4話
※ご都合展開満載
こんな本格的な舞踏会に出るのは初めてです。
7歳の時に、お披露目会なるものに出席しましたが、それは、もっとこぢんまりとした会でした。
王城の入り口で、招待状を見せ、馬車の中を一通り確認され、馬車停めの場所に案内されました。
そこからは案内の人に歩きで、舞踏会開催場所の大広間に案内されました。
(ちなみに…馬車の御者は念力を最近やっと獲得したらしい、宮廷魔導士さんです。というか、筆頭宮廷魔導士様らしいのですが?不甲斐ない自分を恥じて志願されたとか。そんな畏れ多い情報要りませんでしたけど)
城内をゆっくり見るなんてことは出来ませんでした。
とにかく。とにかく!転ばないように必死です。こんな高いヒールパンプス履いたことがありません。
逃げる際は、パンプスは脱いでしまいましょう。機敏に動くのはまず無理です。
まあ、逃げるのは、アリシナ様に丸投げしますので、もしかしたらパンプスを脱ぐ必要はないかも知れません。
逃げれない心配はしておりません。優秀なクノイチさんや更に優秀、万能なアリシナ様がどうにかしてくれるはずですからね。
大広間に入って行くと、一斉に私に視線が集まりました。
2刻以上の遅刻です。
そりゃ、そんな常識外れは誰だと皆様、注目しますよね。
隣の人とひそひそ話しています。
視線に負けそうです。
私は優雅に会場を見渡し、目当ての人を見つけました。
この国の第2王子、本日の主役のロンバードル様です。
そのお姿は、にっちゃんの部屋にベタベタ張られていた有力婚約者候補の絵姿の中の1枚と変わりありません。
フルネームは申し訳ないのですが、存じ上げません。興味がなかったので、知ろうとしたことがなかったもので。
それでも、お名前だけは、継母がにっちゃんにロンバードル様が、ロンバードル様を、と、くどくどと何回も連呼していたので知っています。
ちょうどいいタイミングでした。
ロンバードル様は、挨拶疲れしたのか、ダンスで疲れたのかは分かりませんが、軽食が並んだテーブルの側で、お皿とドリンクを持って、休憩をしていました。こういう場では、お皿を持っている時に話しかけるのはルール違反になると記憶しております。
今、ロンバードル様の周りには、お取り巻きの女性はいないようです。
お近づきになりたそうな女性達は、遠巻きにロンバードル様を眺めています。
私は会場をゆっくり突っ切って、ロンバードル様からは少し離れて立っている給仕に話しかけます。
「すみません、少し急いで来たせいで、その、喉が…。お水を頂けませんか?」
給仕はとても若い、まだ少年と言っていい年齢だと思います。私の顔と胸元に交互に目線をさまよわさせながら、
「も、申し訳ありません。お水は用意しておりません。フ、フルーツ酒でもいいでしょうか?」
と言いました。顔が赤くなっています。
プロの給仕として、その態度は………
でも、そんなのはスルーです。
私は、少し困った顔で顔を傾げて、
「そんな、謝ることはありませんわ。常識に疎かったのは、わたくしの方です。あなたのお薦めを下さいまし。」
と、最後はほんのり笑顔で言いました。
話し方はアリシナ様を真似ています。
「こ、こちらをどうぞ。」
給仕は、オレンジ色の液体が入ったグラスを私に渡しました。
その、グラスを受け取って、ありがとう、と微笑みます。
給仕は、側にあったテーブルの上のグラスを倒してしまいました。
大丈夫でしょうか?
でも、その事にも構ってはいられません。
私は、キョロッと辺りを見回し、ドリンクが飲めそうな場所を探します。ドリンクは、ここでそのまま飲んでもいいのでしょうか?
それとも、壁際でしょうか?
全く分かりません。
その時、私に近づいて来る人がいました。
「何か、お困りですか?」
ロンバードル様です。
私は、ロンバードル様をお顔を拝見したあと、一瞬で顔を真っ赤にさせました。
「あ、あの、すみません、どこでドリンクを飲んだらいいか分からなくて。」
「ああ。人の邪魔にならないとこだったら、どこで飲んでも大丈夫ですよ。気になるなら、僕がいたあちらで飲みますか?」
ロンバードル様が、指し示すのは、先程ロンバードル様がいた、会場の隅の方です。
「えっ、あっ。有難う存じます。」
私はロンバードル様に軽く会釈をして、その隅の方に歩き出そうとしました。
私が、一歩踏み出した瞬間。
私にも予想外の事が起きました。
あんなに、気をつけていたのに!
