喫茶店<夢物語>2
その日は朝から土砂降りの雨が降り、空気もどんよりとした最悪な日だった。ゲイルは来ることもない客のために、下準備をしていた。
ただでさえ客足の少ないこの店はこんな雨の日になると店のドアが開くなんて起きるはずもなく、ゲイルは準備を終わらせ、紫煙を燻らせながら公国新聞を読んでいた。
「またケイネスベルグといざこざか...外交関連はてんでダメだねぇこの国は。」
隣国であるケイネスベルグ帝国は国土こそブリュンヒルデ公国の半分かそれより少しばかり大きい程度の領土しか有してはいないが、軍事力と財政に富んでいる金と力の国だ。物流が盛んで開放的な国のため、あらゆる世界中の武器と物が集まってくる。しかし、国の方針で人族以外は排斥され奴隷となっているために、亜人種が好んで居を構える事は無い。
「博愛を謳うのも民のためのものなんだがなぁ、こうも外交に無頓着だと戦争自体が終わる見込みがつかねぇよまったく。」
対し、ブリュンヒルデ公国は国の方針として多種族に大して寛容なため、様々な種族が街に居を構える。しかし、他国との貿易にまったく力を入れておらず、時刻の食糧生産のみに手を加えているといった次第だ。今はまだ数の利があるため戦争は膠着状態であるが、新兵器の登場、そしてケイネスベルグ帝国率いる魔導兵団によりブリュンヒルデ公国の優勢は崩れつつある。
「民を救うのは神か力か...現実的な分、俺は力を信じるがね。公国民、さらに元軍人が言うセリフでもないがな。っと、こんな雨の中お客かな?」
ゲイルがぶつくさ老人のように小言を言っているとドアのベルがなる。土砂降りの雨の音と共にやってきたのは布一枚しか羽織っていない小さい女の子だった。
「嬢ちゃん、そんなカッコじゃ風邪ひくぜ、水遊びにゃまだ寒すぎる。とりあえず、メニューにゃねえがホットミルクを作ってやる。まってな。」
ゲイルがそう言いながらミルクの蓋を開こうとすると少女が無機質な声で言った。
「あなたが公国最強の魔導師『銀腕の戦神』のゲイル=リカルド大佐ですね?」
蓋を開けようとしたゲイルの手が止まる。
「嬢ちゃん、人違いだ。俺は寂れた喫茶店のマスターだ。そんなやつぁここにはいねぇよ。」
「はい。私もあなたがあの銀腕とは信じられません。よって、強硬策をとらせていただきます。」
少女はそういうと羽織っていた布を放り投げ、まだ未熟な、さらに痛々しい身体を露にした。
「おいで、アルストロメリア!!」
次の瞬間、少女の胸が輝きを放ち、彼女の身体を蒼の甲殻のようなものが包み込み、鎧のような形に変化した。
「こりゃまいったな。こんなガキが持っていいものじゃねぇぞまったく。そのオーパーツどこで手に入れたのか知らねぇが、ミルク飲まねぇなら帰ってくれや嬢ちゃん。」
しっしっ、とゲイルがうんざりした様子で手を振ると無表情だった少女の顔に怒気がこもる。
「では、行きますよ。死ぬ気で防いでください。」
少女の右腕を包む鎧が形を変え剣になる。少女はその剣を構えゲイルに突進する。
「ったく、店壊されたら困るんだよ、出番だ!イルガルム!」
ゲイルの首を刎ねたかにおもえた少女の剣はやれやれといった様子のゲイル、もとい銀腕に止められる。銀腕と剣のあいだに火花が散った。
「驚きました。あなたが銀腕の戦神なんですね。ありがとうアルストロメリア。」
少女は剣を下ろし、蒼の鎧は役目を終えたかのように光の粒子となり彼女の胸に吸い込まれていった。
「内包型とは物騒だな。自分からやったのか?」
「いえ、ですがそれは今から私があなたにお願いをすることと深く関係があります。」
少女は再び生傷だらけの身体を露にする。無表情だったはずの顔に雨の雫かそれとも少女の心の雨なのかゲイルには分からないが、一筋、また一筋と伝っていく。
「私の家族を...助けてください...」
そう言うと少女は張りつめた糸が切れるように気を失った。