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9.お兄様と誕生日パーティー

 ミリエラの誕生日パーティーまでに少し時間がある。

 レオンは近侍のバートを下がらせて、書き物机の引き出しから紙とペンを取り出した。その紙にデフォルメしたミリエラの顔を描いていく。


(義姉上が呼んだ呼び名で思い出した。あの子は攻略対象キャラの『公爵家子息エド』だ)


 公爵家子息のエド。底抜けに明るい元気系で、前向きなヒロインと意気投合し愛を育むキャラだ。言われてみたら公爵家だし名前エドモントだしで気づくタイミングはあったはずなのに。

 ミリエラの絵の上に描いたキャラに『エド』と書き、ミリエラと『兄妹』と繋げる。そしてその横にもう一人、王冠をかぶったキャラを描いてエドの絵と『友達』と繋いだ。

 エドは公爵家子息であり、更にこの国の第三王子の学友でもある。

 そう、乙女ゲームでお馴染みの第三王子だ。

 そしてミリエラはこれまたお馴染み、第三王子の婚約者令嬢(仮)なのである。つまりこの第三王子はエドモントの友達で、ミリエラの婚約者になる男なのだ。

 三人を三角形で繋ぎ、それぞれの関係を書き込む。

 そしてもう一人キャラの顔を描き、ミリエラと線を繋いで『叔父・姪』と書いた。年齢が離れていて忘れがちになるが、自分も攻略キャラなのだ。


 ミリエラの婚約者、兄、叔父がヒロインにとっての攻略対象キャラ。これはミリエラを陥れようというシナリオにしか見えなくなってきた……。

 とりあえずその横に『新米騎士』と『占い師』と書いておき、レオンはため息と共にペンを置いた。











「キレイですわ、お嬢様」

「本当に。主役に相応しい美しさでございます」


 メリサがうっとりと誉めると、マイユも負けずに主人の美しさを口にする。侍女二人に太鼓判をもらい、十歳を迎えたミリエラはキリッと背筋を伸ばした。

 目の前のホールに続く扉を二人が開け、さざなみのように次第に静かになった会場にミリエラは足を踏み出した。


 念入りに櫛を入れられたストロベリーブロンドの髪は、軽く波打ちながら背中で揺れている。十歳にしてはスラリと高い身長の彼女に、装飾の少ない赤のドレスがとても似合っている。そこに合わせた白のエナメルの靴と真珠のネックレスは、少女を立派な淑女に見せた。

 招待された客達がミリエラを見て柔らかな感嘆の息をつく。一方でファウルダース家の使用人たちは誇らしげに小さなレディに目をやった。


「ミリエラ、誕生日おめでとう!綺麗になったね!」


 静かだった会場に場違いな大声が響く。兄のエドモントだ。

 虚を衝かれた人々は言葉を失うが、主役のミリエラがその空気を破る。


「ありがとうございますお兄様」


 満面の笑みでミリエラが微笑めば、会場のそこここから拍手が起こる。ミリエラは年齢にはそぐわない鷹揚な仕草で周りに笑顔を振りまいた。

 エドモントに続いて父と母が、そして父母に近しい親戚の人々がミリエラを取り囲んだ。エドモントの声は一際良く響くが、慣れた会場の人々は歓談を再開した。


「お兄様はとても声が大きいのね」

「ありがとう!学院でもよく言われるよ!」


 誉めている訳ではないのに、エドモントは無邪気に礼を述べた。

 ちょっと噛み合わないし声は大きいけれど、悪い人じゃないのかもしれないとミリエラは思う。彼女の判断基準は基本レオンの教えであり、それに従うとありがとうを言える子は良い子なのだ。


