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第三話 看守の恋文

セシリアが音消しの魔法を解いた後、

宗一郎は「すみません、そこの人!」と声を挙げた。


遠く目掛けて呼んではみたが、

一度呼んだ程度では看守は見向きもしなかった。


書き物に夢中になり気付いていないのか、

それとも無視を決め込んでいるのかはわからないが。


とにかく気付いて貰わないことには前に進まない。

一度ではなく、二度、三度と呼びかけると、ようやく返事をした。


気付いて返した、といった返事ではなく、

今邪魔をしないでくれという面倒臭さの声色が含まれた返事だった。

「何の用だ!」と看守はこちらを見向きもせずに、立ち上がらず言った。



「少し用があります」


「駄目だ」


「何故?」


「今忙しい」


「大事な話です。こちらへ」


「忙しいと言っている」



看守は顔を上げず、書き物を続けた。



「ふむ」


「どうしましょう。宗一郎さん」



セシリアが不安気な表情で、宗一郎の顔を覗き込む。



「大丈夫だ」


宗一郎は看守の様子を良く観察した後、もう一度声を掛けた。


「看守さん。恋文には、写真を添えると良い!」


「な……!」



看守は狼狽し、こちらを向き椅子から立ちあがる。

目はあらぬ方向に泳ぎ、真夏の蚊を追うような視線で目まぐるしく彷徨っていた。

更にその顔は急激に赤面した。



「俺を愚弄するか、何故俺がそのような!」


「その書き物、さぞかし重要なものでしょう。ゴミ箱に、同じ様式の書き損じが山程捨ててあるのが見えます」


「だからなんだと……!」


「すなわち、書き損じが許されぬもの。

そしてそれは、業務の報告書にしては用紙の装飾が多過ぎるし、何より可愛いらし過ぎる。プライベートで貴方が女性に宛てた手紙である可能性が高い」


「なんだと?」


「更に貴方が書き損じるスピード。早すぎる。もっと言えばその箇所がいつも書き初めに限られている。つまり相手へ宛てた手紙の出だしで迷い四苦八苦しているという事。身内の女性宛ての手紙で、書き始めを四苦八苦する可能性は、もちろんないわけではないが、比較して、貴方が差し出す相手の気持ちを、上手く想像出来ぬ女性宛ての手紙である可能性の方がかなり高いと言えるのですが、如何でしょうか?」


