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15.王子様にお断り

 ミリエラは十三歳になった。

 相変わらず家では家庭教師に勉強とマナーを学び、平和に生活していた。ウォード侯爵家のアネッサとはお互いの家へ行き来し、親交を深めている。


 そのうちポツポツと、王都に住む同年代の貴族子女から誕生日会の招待が来始めた。これには正式な社交界デビューの前に、先もってある程度の貴族子女と顔見知りになろうという思惑がある。

「もう大丈夫だとは思うけど」と帰省したレオンに言われたのは、取り巻きになろうとする子とは距離を取ること。おべっかを使い寄ってくる子は本当の友達にはなれない。ということだった。

 ミリエラはその晩、レオンから貰った冊子にその心得を書き加えた。


 そうして日々は穏やかに過ぎ、季節は冬を迎えた。

 ミリエラが王立学院に入学するまで後一年と少し。ミリエラにとってはレオンと一緒に過ごす学院生活まで後少し。




「ミリエラ。明日王宮に行きますよ」


 夕食の席で、母がそう宣言した。

 好物の魚のソテーと真剣に向き合っていたミリエラは、顔を上げて母を見つめる。そこには薄く微笑む母の顔があった。

 ミリエラの母は淡い赤みを帯びた美しいブロンドと緋色の瞳を持っている。容姿は本人いわく十人並みだが、彼女はその髪と瞳の色にとても自信を持っていた。これのお陰で公爵家令息に見初められたと思っているし、息子と娘が同じ赤みのブロンドを持って生まれた事に幸せを感じていた。

 特に髪と瞳は自分譲り、容姿は父親に似て端麗なミリエラは、母の自慢の娘である。


「先日、アレクシス王子との婚約の話をいただきました」

「えっ?!」

「明日王宮に出向き、殿下とお会いしてお受けいたしましょう」


 喜びを隠しきれない母を置いて、ミリエラは父に顔を向ける。


「お父様。お話は絶対にお受けしなければならないの?」

「いや、そういうわけではない。家柄も釣り合い年齢も近いということで話が来ただけだろう。お前にその気がないなら断れば良い」


 ミリエラはホッと息をついた。

 アレクシス王子の名前は既に要注意人物として頭に刻んでいる。レオンに貰った冊子に書いてあった『攻略キャラ』だ。

 元々ミリエラはアレクシス王子の婚約者だったというのだから、もしここで断ったら牢屋に入る未来からはかなり遠ざかるはず!