高いヒールのせいで、左足が思いっきりカクンッとなりました。
咄嗟に、近くにいたロンバードル様が支えてくれたので転ぶ事はありませんでしたが、私が右手に持っていたグラスは傾き、その中身の半分が……
ドレスのフロア部分に………………
一瞬で頭が真っ白になりました。
アリシナ様から頂いた、大切なドレスが!
ドレスの一部分がピンク色からじんわりオレンジに広がって行きます。
私は、マジ泣きしそうです。
でも、そんな時でもいつでも助けてくれるのは………
(シンデレラちゃん、しっかりなさって下さいまし。チャンスですわよ!)
…やっぱりアリシナ様なのです。
そうです。今です。今がチャンスなのです。
せっかく王子様から接触してくださったのですから。
私は、ドレスの染みを見つめながら、
「や、やっぱり、わたくしには、ば、場違いだったんですわ………さ、最後の思い出だと思って参加しましたが………」
王子様だけに聞こえるように、呟きました。
唇を少し、震わせて、泣くのを我慢しているような話し方を演じます。
私は、支えてくれている王子様の腕にそっと掴まり、涙目のまま、上目遣いに王子様を見上げます。
男性に体を支えられるのも、男性の腕を掴むのも初めてです。
王子様、細身に見えるのに、しっかりした腕をされていますのね……。
私は王子様の腕をそっと押して王子様から離れようとします。
「ッ!!」
演技ではなく、左足首が本当に痛いです。
マジ負傷です。
「ああ、先程足を痛めてしまいましたか?何か事情もあるみたいですね。僕で良かったら、話を聞きますよ。奥で治療もしましょう。それに、そのドレスも僕だったら、綺麗に出来ますよ。」
えっ!王子様、そんなこと出来るのですか?
もともと世界のトップモデルも真っ青なイケメンさんですが、後光も見えるようです。
「ちょっと失礼。」
おう。お姫様抱っこです。
密着度が……。
「そんなに離れてしまうと、落ちてしまいますよ。腕を僕の首に回すと安定するかと思いますが。」
すみません。それは無理な相談です。
もし、落としそうなのであれば、出来れば、人の居ないとこで落として下さい。
人前で地面にドベッは恥ずかし過ぎるので………。
ああ、王子様のいい匂いとか、硬い胸元とか、周りからの殺人光線とか………
気が遠くなりそうです。
気絶なんてしてしまったら!!
…私は、貴族…私は、男爵令嬢…
頭の中で、自分に言い聞かせるように
素に戻りそうになっておりますわよ!気を引き締めませんといけませんですわのよ~。
(それ、ちょっと変ですわよ?)
アリシナ様……ツッコミは不要です。
ロンバードル様は、少し歩いて、人の居ない個室に連れて行ってくれました。
私を優しく、ソファーにゆっくり降ろしてくれます。
「あ、あの。後は大丈夫ですわ。わたくしの従者を呼んで頂けたら、すぐに帰りますので……。連れて来て頂いて有難う存じます。」
「なぜ、そう急ぐのですか?」
「あ、貴方は、ロンバードル様です…よね?本日の主役様がわたくしなんかの為に時間を潰してはいけませんわ。」
「僕がだれか知っていたのですか?」
「もちろんですわ。自国の王子様のお姿ぐらい、皆様、知っていらっしゃいますわ。」
私は、みんなが知ってる常識です!
と言う顔で頷いて見せました。
「先程、最後の思い出と言っていたじゃないですか。“最後の思い出”が何かは分かりませんが、このまま帰ってもいいのですか?」
私は、顔を真っ赤にさせます。
少し、恥ずかしい想像をしたら、顔を真っ赤にさせるなんて簡単ですよ!……アリシナ様、頭、覗かないで下さいね。
「お、思い出は、もう半分以上達成出来ました。後の半分は……絶対達成する事は出来ない…わたくしのただの夢です。」
私は、俯き加減で、ドレスをギュッと握って、睫毛を震わせます。
多分、立って私を見下ろしている、ロンバードル様にも、とても長く見える睫毛が震えてる様子が見える角度だと思います。
ロンバードル様が膝をついて、私がギュッと握りしめている手をゆっくり開いていきます。
ああ、王子様が膝をつくなんて!
でも、私は、気がつかない事にします。そこを指摘しては、話が進みません。
「半分達成出来た思い出ってなんだい?まだ、君は、舞踏会に来て数分だよ?」
そうですよね…私、凄くないですか?
やっぱりアリシナ様が憑いてきてくれているおかげでしょうか?
