関係者ら
「ぅまははははははは。成敗してやったり。人間共め。んまはははははっ。」
県下最大の地下カジノ。
広大な店内の赤い絨毯は、かくして大量の血液と混ざり合い、不気味に赤黒く染められた。
現れた怪人は木曽馬怪人ウマンバ。そのバーベル並みの質量を持った馬蹄状刺又を軽々と振り回し、馬の脚力を持って暴れまわると、逃げ惑う従業員や客を片っ端から撲殺していった。
「賭け事に興じるなど下らん。そして何とも苛立たしい。死して然るべき……。」
その時ウマンバの背後には木刀を手にした金髪の男が一人身を隠していた。
男は、ウマンバが気を緩めて刺又を下に降ろした瞬間に、その後ろから飛び掛かった。
「うわああああああ!!」
「小賢しい。」
木刀が身を打つ前に、ウマンバの後脚が強烈な打撃を繰り出した。
その蹄は、男の胸部にめり込む。
ウマンバがそのまま足を振るうと、男の体は宙高く舞い、ル―レット台の上にぼとりと落下。その死体は、ブランド品で身を固めたセレブの死体と重なった。
「下らん。」
カジノには誰もいなくなった様だ。
ウマンバは念入りに周囲を確認すると、その変身を解除する。
どろんと一瞬黒い霧に撒かれると、それが晴れた場所に怪人の姿は何処にもなく、居るのは冴えない馬ヅラのおじさんが一人。
おじさんは。血まみれの床を避けながら、よたよたと裏口の方に向かって歩いた。
すると突然、どこからともなく起こる拍手の音。
ぱちぱちと、その連発する高い音が空っぽの店内に響き渡った。
おじさんは肩でびくりとする。
周囲をぐるりと見渡すと、カウンターに一人、頭に紙袋を被った女性が掛けていた。
「ブラボー。ウマンバ。」
「なんだ、お前か。」
紙袋の女は、派手なゴシックドレスでその身を包み、頭に被る紙袋の口からは艶やかな赤毛が腰のあたりまで伸びていた
その紙袋の女は立ち上がると軽快な足取りでおじさんの元までやってきた。
「驚かせないでくれ。」
「うふふふふ、警戒心が弱くてよ。人間形態が弱点なのですから、もっと注意しなくてはなりませんわね。」
「そうだな。気を付けるとしよう。」
「しかしまぁ見事ですこと。ここまで徹底して人を殺す怪人もなかなかおりませんのよ。流石、わたくしが見込んだ怪人ですわ。」
「ああ、お前には感謝している。この体が無ければ俺は今頃……。」
今頃破産して電車に身を投げていただろう。
木曽馬怪人ウマンバ。今や世間を賑わす怪人の一人ではあるが、その誕生は謎の女との出会いによる。
もとはと言えば、ただのしがないサラリーマン。
彼の人生は紆余曲折を辿り、そして至った場所が怪人だ。
もはや金も家族も何もかもを捨てて来た。
その誕生のときから、すでに大切なものの多くを失いかけていたが、ウマンバとなった今それらは全く必要ではなく取り戻す気もさらさらない。
怪人の力は最高だ。
まるで神になった気分、とまではいかないが、その全ては自由だ。
何にも縛られることなく、どこまでも続く平原を駆ける馬の様に。
それを脅かす人間共は徹底的に叩きつぶした。
この自由という名の法の下、愚かしいと感じる者を殺して回った。
爽快だった。
そしていつしか、その愚かな人間達の社会に積極的に介入し、怪人として裁きを下すことを始めた。
これがまたしっくりきたのだった。
人を殺して裁く事、これを怪人としての使命と感じ始めたのは最近である。
「それで、お金やブランドの財布や鞄が溢れるほどに散乱しておりますけど、どうも致しませんの?」
「なんだと?」
「お・い・は・ぎ、ですわ。」
「馬鹿にするなっ。俺は金が目的じゃないんだ。」
おじさんは少し声を荒げて言った。