「それよりも、びっくりしたよ!」

「何がですの?」

「お前と叔父様の変わりようにだよ!確か私がこの家を出る頃、お前はとっても意地悪で手のつけられない我が儘っ子だったよね!」


 誕生日パーティーの主役にまさかの暴言である。

 しかし会場はざわめきを取り戻し呼び寄せた楽団の演奏も始まっていたので、周囲を凍らせるには至らなかった。


「エドモント。それは今日の主役に対して失礼じゃないかい?」

「叔父さま!」


 何処にいたのか、突然現れたレオンが二人の間に立った。

 普段はお決まりの白シャツに紺色のベストを併せた格好をしているが、今日はその上に金の刺繍を施した赤いコートと、下はキュロットを履いて長いブーツをあわせている。はじめてみる姿に、ミリエラは思わずはしゃいだ。


「叔父さま、素敵なお召し物ね」

「十歳の誕生日は特別だとバートに聞いてね。新しく作って貰ったよ」

「とってもお似合いだわ」


 赤い髪に深紅のコートがよく似合う。スラリとした長身のレオンは長めのコートとブーツの組み合わせが映え、とても魅力的だった。

 何より、今日のミリエラの赤いドレスと合わせたような色味だ。それがミリエラには何より嬉しくて、エドモントの存在を暫し忘れるほどだった。


「叔父様!叔父様もずいぶん変わりましたね!私が寮に入ったすぐあとに引きこもりが治ったと聞きましたよ!」

「お兄様声が大きすぎますわ」

「そうかい?」


 エドモントは十二歳らしい無邪気さの中に自尊心を抱えた表情で、ミリエラとレオンを見比べる。そしてニカッと笑うとミリエラの肩に手を置いた。


「そうか、分かったぞ!お前と叔父様はお互いに良い影響を受けたんだな!引きこもりが治ったのもめでたいし、ひどい性格が治ったのも良かった!」

「ちょっと一回黙ろうか、エドモント」


 決して悪い子じゃない。ただ声がでかすぎるのと正直過ぎるのが玉に瑕なだけで。レオンは己にそう言い聞かせて、この場をなんとか笑顔を張り付け乗り切った。

 主役のミリエラといえば、兄の言葉に「レオンと仲良し」だと言われたような気がして、気分は上々だった。


 いなされたエドモントが招待客の貴族たちに声をかけられ始めた。それを幸いと二人はその場をそっと離れた。

「前の時代の記憶」が濃かった頃には出来なかったが、今のレオンはミリエラをエスコートするために片腕を彼女の前に出すことが出来る。嬉しそうにそこに手を載せたミリエラは、レオンと揃って会場の端に寄った。


「叔父さま、パーティーも慣れましたか?」

「うーん。僕には向いてないかなぁ。ま、僕はいつまでもここには居られないから、これも良い経験だけどね」

「え……?」

「義兄さんがいて、跡継ぎのエドモントもいる。僕ももう二十一歳になるし、そろそろこの家を出て仕事に就く事を考えないと」


 レオンの腕にかけていた白い手袋をはめた手を、ミリエラはすっと引いた。一歩遅れてレオンが気付き、下にあるミリエラの顔を窺う。

 ミリエラの緋色の瞳は潤み、光を受けながらきつくレオンを睨んでいた。


「どうして、私の誕生日にそんなこと言うの?」


 ふい、と赤いドレスの裾を翻し、ミリエラはレオンの元を去っていった。すぐに声かけのタイミングを窺っていた人達の輪に消えていく。




 エスコートを抜け出したミリエラは、レオンに対してプリプリ怒りながら食べ物をパクついていた。傷ついた乙女心を抱えていた彼女だったが、悲しいかなまだ十歳の女の子。甘いシュークリームの山と格闘している間に機嫌も直ってしまった。そうやってデザートばかり口にしているとずんずん近寄ってくる影。