あっ、漢字変換間違えました。
私は、顔を更に真っ赤にさせます。
大丈夫です!変な事考えなくても、手を握られて、イケメンのドアップが目の前にあります。
素で真っ赤っ赤になれますよ。
恥ずかしそうな表情で、でも、しっかりロンバードル様を夢うつつな目で見つめます。
「あ、会いたいと思っていた人に会えたので、もう思い出は出来ましたの。」
このタイミングで、握られている手を無意識のようにキュッと握り返します。
「その、会いたい人って僕?」
私は、バッと失礼のないように手を引き抜いて、胸に手を当てて、顔を俯かせます。少しずつ手を動かして、俯いている顔を手で覆います。
耳が熱いので、耳まで真っ赤になってることでしょう。顔は隠せても赤くなった耳は隠せてないってやつです。
返事をしないのが答えになっていると思います。
「そうだ。」
突然、立ち上がったロンバードル様にびっくりして、思わず手を離して、ロンバードル様を見上げてしまいます。
「顔、真っ赤だね。可愛い。」
ロンバードル様が、さらっと私の頬を撫でます。
王子様の目が違うような気がします。例えるなら、獲物を捕まえようとする動物のような………?
数回、頬を撫で撫でされて、背筋にゾクッと悪寒が走りました。
気のせいでしょうか?
すぐに、優しい目に戻ったロンバードル様は、
「ごめんね、足の治療とドレスの染み抜きだったよね?まずは足の治療からしようか?軽くひねったぐらいだったら、僕が治療出来るから確認したいんだけど……足に触れるのを許可してくれるかい?」
ダメです!
………とは言えないのですよね。
王子様と個室で二人きりのこの状況……
奇跡ですよね?
誰か来る前に目的を達成しないといけないので、足ぐらいで怯んではいけないのです。(多分、隠密部隊のメイドさんのフォローがされていると思うので、時間の余裕はまだあるはずですが)
でも、普通の謹み深い貴族の令嬢は「どうぞ」と許可するものなのでしょうか?
私が、返答せずに、まごまごしていると、ロンバードル様は、
「嫌だったら、ちゃんと言ってね。」
と言って、またソファーに座っている私の前に左膝をつき、私の足をそっと持ち上げて、ヒールパンプスを脱がしてくれました。
すみません、逃がして下さい………
ありえない光景に、頭がくらくらします。
お、王子様が、パンプスを脱がしてくれて、更に、その足を真っ直ぐ持ち上げて、自分の立ててある右膝の上に乗せました。
ああっ。
私の足があと5センチ長ければ、私の足裏は、王子様の股と股の間に着きそうですよ?
最終目標はもっと凄いことなのですが、早くも私の許容範囲を越えそうです。
「痛い?」
ロンバードル様は、私の焦った様子など気にせず、右手でふくらはぎを支えて、左手で私の左足首を少し動かし具合を確かめてます。
痛い………ですが、足首より、ドキドキを通り越して、ドックンドックン血を送り出している心臓の方が…痛むのです。
「す、少し………」
返事を返せた私、偉いっ!
「治癒魔法をかけるね。痛くはないと思うけど、痛かったら教えてくれるかい?」
王子様が杖を使わず、詠唱もなく治癒魔法を使い始めました。
あれ?
魔法の事はよく分からないので何とも言えませんが、この世界の魔法は、基本、短い詠唱と杖を使うのではなかったのでしょうか?
左足首がじんわり温かくなり、すぐに痛みがなくなりました。
実は、ジンジンした痛みが酷くなってきていたのに、すごいです。
ものの数秒で治りました。
王子様?治りましたよ?
その、まだ撫でる必要はありますか?あの、そろそろ離して下さいまし………
「あ、あの痛みがなくなりましたわ。有難うございました。」
少し足を引いてみました。
その足を、王子様が一瞬、身を乗り出して引き止めました。
ちょ、ちょお!
危ない。危ないですから!
足裏が着いてはいけない所に触れそうでしたよ!
「うん。大丈夫みたいだね。靴を掃くのは、あと少しだけ様子を見てからにしようか?」
王子様は、爽やかな笑顔で、私の足をそっと降ろしてくれました。
なんだ。わざとではなかったのですね。
「次はこっちだね。こっちはすぐに終わるよ。」
ロンバードル様はそう言って、そのままの姿勢で、胸元のハンカチを引っ張っり出して手に持ち、染みがついたドレスの部分にあてがいました。
私が、どうするのだろうと見ていると、すぐにハンカチがオレンジ色に染まりました。
「はい、終わり。」
そう言って王子様は立ち上がります。私の目の前には、オレンジに染まったハンカチが………
私は、本日2度目のポカーン顔です。1度目は、変身した自分を鏡の中で見た時。あの時と同じ顔をしているのであれば、王子様に見せてはいけない程の間抜け面をしていることでしょう。
「す、凄い!凄いですわ。えーっ、凄い!!ドリンクの染みをハンカチに移したんですか?魔法ってそんな事出来るんですね!王子様、凄いです。うわぁ………本当に有難うございます!!」
王子様が少し驚いたように私を見つめました。
凄いって言い過ぎましたかね?