「あら。」
「そこに転がる屍共とは違う。俺は金が大嫌いなんだ、特に汚い金はな。」
「お前の思ってるとおり、怪人は金銭目当てで暴れてる奴がそのほとんどだろう。だが俺は違う。違うんだ。そんなもの、そんなものに本当の価値はないんだ。」
「素敵ですわ。うふふふ。貴方のような怪人を、わたくしは探しておりましたのよ。」
「で、何の用事だ。あんたは意味もなく出現することはないだろう。紙袋頭。」
「あら、紙袋頭なんて呼び方やめて下さる?わたくしの名前は朱雀院ルシフェル。よろしくて?。」
「わかった、わかったよ朱雀院。で、なんだ。」
「ルシフェルと呼んでも下さってもよろしいんですのよ、うふふふ。」
「ミスターウマンバ、武蔵ノ宮高校ってご存知かしら?」
「いいや。」
「そうですか、まぁこの辺の有名進学校なんですけど。そこにとある人物が在籍してますの。写真はこちら。」
朱雀院は、そう言うとスマートホンの画像フォルダを開いてみせる。
写真は一人の女子生徒。黒髪は長いストレート、非常に整った顔立ちは正に美少女と呼ぶに相応しい。
「ある財閥の御令嬢。」
「興味がない。」
「まあそうおっしゃらず。」
紙袋頭は、立ち去ろうとするおじさんを引き留めた。
「この財閥はですね、ご存知です?なんと裏では日本各地に点在する危ないカジノを牛耳ってますの。ここなんて話にならない巨大なカジノですのよ。表じゃ綺麗なことばかり並べておりますけど、お腹の中は真っ黒焦げ、低所得者に夢を見させて、死ぬまで金を搾り取りますの。」
「……。」
「と・ば・く。ですわ。」
「何が言いたい。俺は誰の指図も受けんぞ。」
「いいですのよ。でも彼らが営業するカジノ、以前貴方がとってもお世話になった場所でしてよ。うふふふ。」
と、その時だ。
おじさんは突然、爆発したかのように近くの台を拳で破壊した。
「貴様。俺を侮辱するか。」
「一旦落ち着きましょうよ。挑発してる訳ではありませんのよ。」
紙袋頭はそう言いながらゆっくりおじさんに近づいた。
「もちろん、わたくしは指図などしませんわ。わたくしは単なるアーティスト、あくまで怪人の行動は各々の自主性に任せてますわ。ですからこれは一つの情報提供、今後の貴方の活動の参考にして頂けると嬉しいわ。」
「……。」
「貴方を応援することくらい、よろしいのではなくて?」
「いいだろう、まんまとその手に乗ってやる。」
しばらく黙った後、おじさんはそう答えた。
「うふふふ。」
「それでもう一つ、そろそろここを離れた方がいいですわ。」
「なに?」
「そこのカウンターの裏から出られます。嫌な人が来ますわ、とってもいや~な、ね。」
朱雀院にそう言われて、おじさんことウマンバは足早にカジノを出て行った。
数分後、丁度入れ違いにカジノに入る人間が一人。
若い男の警察官だ。
既に拳銃を構えており、周囲を警戒しつつ建物内部へと足を進めてきた。
しかし、この警察官どこか様子がおかしいこと。まず、彼一人しかここにいないことと、そして次に彼の恰好だ。どう見ても、普通の警官ではなく、交通機動隊の白バイ隊員。長いブーツに白いグローブ、頭に唾付きのヘルメットだ。
大量殺人の現場に、白バイ隊員がたった一人で現れる。この不自然極まりないことときたら、この上ない。
警察官は、ゆっくりと前進。
時々屈んで、その辺に転がる遺体を観察した。
見ると大きな陥没痕。遺体の頭部は大きく内側に窪んで変形、中には目玉が飛び出たものもあれば、脳実質が派手に脱出したものもある。その損傷の大きい遺体は、若い女から老人までも見境ない。
