喧騒たる覚醒
「いらっしゃいやせぇえええいっ。ミックスチーズピザ一丁ぅううっ。毎度ありぃいいっす。お会計3820円になりぁああっす。あざしたぁあああっ。」
「……、気持ち悪い。」
通り沿いに小さく店舗を構えるのはガソリンスタンドだっただろうか。
何の変哲もないただのピザ屋。しかし、若干一名この店をガソリンスタンドか何かだと勘違いしているアルバイトがいるようだ。
店の外まで聞こえてくる活きの良さ。やたらと語尾を伸ばして喧しい。
そんな彼を冷ややかな目で観察するのは白人少女の店員。
彼女もまたこの店のアルバイトであったが、いつものんびり明るい彼女でも最近の彼の変化には流石に困惑しているようだ。
「ヨイチ、最近何かいいことあった?」
「え?いやぁ、別に。なーんにもないよぉ!? なーんにもっ。」
「……。」
「どーかした?」
「彼女できたとか?」
「ははははっ、俺にカノジョぉ? いやないっしょ。ははははははっ。」
「それじゃあその謎の元気は一体なに?」
「えぇ? 俺が元気そうに見える? そんな事ないと思うけどなぁ。まぁ何ての? アンジーの顔を見れて嬉しい、みたいな? ははははははははっ。なんつってなー。はははははははっ。いや、マジ何もないよー。」
これはおかしい。異常である。もはや彼は別人だ。
バイトを始めて数ヶ月、学校でも稀に見かけることはあったが、今までこんな顔で笑っていた事が果たしてあっただろうか。いや、笑顔でいてくれることは大いに結構、しかしこれは、ただただ気味が悪いだけだ。
そしてまた、彼はこんな冗談を言うタイプでもない。平常時の彼に、顔を見れて嬉しいだなんて言われた暁には、うっかり胸が詰まってしまい兼ねないが、今はただ気持ち悪いと思うだけであった。
彼、即ち夜市のことであるが、どうしてこうなったのか、見当はさっぱりつかない。
ただ、とある週明けの月曜日、別人となった彼はいつも通りにバイトに現れたのだ。
これはもう何かに憑りつかれていると考えるべきだろうか、そうでないなら病気だ。確かホルモン分泌の異常でテンションがおかしくなる病気をテレビで見たことがある。
そう思うば思うほどに、それが確定的真実である実感が湧いてきた。
間違いない、彼は病気だ。
「ヨイチ……。」
アンジェリーナは、真剣な眼差しで彼の肩に右手を置いた。
「なぁに? アンジーちゃん。」
「病院、いこ?」
「ははっははっははっ、なにそれ? アメリカンジョーク??」
やがてバイトも終わる時間。
今日の売り上げは最高だ。多分そうだろう、そういう気分だ。
バイトの制服をくるくる丸めてロッカーへ投げ込む。今日もナイスショット。
そして帰宅の準備に荷物を漁るが、ポーチの中には一瞬黒光りをみせる例の印籠の影が目に入った。
思わず口角が持ち上がる。
隣で着替える別のバイトは大変気味悪そうにこちらを見ているが、そんなことは気にしない。
もう色々と、周囲の事を気にする事なんてなくなった。
そう考えていると、ますます笑顔がにじみ出てくる。
ふふふふふふふ。
ふはははははははははははははははははははは。
ははははははははははははははははははははははははははははははっ。
先ほどは帰ると言ったがあれは嘘だ。
帰る前に寄らなければいけない場所がある。
何と言っても最強なのだから。
今日も今日とて最強を執行しなければいけないのだ。
「ははははははっ。はーはははははははっー。」
心配と気持ち悪さが混ざった表情で夜市の去り際を見送るアンジェリーナ。
ヘルメットを被っていても、彼の奇声は遮られることなく響き渡っている。
夕暮れ道をバイクで駆ける夜市。
向かった先は、ここから高速を使って1時間ほどで着くところ。
街頭も少なく、人里からほんの少し距離を置いた山のふもと。
こんな時間に何をしに行くのかと言えば、それは最近の日課となっている山のパトロールである。
