番に開けるから、そこに置いておいてね」

「かしこまりました。おやすみなさいませお嬢様」

「おやすみなさいませ」


 次に叔父さまに会えるのはいつかしら。

 柔らかなベッドに入り身を横たえると、ミリエラの上にすぐさま眠りの帳が降りてきた。




 夜明けすぐに目が覚め、まだ誰も部屋に来ていない事を確認する。

 ミリエラはそっとベッドから降りると、ルームシューズに足を入れるのももどかしそうにテーブルへ向かった。

 まずはレオンが毎年くれるマンガを手に取り、ソファーに掛ける。いつものように優しくページを開きミリエラは読み始めた。


 “黒猫の大冒険”


「まあ。ネコが主人公だわ!」


 可愛らしいネコがお喋りしている。

 いつも飼い主の少女のために踊り、笑わせ、体の弱い少女のために外の世界を見てきてお喋りをする。ネコは外に出かけるたびに花を摘みどんぐりを持ち帰り、少女に外の香りとともに届ける。

 少女は心で黒猫と旅をする。妖精の国や海賊の船、沢山の土地。

 体の弱い少女はそれに元気づけられ、病気を治療する勇気をもらう。

 そんな少女と黒猫の絆のマンガだ。


「早くメリサたち来ないかしら」


 早く感想を語りたい。メリサやジュディにも読んでもらってあれやこれやとお話したい。お喋りする心優しいネコちゃんを自慢したい。


 余韻に浸っていたミリエラは、ぱっと顔を上げた。そうだ、叔父さまからのプレゼントがもう一つ。

 本の横に置かれてあった小箱を手にする。

 そしてかけられている艶やかなリボンを解き、蓋を開ける。

 中から出てきたのは、銀細工の猫のブローチだった。

 しなやかな猫が象られたブローチはリボン留めにも使える小ぶりなもので、控えめな光を放っている。そしてその猫の目には深い蒼の石がはまっている。レオンの瞳を思わせるような色だった。


 ブローチを両手で大事に包んだミリエラはベッドに戻り、ばふっと横になる。そうしてメリサが部屋に来るまで、ベッドの上で足をパタパタし続けるミリエラだった。





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