喫茶店<夢物語> 1
やっと出来た!!
「いらっしゃい。今日はなんにする?つってもコーヒーかパンケーキしか出せねぇけどな。」
今日も今日とて喫茶店『夢物語』のマスター、ゲイル=リカルドは少ない客に対し雑な接客をしていた。
なぜこの愛想のないおっさんが接客をしているのか、それはこの喫茶店にウェイターやウェイトレスなどいないからだ。
この国ブリュンヒルデ公国は宗教と多くの種族によって成り立っている。その首都アリエスにぽつりと店を構えるゲイルはたった一人でこの店を営んでいる。
「今日も繁盛してないねぇアニキ、看板娘の一人や二人、雇ってみたらどうすか?」
「うるせぇよサイス、冷やかすぐれぇなら注文しやがれまったく...」
「...アニキ、また戻ってきてくれなんてもう言いませんが、その...なんだ...俺に力になれることならなんでもします。その時は...」
「おぅサイス、お前にもできることはあるぜ?」
「はい!自分、なんでもするっす!」
ゲイルはニコリと笑い、店内の壁に書かれているパンケーキとコーヒーという文字を指さし言った。
「注文しやがれ♡」
「う、うぃ〜す。」
34、5のおっさんの酷く引きつった笑顔はまだ若いサイスに恐怖感を与え、渋々昼食がてらのコーヒーとパンケーキを注文した。
「てかお前訓練はどうした?投げ出してきてよかったのか?」
「大丈夫っすよ、俺より教え方の上手いおっかねぇ女が新兵に教えてやってるんで。俺は休憩ちゅ...」
その時、店のドアが勢いよく開かれ、二人は入り口に目を向ける。そこには良く磨かれて陽の光を反射し、輝いている白銀のプレートメイルを装備した、美しい女騎士が鬼の形相で立っていた。
「やはりここにいたかサイス中尉?現在は新兵に対し軍事教練中のはずだが?なぜ、一体なぜコーヒーを飲んで休んでいるんだサイス中尉?」
一言一言に怒気を込めながら美しい女騎士は言った。その瞬間サイスは立ち上がり、誰もが天晴れと言う程の敬礼をして直立不動となった。
「はっ!現在、午後の英気を養うべく少々早い時間ですが昼食を摂っておりました!えと...だから...許して姉さん!!」
天晴れな敬礼の後は素早い動きで天晴れな土下座をした。女騎士はスタスタとサイズの前に立ち、頭を踏みつける。
「ほほぉ?昼食か、私は命令違反をしたと思いどう処罰をしようものか考えていたが昼食ならば致し方があるまい。私もお邪魔させて頂いてもよろしいかなサイス中尉?」
「はっ!もちろんでございます!」
そういうと女騎士はサイスの頭から足をどけ、カウンターの向こうで苦笑いを浮かべるゲイルに対し敬礼をした。
「ゲイル大佐、お久しぶりです。」
「やめてくれアリシア、今はただの喫茶店のマスターなんだから、大佐じゃなくてマスターかゲイルさんで頼むぜ?」
ゲイルがそういうと女騎士は敬礼を解き、微笑を浮かべてサイスの隣のカウンター席に腰かけた。
「私にもパンケーキとコーヒーを。この店はパンケーキ好きの隠れた名店ですから。」
「はっはっは、舌の肥えたやつには俺のパンケーキの味は分かるみてぇだなサイス?」
「それでも繁盛してなくちゃ意味無いっすよアニキ?いて!」
ゲイルはサイスに拳骨をくらわせる。
「しかし、この店はとても良い雰囲気ですね。まだ数回しか来ることができていないのですが、軍務がなければ毎日通ってしまいそうですよマスター?」
「ならさっさと軍なんか退役しちまっていい旦那見つけて毎日通ってくれよアリシア?」
ゲイルがそう言うとアリシアは純白の肌を真っ赤に染め上げ、隣にいるサイスを殴り、顔をカウンターテーブルにうずめた。
「からかわないでくださいマスター!私はまだ結婚など...それに、私はゲイルさんの事が...その...」
「ん?どうしたアリシア。俺がなんだって?」
「な、なんでもありません!」
「げふっ!?」
サイスはまたアリシアに殴られた。なかなかかわいそうな男である。
「しかし、なんでまた喫茶店なんて?アニキなら顔も広いしもっといい商売できたでしょうに?」
「まぁな。だが、喫茶店を開くことはあの人の夢だったんだよ。だから、な?」
コーヒーカップを磨くゲイルの薬指がキラリと光る。彼の視線の先には若かりしゲイル、傍らには笑顔が似合う女性が写る写真がある。それを見たサイスは苦虫を噛み潰したような顔を、アリシアは表情を暗くした。
「アニキ...アニキはまだあの戦争にいるんですか?」
「サイス!何を言って...!!」
「ば〜か、余計な心配してんじゃねぇよ。軍にいた頃ならそういった思いはあったが、今じゃこの生活が気に入ってるんだ。あの人の忘れ形見でもあるこの店を俺は気に入ってるんだよ。」
「アニキ...」 「ゲイルさん...」
静寂が訪れ、ゲイルがパンケーキを焼く音だけが店内に響き渡る。
「っと、出来たぜお二人さん?ゲイルにはバター、アリシアにはクリームたっぷりだ。さぁ、召し上がれ。」
「お〜!きたきた!いただきます!」
「わ、私も!いただきます!」
二人は笑顔を浮かべながらパンケーキを食べている。メニューにはパンケーキとコーヒーしかない喫茶店だがパンケーキの味は絶品らしく、二人は頬を綻ばせて舌鼓していた。
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「それじゃアニキ!また来るっす!」
「次はこいつとではなく一人で来ますのでよろしくお願いします。」
「おう!待ってるからよ。午後も頑張りなお二人さん?」
二人は敬礼をして店から出ていった。
客がいなくなった店内でゲイルは眉間にシワを浮かべながら一人、残った食器を洗っていた。
「いっけねぇなぁ。忘れようとする度にいろんな形で思い出しちまう。天国でセレスさん俺の事見張ってるよな絶対。
まだあの戦争に...か、どうなんだろうなぁ実際のところは、俺にもわかんねぇや。」
そう言いながらゲイルは一つ、また一つと食器を片付けていった。