一体どんな怪人が現れたかと。警察官は、自身の記憶にある怪人データを思い起こす。
重量物による撲殺痕、状況証拠からして、やはりウマンバか。
丁度そこで、ライトにて床を照らすとUの字に抉れた床。馬蹄だ。
ウマンバの仕業で間違いない。
「ごきげんよう、お巡りさん。」
不意に後ろから声を掛けらて、警官は瞬時に振り返る。
みるとそこには紙袋を頭に被った謎の女。
白バイ隊員は躊躇なく銃を女に向けた。
「お前がウマンバだな。」
「うふふふ、わたくしがウマンバ?失礼ですわねぇ。わたくしはしがないアーティスト。と言いますか、お巡りさんこそ、こんなところでたったお一人、なにをしてらっしゃるんですかねぇ。ちょっと怪しくはありませんこと?」
「お前、怪人か。」
「うふふふふ、どうでしょうね。そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれませんね。あ、そうだわ。試しにそれで撃ってみてはいかがです?そうすればすぐわかりますわよ。」
警官は黙って紙袋を睨み付けた。
「怖いお顔。冗談ですわ。わたくしは人間ですわ、人間。撃てばあなたが死にます、社会的に。ね。」
「信用すると思うか。貴様を連行する。」
「あらあら、つまらないお人だこと。それとも、わたくしが怪人だと言えば、何か面白い秘密を見せて頂けるのでしょうか?」
「何だと?」
「でも、貴方はわたくしを連行している暇なんてないでしょう?」
「……。」
「貴方が探している怪人ウマンバ、先ほど裏から出ていきました。今から追えば追い付きますかねぇ。なんせ馬ですから、これがまた速いこと。」
「それは本当か?」
「どうせ信用なさらないのでしょ?でもわたくしはここに隠れて一部始終を見ていましたの。それが暴れてる様子も動画で撮りましたのよ、このスマホですわ。見せてあげてもかまいませんけど、その間もウマンバは離れていくでしょうねぇ。」
時間にして3秒間、警官はその場で止まって考えた後。すぐさま拳銃を腰に納めた。
「どっちに逃げた。」
「大通りを南でしょう。それ以上はわかりません。」
「わかった。お前は他の警官が付くまでここを動くな。いいな。」
警察官はそう言い残し、カジノを走って去って行った。
遠くに白バイの甲高いサイレン音が聞こえる。やがて音波は更に遠くへ、小さく霞んで消える様に聞こえなくなった。
「お疲れ様ですわほんと。色んな職種の方がいらっしゃるんですねぇ、彼らは。」
「ま、怪人も同じですけれど。」
ヘルメットを被ったおじさんが乗るのは中古の原付。
足元にドラムバッグを置いてよろよろと走っていく。
その横を颯爽と抜いていくのは一台の白バイだ。
お互いそれが何者なのかと、知る由もなかった。
ただそれはこの町に潜み、来るべき戦いに備えて、人に紛れて日々淡々とした暮らしを送っているのだ。
そこに現るもうひとり新たな人物。
その人物は歩道橋の上から白バイを観察していた。
黒のスーツ姿で黒づくめ、体格は大変よろしい。顔にかけるサングラスはディアドロップ形状。堀の深い顔だちで、更に毛髪は金。絵にかいたような白人の特徴を持つ。
一見SPか何かの様にも見えるが、正体は不明である。
「おぉおう。ポリスのんニンザム。どこゴーする一体ユーね。」
その時、男の懐から鳴るのは携帯電話。
彼は大げさなリアクションをとると、素早く着信に出た。
「もっしぇしもぅしぃー。」
「ぉう?ガイジン?ガイジン、イズみー。……はぁ!?ふぁっ苦!!」
大男は一人で怒り、最後の一言をスピーカーに向けて叫ぶと、ぶつりと電話を切った。
「イミワカランワ。」
男は歩道橋から立ち去った。