「本当は、そうゆう話し方をするんだね。」
王子様は、まだ、染みがあった部分を触り、凄い凄いと呟いていた私の頭を撫でてきました。
ヤバイ………アリシナ様から頂いた大事なドレスの染みが簡単に無くなった感激で、話し方が素になってしまっていました。
「も、申し訳ございません。」
ソファーから降りて、王子様の足許にかしづこうとしました。
王子様相手に失礼な物言いをしてしまいました。
「ああ。そんなつもりで言ったんじゃないよ。そっちの話し方の方が、可愛いなっと思ってね。僕は気にしないから、今からは普段話している話し方で話してもらっていいんだからね。」
ソファーから降りようとした私を押し留めただけではなく、ロンバードル様は、そのまま私の横に座りました。片手が、さりげなく腰に回っています。
そうして、私の顔を覗きこんで来たのですが、王子様、距離感、間違ってはいらっしゃらないでしょうか?
「まだ、君の名前も聞いていなかったね。君の名前、教えてくれるかい?」
「っ!申し訳ございません!わたくしはアリガメルト・ハーバードと申します。」
「へー。あの、社交界に1度も姿を現したことのない、体が弱いって噂の男爵令嬢か。今は体が弱いようには見えないね。」
えっ、私の事知ってるの?
しかも、私の“病気で臥せってる”説どんだけ浸透してるんだ。
「わたくしの事、ご存知でしたの?」
私は、とても嬉しそうに笑ってみた。
一目会いたいと思っていた人が自分のことを知っていたのなら、こうゆう反応しますよね?足とかドレスの事で素の私になっていましたが、ここからまた、気を引き締めてまいります。
王子様との距離が近すぎて戸惑ってしまいますが、これはチャンス…なのだと思います。
「僕は王子だからね。自分の国の貴族の事は全員頭に入ってるんだ……って言ってみたけど、実はね…」
王子様が内緒の話をするように、口を耳に近づけてきました。
近い、近いよ!
耳に息がかかりそうなんですけど。
真剣に聞いてますって顔を作ってはいるのですが…勝手に体温が上昇してきております。
「君を直接知っていた訳ではないんだけど、君が可愛いってことは聞いたことがあったよ。昔、君をお披露目会で見た友人が、お披露目会に、ものすごく可愛い子がいたって騒いでいたからね。その友人が何度も名前を言うものだから、名前でだけは君の事を知っていたよ。」
友人の言った事は本当だったね………
って、耳元で囁くのはやめて欲しいです。王子様の、い、息が耳にかかっていますよ!
私は………可愛いわけではありません。
可愛く見えるのは、メイドさんの化粧の腕が凄いからです。
まだ、ロンバードル様のお話は続きます。
「でも、お披露目会以降、君と会ったって人がいなくて、君が病気だって噂が流れているってその友人が言ってたんだ。どうして人前に出て来なかったんだい?ハーバード男爵が亡くなった事と関係してるのかい?」
お父様の事も知ってらっしゃるのですか………
ロンバードル様の声のトーンは、とても慈愛に満ちたものでした。
全て本当の事を話してしまいたくなります。
「病気とかではなかったのですが、お父様が亡くなってからあまり食べる事が出来なくなって…立ち直るのに長くかかりました。3年ほど前にたくさんの素敵な出逢いがありまして。徐々に人前に出れるまでになりましたの。」
食べる事が出来なかった理由は、お父様が亡くなった悲しみからとかではないんですけどね。
私が人並みに成長出来たのはグローリーおじ様とニーナさんのお陰です。グローリーおじ様とニーナさんは、私がワインを売ったお金を持っていることを知っていても、一切お金の請求はしないで、大量の食べ物を、屋敷の側まで来てはこっそり渡してくれました。お店に遊びに行った時も。子供が遠慮することはねぇ…って言いながら、たくさん食べさせてくれました。お二人には感謝の言葉しかありません。
「僕も君の力になれればよかったのに。」
ロンバードル様が悔しそうな顔をして、私の右手をその大きな手で包み込みました。
「有難う存じます。私にはもったいない言葉でございます。」
私もそっと空いているもう片方の手を、ロンバードル様の手の上に重ねました。
もう、そろそろ仕掛ける頃合いではないでしょうか……………




