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11.叔父さまの乙女ゲーム講座

 十歳になったミリエラには、新たな家庭教師がつけられた。

 これまでにも勉強を教えてくれたベルルーニ先生は継続で、加えてマナーとダンスを教えてくれるツバルス先生が週に三回やってくる。おかげでミリエラには自由な時間がかなり減ってしまった。

 そうして忙しなく季節が春から夏、そして秋に変わる頃、珍しくレオンがミリエラの部屋に足を運んでいた。




「ミリエラに教えなければいけないことがある」


 小脇に筆入れと冊子を抱え、眼鏡をかけたレオンがミリエラの前に立った。ミリエラは初めて見る眼鏡姿の叔父に、ついニヤつく。彼の眼鏡の似合うことといったら。ミリエラが今までに見たどの眼鏡の男性よりも理知的で素敵に見えた。

 ちなみに眼鏡は、レオンの雰囲気作りの為の伊達眼鏡である。

 ぽーっとしているミリエラを放置してソファーに掛けたレオンが、テーブルの上に持っている冊子を広げた。


「え。叔父さまも家庭教師なさるの?」

「いやそうじゃない。今からミリエラに、僕の知っている『ゲーム』の事を教えようと思う」


 これまでにも何度か叔父の口からゲームという言葉は聞いていたが、それが何なのかを尋ねたことはなかった。何となく話の流れから予言書のようなものなのかな?と思っているミリエラである。


「僕が前に『ミリエラの未来を知ってる』って言ったのは覚えてる?」

「当たり前ですわ。叔父さまがそれで将来牢屋に入れられるぞって脅かすから、私は意地悪もやめて皆と仲良くしようと頑張ったんだもの」


 今思うと、叔父の言うことに従ってミリエラは自分がいい方向に変わったと理解している。しかし当時は色んな事を我慢したり気を遣うことに、かなり手こずっていた。


「今日は、僕が知ってるミリエラの未来を詳しく教える。それでミリエラが将来ひどい目に遭わないように二人で考えよう」

「うん……」

「今のミリエラはもう学友に嫌がらせをするような女の子じゃないだろ?だからきっと大丈夫だよ」


 レオンはいつものようにミリエラの柔らかなストロベリーブロンドの髪を撫でてやる。そうして彼は、冊子に描かれている相関図のイラストをペンで指しながら話し始めた。











 物語の始まりは主人公が十五歳になる春。王立学院に入学した主人公は、五人の男性と出会う。このゲームは、彼女の恋のお話である。

 ゲームとは結末が途中で変えられる絵巻のようなもので、繰り返し遊べてその都度違う結末を見ることが出来る。


「ヒロインは五人のうちの誰かと恋に落ちるんだけど、その時に嫌がらせをして邪魔してくるのが、ミリエラ・ファウルダース公爵令嬢なんだ。ミリエラは主人公と同じ十五歳で学院の同級生だ。

 邪魔する理由は色々だけど、ミリエラは主人公の恋を色んな手を使って邪魔してくる。だから主人公の恋が実ってハッピーエンドを迎える時、悪役のミリエラは悪事がバレて牢屋に入れられることになるんだ」


 努めて冷静に聞こうとしているミリエラだったが、その顔は色を無くしていった。側に控えていたメリサが「レオン様……」と咎めるが、ミリエラ自身がそれを手で制する。


「主人公はどなたですの?」

「今のところ、さる男爵家令嬢としか分からない」

「誰と恋仲になるのかもまだ分かりませんの?」

「僕が分かるのは、前の時代にやってたゲームとこの世界が全く同じだってことくらいでね。もしヒロインが誰を好きになるか分かってれば、もっと対策を立てやすいんだけど」

「仕方ないですわ。それで、その五人の男性は」

「うん、こっちは大体分かっている」


 まず一人目はこのレンダルハル王国の第三王子アレクシス。

 次に新米騎士のセルジュ。

 そして名前も素性も話の筋もまだ分からない占い師の男。


「それと、君の兄のエドモント」

「え?」


 ミリエラと、後ろの二人の侍女の声が重なった。

 あのエドモントがヒロインの恋のお相手なんて、想像がつかない。何かの冗談ではないかと思ったが、冊子の相関図を指し示している叔父は真剣そのものだった。


「そして最後に僕」

「は……っ、はああああぁ?!」


 ミリエラの大声が空気をつんざいた。

 レオンはびっくりして持っていたペンを落とし、レオンの近侍のバートは目と口を閉じながら耐え、侍女二人は抜かりなく指で耳栓をしていた。


「ミ、ミリエラ?」

「王子も騎士も占い師も好きにならなきゃいい話。お兄様の事だって誰とお付き合いしようが放っておけば良い。でも叔父さまは駄目ですわ!」

「落ち着いてミリエラ」

「だって!」


 勢いに気圧されたレオンが黙ってしまうと、一度立ち上がったミリエラはストンとソファーに座り直して尋ねた。


「叔父さまはどうして主人公と知り合うんですの?」

「僕は王立学院の数学教師になって、それで」

「じゃあ教師になんてならないで!」


 レオンは、ふっと決まりの悪そうな顔をしてミリエラから目を逸らす。苛立ったミリエラがテーブルに乗り出してレオンに詰め寄ると、彼は降参したように両手を挙げた。


「実は既に、教師を養成する学校に通うことが決まってる」

「なんで!」

「僕がこの家に関わる仕事に就けないのは、もう知ってるだろう?僕は元々貴族社会にも領地運営にも興味なかったし、無駄に跡目争いの可能性を疑われるのも嫌だしね」

「文官になれば良いのだわ」

「文官になるには、最低でも中等部から王立学院に通わないといけない。僕は引きこもっていたから学院には通ってない。勿論武術もからっきしだから武官も難しい」


 ぐぬぬ、とミリエラが唸る。


「かと言ってここまでニート状態で過ごしてきたいい歳のボンボンが、平民と同じ仕事につけるわけもない訳で。もうこれ教師になるしか道がないんだよ」


 レオンが遠くを見るように虚ろな目を上げる。ミリエラの叔父はニートというものらしい。


「幸い数学は前の時代でもレオンとしても得意だし、義兄上にも教員養成学校に口利きしてもらった」

「ひどいわ叔父さま。主人公が叔父さまを好きになったらどうするの」


 わあああん!とわざとらしくミリエラが両手で顔を覆った。

 レオンはそっとミリエラの傍らにしゃがみこみ、細く長い指でその手を優しく剥がす。


「ごめん、ミリエラ。でも僕がゲーム通り学院の教師としてミリエラの側にいられたら、僕が君を助けてあげられるかもしれないだろ」

「うっ……」

「だから、泣かないでミリエラ」


 緋色の瞳にはまだ薄く涙の膜が張っているが、ミリエラは泣くのを堪えた。ミリエラがピンチになったその時に近くにレオンがいる。確かにこれ程心強いことはない。


「分かりましたわ。叔父さまが先生になるの、許します」

「ありがと、ミリエラ」

「でも!誰かの恋人になったら、許しませんことよ!」




 側に控える近侍のバート、侍女のメリサとマイユは(お嬢様がレオン様に丸め込まれてる)と思ったものの、それを口には出すことはなかった。

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