今からここで‟最強”を堪能するのだ。
場所にあっては、山を背景に佇む錆びれた神社。
日暮れの暗闇。他に人は誰もいない。
「変身!!!」
印籠を使ってベルトを召喚、勇ましいポーズと共にベルトに印籠を装着すると、たちまち体は光に包まれる。
光が止むと、全身は戦闘スーツで覆われた。
そこに出現したのは、紛れもない一体のニンザム。
戦闘ロボを侍、忍者風にコーディネートしたような風貌。厳つい仮面に鋭く光るは黄色い眼光だ。
黒羽夜市は、ニンザムに変身した。
全身を覆う鎧兜は、全ての光を飲み込んだような漆黒。飾り気が無く侍らしい装飾も少ないが、その形状たるや、堂々たる戦士の姿であった。
そして背中に刀、腰にはクナイ、また手裏剣を装填した拳銃らしきものをクナイと反対側に提げた。
戦闘の準備は万端である。
しかしながら、変身してニンザムになったところで今まさに倒すべき敵がいる訳ではない。
あくまでするのはパトロール。
今夜も夜市は森の平和を守るのだ。
「はははははははっははははっ、ぬぐわあああぁああああああっはっはっはっはっぁああああ!!! 最強だぁあああああ!!」
森に轟くニンザムの叫び。
「俺は最強だぁあああああ!!!」
夜市こと黒のニンザムは、雄叫びを上げると暗闇の森の中に向かって走り出した。
その疾走速度は、もはや人間の身体能力を遥かに上回った。
時速換算は難しいが、原付程度ならば追い付いて抜かせるレベル。
しかし凄まじいのはその速さだけではない。
そのスピードを維持したままに、黒のニンザムは大木を駆け上がる。手を全く使わない垂直壁登りである。
木を登り切ると、そのまま空中に飛び上がった。
遥か遠くの町の光が見える。
重力に逆らわず、そのまま落下してく体。
その距離は10メートルは余裕で超えていただろう。
その落下の途中、体勢を整えて足から着地。地面にかなりめり込んだが、体は全く痛くない。むしろ気持ちがいいくらいだ。
「はははっはっはっ、何て身体能力だ!! 最強だ!!」
気分が最高潮に達する。
その場で飛び上がって空中で3回転。そのまま木々を蹴って走れば空中疾走となった。
目の前に接近する大岩。
ニンザムパンチの見せ場だ。
「ぬおりゃあああああ!!」
全身の力を込めた拳は流星となって岩石に衝突。
縦に大きく亀裂が入った。
「もう一丁っぉおおああああっ!!」
再び樹木を蹴って岩石に突撃していく。
とどめのレイダーキックを見せる時だ。
「とぉおぉおおあああああああ!!!」
岩は見事に二つに割れた。
「はははっはははっ。神だ!! もはや俺は神となった!! 」
割れた岩石の前で勝鬨を上げる黒のニンザム。
その時、彼を後ろから眺める森の住人がそこにいた。
忍者の耳でその存在を早急に察知。
振り返る。
そこにいるのは四本足の巨大な毛むくじゃら、森の主たる熊であった。
熊は小さく唸り声を上げ、そこの怪しい人間を威嚇した。
「なんだ、害獣じゃないか。キサマ、神に逆らうか? あん?」
次の瞬間、熊はその鬼面に恐れをなしたか、ニンザムに背を向けて逃げ出した。
「排除だ排除。ははっははっはっはっは。」
黒のニンザムは腰から拳銃を抜き取った。
そして走り去る熊に向かって射撃。
それに装填された手裏剣は、回転を伴って勢いよく発射された。
見事な湾曲を描いて樹木をかわす。四枚の手裏剣は、それぞれ熊の足に突き刺さった。
転倒する熊は、勢いあまって何回転か後、樹木に当たって停止した。
足からはどくどくと血液が流れだす。
「とどめと行こうかぁあ、熊さんやぁ。」
ゆっくりと歩み寄るニンザムの姿は、その暗闇に黄色く光る眼光のみを不気味に灯した。
熊に迫る黒のニンザム。
逃げようともがくも、足には力が入らない。
「はははははははははっ。……死ね。」
抜刀。
