14.侍女の回想(メリサ視点)
メリサ視点で現在までのあらすじのようなものです。読まなくても特に差し支えはありません。
ミリエラお嬢様の侍女は長らく、私メリサが務めております。
このファウルダース公爵家に参ってすぐにそのお役目を頂いたのですが、正直私はその時点で実家に帰りたくなったものです。
私にお鉢が回ってきたのは、前の侍女が辞めたいと泣いて訴えたせいです。それで、ミリエラお嬢様の侍女は大変な仕事なのだと覚悟いたしました。
はじまってすぐに、ミリエラお嬢様の侍女は相当辛抱強くないと務まらないのを知りました。お嬢様はその時まだ七歳でしたが、すでに『暴君』と陰で呼ばれていたほどだったのです。私はいつクビだと言われるか戦々恐々としながら日々の職務をこなしていました。
しかしそんなお嬢様に一大事が起こりました。
それまで引きこもっていたレオン様が、変貌を遂げた事です。レオン様といえばお嬢様の義理の叔父にあたるお方で、長年お部屋に引きこもっていた為私もそれまでは姿を見たことがありませんでした。そのレオン様が突然引きこもりをやめ、お嬢様と交流を持つようになったのです。
その時レオン様はお嬢様に、奇想天外な話をされました。牢屋に入れられる云々という話で私などはにわかに信じられなかったのですが、お嬢様はすぐにそれを信じていました。
そしてレオン様は暴君だったお嬢様を初めて叱った人です。
その時の衝撃は忘れられません。
ショックを受けたお嬢様は、私ともう一人の侍女マイユに「恋愛小説は好き?」と語りかけました。あの時は何故そんな問いが出たのか、その意味を計りかねておりました。あれからしばらく経った後にお嬢様に意味を聞いたところ
「私が大好きな恋愛小説を二人も読むと知って、私と同じ女の子なんだなって。メリサもマイユも私と同じように本を読んでワクワクしたりドキドキするんだなと思ったの」
と、お答えになりました。
きっと以前の幼いお嬢様は、使用人が自分と同じように喜んだり悲しんだりするとは思っていなかったのではないでしょうか。
それ以来お嬢様は、私達と恋愛小説のお話を楽しんだり、おすすめの本を紹介しあったりという事もするようになりました。レオン様付きからお嬢様付きに替わった侍女のマイユは、その話になると驚く程饒舌になったものです。
レオン様の変貌と同時に、レオン様とお嬢様は二人だけの秘密を持つようになりました。それは「レオン様は何処か別の世界で生きていた方の生まれ変わり」といった秘密です。詳しくは分かりませんが、私とマイユ、それにレオン様の近侍のバートは存じております。しかし基本的に仕える主人が決まっている近侍や侍女は余程の事がない限り内緒話は漏らしませんので、これはお二人の秘密なのです。
小さなお嬢様はレオン様と接し、どんどん素直で可愛らしいご令嬢へ変わっていきました。私達をはじめ使用人皆と挨拶を交わし、沢山お話をするようになりました。一方で乱暴な言葉遣いや理不尽に他人を見下すことはなくなり、その変化に使用人達もかなりの間戸惑っていたと思います。
レオン様もそんなお嬢様を陰日向に助け、ご自分も屋敷の中に自分の居場所を作ってらっしゃいました。
お嬢様は、とても分かりやすい方です。もちろんまだ幼いので当然なのですが、それでもお嬢様がレオン様に向ける情は、屋敷にいる者なら誰しもが知っておりました。
レオン様曰く「別の世界の記憶がある」ためか、彼はお嬢様に対して頭を撫でたり手を握ってやったりと、親密に接することが多くありました。言葉も態度も、貴族らしからぬ時がままあるのです。お嬢様は頭を撫でられたりするたびに顔を赤く染め、ニヤけそうになる口をグッと閉じます。お嬢様の幸せそうな顔を見ると、私達使用人も微笑ましく感じておりました。
そんなお二人ですが、お嬢様が十一歳を迎える頃、別々に生活することになります。レオン様が王立学院の教師になる為、教員養成学校に入学することになったのです。
初めてそれを聞いたお嬢様は号泣し、その後レオン様に宥めすかされ丸め込まれて納得していました。お嬢様は口調も態度も年齢にそぐわず大人びていますが、その実は案外単純です。特にレオン様に対しては大抵の場合コロコロと手のひらで転がされていらっしゃいます。
しかしレオン様がいなくなったのと時期を同じくして、お嬢様に新しいご友人が出来ました。ウォード侯爵家ご令嬢、アネッサ様です。
アネッサ様はお嬢様の兄上の婚約者で、お嬢様と同い年。スラリとした長身のお嬢様と比べると、小さくて柔らかな雰囲気を醸し出す物静かな方です。
お二人はお嬢様のお誕生日の日に意気投合し、それ以来頻繁にお互いの家を行き来する仲になられました。
お嬢様はレオン様に、アネッサ様は婚約者であるエドモント様に可愛らしい恋心を抱いています。ですのでお二人はいつも楽しそうに恋のお話をして、盛り上がっています。アネッサ様のお声は小さくていつも我がお嬢様のお声しか聞こえませんが、本当に楽しそうです。
この頃私の相棒ともいうべきマイユが、結婚する事になりました。彼女は私と同じ子爵家の娘で、親が持ってきた縁談を受け実家に戻ることになったのです。すでに二十三歳のマイユが結婚するのは全然問題ないのですが、寂しいことです。マイユもお嬢様も別れるときには涙を零していました。
私もマイユの二つ年下ですので既に適齢期と言える年なのですが、果たして結婚できるのかは分かりません。我が家は子爵家とはいえ特に力もなければ政略の為に使う駒にも不自由してない家です。親からの縁談が見込めなさそうなので、このままお嬢様に尽くす人生もアリかも知れないと思いつつあります。
閑話休題。
そうして月日は穏やかに流れ、お嬢様も日々成長しています。旦那様に似た目鼻立ちのハッキリした端正なお顔、奥様と同じストロベリーブロンドの豊麗な髪。スラリとした手足はそのままに女性らしい体つきになる途上の、若々しいお姿。
お嬢様は同年代の貴族子女の誕生日会にたまに呼ばれ、少しずつ貴族社会デビューに向けて外に出られています。そんな時お供する私は、いつも鼻が高いのです。贔屓目もあるでしょうが、どのご令嬢よりも赤いリボンとドレスを纏った我がお嬢様が一番美しく見えます。
お嬢様がこの先どんな人生を歩むのか私には分かりませんが、私の自慢のお嬢様が牢屋に入れられるなんてことは絶対にありえない。
それだけは胸を張って言えます。