「……!」



セシリアが驚愕の表情で宗一郎を見ていた。



「そ、そうだ! 私が、今書いているのは恋文だ! それの何が悪い!」



看守は観念したように、濁した言葉を斜め下に吐き捨てる。



「別に悪くはありませんが……ただ、先にも言ったように、写真も添えた方が良いかと」



一転して落ち着いたトーンで、看守は話した。



「写真、とはなんだ?」


「……? 写真ですよ。写真がないなら絵でも構いません」


「絵か」


「文章だけだと、感情の伝わらない部分が大きい。特に貴方のように、文章に自信を持たれていないのならなおさら、

その自信の無さの方が相手に伝わってしまいます。マイナスです」


「なっ、自信が……!」


「あるのですか?」


「いや、ない……」


「では、写真か絵を添えるべきです。貴方と同じものを共有しているという意識を、

そうして相手の脳にインプットすることで、共感覚を植え付けます」


「共感覚?」


「えぇ。人は人と同じものを共有出来た時、その相手に親近感を抱くものです。

それは、いずれ好意に擦り変わる」


「ほ、ほう」


「更にデートへ誘うなら、彼女の興味がありそうなデート先や食事の写真を添えるといい。期待や想像は膨らみ、OKを貰える確率は格段に上がるはずです」


「なるほど!」



 看守の右足が、一歩こちらへ近づいた。



「良ければ御教授しましょうか? 看守さん」


「あぁ。お前、物を知ってるな。もっと教えてくれ」



宗一郎の姿を確認すると、一瞬だけ看守の口元が引き攣り表情が乱れたが、すぐ元に戻った。

もしかしたら、こんな奴牢屋に入っていたか? と思われたのかもしれない。


とめどく湧き上がり始めた好奇心と欲望から、疑問は急速にどこかへ流れ去っていったのだろう。

囚人の数がいつ間に何人に増えていようが、きっと今の彼には余り興味がない。

ニヤ付きながら表情を崩す看守に、宗一郎も笑顔を返した。



「えぇ、もちろんです。ちなみに、貴方とその彼女はどこまでの仲なのですか?」


「まだ、二、三度逢っただけだ。彼女は村娘で、街の入り口でいつも花を売ってる。

一目惚れだ。声は掛けるんだが、デートには誘えてねぇ。その、度胸がな」


「それで、手紙を?」


「そうだ」


「なるほど。では貴方はまず手紙を渡す前に、なるべく多く彼女に逢い、話をしなさい」


「それだけか?」


「えぇ。そして一番会話の盛り上がった所で帰りなさい」




「なぜでしょうか」と合いの手を入れる

変装をし直したセシリアに、看守が「うるせぇ!」と怒鳴りつけた。

机に置いていた水の入ったコップを彼女に投げ付ける。


セシリアは悲鳴を挙げて身を屈め、コップは瞬時に格子へぶつかり粉々に砕けた。

瞬間、格子の震える音とガラスの割れる音の混じった、

キィィィンという聞いた事のない音が、広い牢獄に反響した。

魔界で魔物が鳴くなら、きっとこんな鳴き声かもしれないと思わせる、長く冷えた音だ。


どうやら看守は、思ったより気が短いようだった。

宗一郎は看守から視線は逸らさぬまま、うずくまった彼女の頭を二度優しく撫で、話を続けた。



「人は単純接触回数の多い人物に好意を抱くものです」


「ほう」


「更に、心理的に満たされたり、期待を持った状況でその場を離れることで

『この人といると楽しい』という後味を相手に植え付けることが出来ます。

そのうちに、相手は貴方に逢うことが楽しみだと感じてきます」


「おぉ! それは凄ぇ! そ、それで?」


「告白や、デートへ誘うなら夜が良い」


「……なんで夜だ?」



 更に一歩、看守がこちらに近付いた。



「夜で、なおかつ相手から見て貴方の背の奥に、街灯が見えるポジションでアプローチしなさい。人の目は、暗い中で光を見ると無意識に瞳孔が開きます。そして、更に不思議なことに、大好きなものを見る際にも人の瞳孔は開くのです。これを応用し『貴方が好きだから瞳孔が開いている』という錯覚を生み、相手を落とすのです」


「おぉ……」


「夜景をバックに告白すると魅力的、というジンクスには実はこういった、ちゃんとした理由があったりします」



看守は言葉の蜜に誘われ、フラフラと、あと一、ニ歩で、格子の隙間から

宗一郎の手が届く範囲まで近づいてきていた。

宗一郎は「更に最後の一押し」と格子にぴったりと体を付け、顔を格子の隙間に埋めて看守を見た。



「更に、ドアイン・ザ・フェイス!」


「ドア?」


「そう。相手をデートに誘いたい貴方は、会話に挟んで続けざま相手にこう言います」


「な、何をだ」


「冗談っぽくで良い。『結婚しよう』と。ここがポイント。ともすれば彼女は? もちろん断る。しかし関係は出来ているから、微笑ましく笑顔で」


「……」


「更にここからは少しコツがいります。

この格子をドアだと仮定します。そう、マンションのドアです。ここに、貴方の脚を引っ掛ける。えぇ……引っ掛けて。そう、それで良い。そして、格子に手を掛け……そう。閉まりそうな彼女の心の扉を、抑える」



看守は「こうか?」と格子を手で掴み、宗一郎の真ん前に身体を構えた。



「そうです。そして、彼女の心の手が……貴方の、心の手を……」


そこまで口にすると、宗一郎は瞬時にバックステップし、格子から体を離した。


「看守の顎の下ぁ!!!!!」



宗一郎が一喝して叫ぶと、ボゥっと成り行きを見ていたセシリアが我に返って反応し、

即座に呪文を呟いた。途端、看守の喉元に小さな雷光がバチッと弾け、

看守は小人に足元から倒された巨人の如く、膝からズドンと勢い良く崩れ落ちた。


その様子を確認するや否や、宗一郎はすかさず看守の腰元にあるカギを奪い、牢を開けた。

と同時に彼女の手を引き、看守の様子も確認せず前を向き全速力で駆け出す。

宗一郎に道は皆目分からなかったが、とにかく前へ向けて走った。



「行くぞ!」


「あの、宗一郎さん、待って!」


「待てない」


「道分かるんですか!」


「一刻も早くこの場を離れる」


「なんでですか? 待って。あの人気絶して……」


「気絶していない」


「え!」


「あの程度の電気で人は気絶などしない。放心しているだけだ」


「そんな、嘘!」とセシリアは驚愕し何度も振り返りながら言った。


「本当だ。最初のもそうだったが、発光で分かる! 

皮下脂肪の薄い喉元を狙ったが、きっとすぐ追ってくるぞ」



情けない悲鳴を垂れ流し続けるセシリアを先頭に変え、

宗一郎達は地下牢獄を駆け抜けていった。


数分ほど走ると、彼女との事前の打ち合わせ通り

他の看守と一切出逢うことなく、地上の出口へ向けて一直線に駆けていく事が出来た。


数分ほど走ったが、先程の男も今はまだ追ってくる気配がない。


男が追ってきていないことがわかると、

セシリアは安心したのか、少々興奮気味に背後を振り返り、

宗一郎に熱い視線を送った。



「それにしても、なんですかさっきの! 凄かったです!」


「さっきのとは?」


「あれです! 看守をおびき寄せた言葉の数々ですよ。よくあんな色んなことを知っていますね」


「そんなことはない。あんなものは、ただの雑学だ」


「そうですか? 私、初めて知りましたよ。あなたはとても頭が良いのですね!」


「……無駄話は後だ。ほら、あれが出口ではないのか?」



そうこう話をしている間に、

丁度二人は牢獄の出口があると事前に打ち合わせをしていたポイントへ差し掛かっていた。

やっとのことで地上へ続く階段が見え、ホッと安心したのも束の間、

またもや遠くから看守の怒声が響いてくる。

宗一郎とセシリアは急いで階段を上り、頭上の扉から漏れる光に向かって、駆け上がっていった。


この時はまだ思いもよらない、

自分達の悲惨な運命の道筋を、今はまだ知る由もなく。


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