「こんなとこにいたのか!ミリエラ!」


 ひえっとミリエラが肩をすくめる。エドモントは何処にいても居場所が判明してしまう悲しい人なんだな、と同情心すらわいた。

 当のエドモントは全くそんなことは気にせずに妹に身体を寄せる。身体を寄せた所でボリュームは変わらないだろうに。


「ミリエラ!明日狐狩りに行かないか?やったことあるか?楽しいぞ!」

「お兄様。私狩りは好みませんわ。女ですもの」

「女は狩りが嫌いなのか!」


 ミリエラは呆れたように兄の顔を見つめた。そもそも十歳の女の子が狐狩りを喜ぶと本気で思ったのか、この兄は。

 悪い人じゃないのはヒシヒシ分かるのだが、声の大きさもバカ正直さも足りないデリカシーも、はた迷惑な人である。


「なら何をする?私は来週にはまた学院に戻らねばならんのだ!帰る前にお前とゆっくり過ごしたい!」

「もう。分かりましたわ。ではピクニックはいかが?料理長に言えばお外で食べられる昼食を拵えてくれるはずよ」


 苦笑しながらミリエラが言うと、エドモントはニンマリ笑って妹の肩をパンと叩いた。いちいちリアクションが大きくて疲れる。


「本当にお前はいい子になったな!それに大人だ!」

「もう十歳ですもの。私は早く素敵な淑女になりたいの」

「そうか!私はもうすぐ十二歳だ!」


 そうね、と笑うとエドモントも機嫌よく笑う。この半日で、ミリエラは自分の兄の扱い方をマスターした。




「お嬢様、お疲れでしょう。プレゼントは明日ご覧になりますか?」


 気の利くメリサが、寝室に戻った主人の寝間着を用意しながら声をかけた。ドレスをマイユに脱がせてもらいながら、ミリエラは首を振る。


「いいえ、今見たいわ。開けてちょうだい」


 やっと一人で着られるようになった寝間着に袖をとおし、ミリエラは侍女たちが開けていくプレゼントの山に目をやった。

 可愛らしいぬいぐるみ、年にそぐわぬ大振りのネックレス、花束。美しいカードが添えられた贈り物は、殆どが父との付き合いで招待された貴族たちのものだ。ミリエラは屋敷の外に交流のある人間もいないので、カードには無頓着で品物を見ていた。

 すると横から、メリサが一冊の本を渡してくる。

 ミリエラがそれを受け取りながらメリサと目を合わせると、メリサは柔らかく微笑んで一つ頷いてみせた。


「叔父さまの……」


 そっと表紙を触る。以前に貰った冊子は唯の紙に紐を通して綴っただけのものだったが、今持っているのは茶色の皮が貼られた表紙がついていた。

 捲ってみると、見覚えのある女の子たち。パンコとコムギだ。

 侍女達はミリエラに声をかけずに積まれた贈り物を整理している。寝間着を着てベッドに腰掛けたミリエラは、そのままその本を読み出した。


 “ヒロインのパンコに意地悪ばかりして、牢屋に入れられてしまったコムギ。好きだった王子様はパンコと結ばれ、コムギは毎日泣いている。

 だが牢屋で心から悔いていたコムギの前に、司祭様が通うようになった。コムギの後悔と哀しみを聞いて同情した司祭様は、王様に取りなしてくれる。

 司祭様に孤児院のお手伝いの仕事を与えられたコムギは、これまでの意地悪さが嘘のように真面目で優しい女の子になった。

 そんなコムギに心惹かれたある旅の騎士が、コムギにプロポーズする。優しく男らしい旅の騎士は、隣国の若き騎士団長であった。

 こうしてコムギは、隣国に嫁ぎ、幸せになりました”




 片付け終わり、照明を落とす準備をしていた侍女達は、ミリエラが本を抱きしめてベットに横たわっているのに気付いた。


(叔父さまが、あの物語の続きのマンガを描いてくれた。叔父さまが私の事だと言ったコムギが、ハッピーエンドを迎えた)


 嬉しくて堪らない気持ちと本を抱え、夢の世界に落ちたミリエラ。その小さな身体にマイユが丁寧に布団をかけ、メリサがそっと灯りを落とした。




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