 ピンチはチャンス。

 とポジティブに考え、ミリエラの機嫌は浮上した。


「断っても構わないのですね。それではお会いいたします」

「ミリエラ、はじめからそんな事言わないで〜」


 王族に過剰な憧れと尊敬を抱く母はしょんぼり呟いた。




 翌朝、ミリエラは早朝から起こされ念入りに支度をさせられた。

 ドレスの着付けも髪のセットもいつも通りメリサの仕事。しかし早々に支度の整った母が逐一横で指示を出す。


「もっと髪は緩く編んでまとめてちょうだい。ミリエラは顔がきつく見られるから、優しい印象になるようにしないと」


 顔がキツイのは臨戦態勢なだけであって、いつもではないわ。

 母の指摘に朝からミリエラの気分は下降気味だ。ぶすくれた表情を叱られながら、母子は侍女たちを引き連れて王宮へ向かった。


 王宮に来るのは、ノエルのサーカス団の催しを観に来て以来だ。

 あの時は王宮に入ってすぐの建物にあるホールと中庭を見ただけで、その後ろに控える王族の住まう内廷に入るのは初めてだった。

 高い天井と長く続く廊下。公爵令嬢であるミリエラの屋敷も相当広く立派だが、比ぶべくもない壮麗さをたたえていた。

 メイドに案内され、歩く。白い壁に掛けられている絵画を興味深く見ながら進んでいると、一つの部屋に通された。そこで二人揃ってソファーに掛け、行儀よく待つ。

 更に奥の扉から、メイドが現れ声を掛けた。母が、続いてミリエラが立ち上がり奥の部屋に入った。


 中で待っていたのは王族子息全体の世話役をする現王の姉キャンベル夫人と、アレクシス王子その人だった。

 キャンベル夫人は立ち上がり、ミリエラの母と手を取り合い挨拶を交わす。彼女は次にミリエラの前に立ち、親しげに顔を寄せた。


「はじめまして、ミリエラ。会えて嬉しいわ」

「お初にお目にかかります、キャンベル夫人」


 十三にしては背の高いミリエラは、キャンベル夫人と同じ高さの目線である。二人は微笑みを交わし、勧められるままソファーに掛けた。


 ミリエラは、正面に座るアレクシス王子の顔を見る。

 立ち上がりもしなかった彼は、挨拶をする気もなさそうだ。


 ミリエラは失礼にならないように常に口元に笑みをたたえている。しかしその心中ではお祝いの花吹雪が舞う状態だった。

 王子は、いつも読んでいる恋愛小説から抜け出したような王子様だった。その石像のように整った顔は輝き、甘さを感じさせるのに青白さを纏った全体の印象は正しく王子。どんな画家が彼を描いたとしても、この高貴な彼の姿を切り取ることは出来ないだろう。

 とはいえ、ミリエラが喜んでいるのはその容姿ではない。あからさまに婚姻に興味のなさそうなその態度にこそ喜んでいるのだ。

 これならミリエラの方から断っても特に問題ないだろうし、何ならあちらからお断りされるかも知れない。


 明らかに前を見ない王子と演技でもなくにこやかにし始めたミリエラを横に、キャンベル夫人と公爵夫人が互いの紹介を進める。そうしてある程度の歓談をした後、キャンベル夫人がスッと立ち上がり動いた。


「お二人とも全然お話なさらないのね。わたくしたちがいては緊張しますかしら?宜しければお二人でお話をなさってくださいな」


 スルリとミリエラの横を通り、キャンベル夫人は躊躇なく出ていった。慌ててミリエラの母もその後を追う。

 壁際に侍従はいるが、とりあえず二人きりという形になった。


「お前は」

「はい」

「エドの妹らしいな。エドに変わった妹だと聞いていた」


 お兄様に変わってると言われるとは、世も末だ。


「変わり者のエドがそう言うなら、一周回ってまともな女なのかと思ったのだが」

「それで間違いありませんわ」


 先程まで笑顔を作っていた顔が疲れてきたので、ミリエラは真顔になって答えた。後は楽しいときだけ笑えばいい。

 アレクシスは不意にミリエラの顔を見て、そこから笑顔が消えているのに気づいたようだ。


「不機嫌そうだな」

「殿下ほどではありませんわ」

「私が不機嫌で、怒っているのか」

「いいえ、まさか!逆に嬉しく思っております」


 首をひねったアレクシスに、なんてことない風にミリエラは続けた。


「私には心に決めた方がいますので、このお話はお受けできません」


 今日の仕事は終わった!

 と言わんばかりのミリエラの顔に笑みが戻った。











「お前は王族に嫁ぎたいと思わないのか」

「いいえ、思いません」

「心に決めた男というのが、私より美しいからか」

「は?」


 え、何を言っているのこの人は。

 自分の顔がそんなにご自慢なのかしら。

 という気持ちを口に乗せる寸前で我慢したミリエラだったが、そのせいで桜色の唇がワナワナと震えていた。

 震える唇と驚愕の表情を前にして、アレクシスは一気に顔に熱をあげた。どうやらミリエラの心の声が正確に伝わったらしい。


「ち、違う!」

「まだ何も言っておりません」

「お前の考えている事など言わなくても分かる!私はお前が思うような、その、自己愛の強い男なわけじゃない!」


 そう言われると、余計にそうなのかと疑ってしまう。

 相手が興奮しだしたので、逆にどんどん冷静になっていくミリエラだった。






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