ニンザムは背中から抜き取った刀を、そのまま下に振り下ろして熊を斬りつけた。
もう熊は動かない。
「あぁ。いい感じだ。ふふふふ。」
さて、今夜はこの辺で森のパトロールを終わろうと思う。
最高だ。
みなぎる力、今なら本当に何でもできそうな気分だ。
恐れるものは何もない、神すらも。もはや自分が神である。
どこからか転がり込んできたニンザムの力。
そう、自分はこれに選ばれたのだ。
ついこの前までの惨めな自分とはもう別れ。
やはり自分は人とは違う。孤高で崇高で最高の存在。それが証拠にこうしてニンザムに選ばれた。
そこら辺に徘徊してる哀れで愚かな人間たちとは、自分は根本的に異なるのだ。
そしてようやく今になって、この存在の凄みが認められる。
ウマンバだったが何だったか忘れたが、現れるのが少し早すぎた。
今ならばもう、この力を行使して、あの緋色のニンザムのように奴をコテンパンにできることは間違いない。
こうして夜な夜な森に来て、ニンザムの性能はじっくりと試したが、やはり最強である。
そう考えると、もう笑えて笑えて仕方ないのだ。
最強になった気分。こうも美味であったとは。
さて、そろそろ帰ろうか。
黒のニンザムは変身を解除する。
現れる男は、何でもない平凡な高校生である黒羽夜市。
不気味な笑みを浮かべる彼は、いつもの愛車に跨って帰路に着いた。
そんな日々が続くこと数日。
バイトの帰りには毎日のように森へ赴き、そのニンザムの性能を実験した。
そのパワー、速度、武器の威力等は大体把握できた。結果、最強である。
しかし人と言うものは、やはり何事にも飽きというものが来るもので、この妙なハイテンションも少しは落ち着いたように見えた。
そして、いい加減ニンザムの実力を知ったところでどうするかという問題だが……。
「ふはははは。できたぞ。」
バイトの休憩時間、夜市は一つノートを作り上げた。
表題には‟GOD”の三文字が綴られる。
その文字を眺めると、思わず笑みがこぼれ落ちた。
そんな不審な夜市に気が付くアンジェリーナ。
彼女は後ろから彼に声を掛ける。
「ヨイチ? それは何ですか?」
「あぁ、アンジーさん。これはノートだよ。今後の俺の計画を書き込んである。」
「ほほお。って、ゴッドて?」
「まぁ、何だ。最近改めて自分の存在の価値を実感してさ、それでもっとアクティブになろうと思った訳。」
「んん……、よくわからないですが。中を見てもいいですか?」
「どうぞ。」
差し出されたノートを受け取るアンジェリーナ。
最近の様子の変化のこともあり何だか危ない予感がしたが、その理由も全てこの謎めいたノートにあるのではないかと思った。
ノートを開く。
――エベレストを駆け上がる。
――世界を歩いて旅する。
――深海に挑戦する。
――サバンナで友情を見つける。
――アマゾン川を泳ぐ。
――南極でスノボする。
――誰も見たことのない景色を手に入れる。
「……。ヨイチ……。」
「ん?」
「最高デス!!」
「だろ。」
「です!! やっぱりヨイチは最高です! 最近少しおかしいと思ってましたケド、やっぱりヨイチはヨイチです!」
「そ、そんなに変だった?」
「変態でした!」
「……。」
あの荒ぶるテンションは流石にもう自重しようと思った。
そしてこのノートに書き出したあらゆる計画。ニンザムという最高の体をフルに活用して、最高に楽しいことをやってやろうと画策したものだ。
アンジェリーナはきっと凄い冒険家を目指しているか何かだと解釈しているのだろうが、この程度ニンザムの性能をもってすれば軽いレジャーのようなものだ。
しかしこれらは、きっと楽しことに間違いない。
大型の休みを見つけては、これらの計画を消化していくことを思うと、今からワクワクが止まらない。
「ふふふ。」
「ヨイチ?」
「んあ?」
「やっぱりキモいデス。」
「……。」
そういえば。
世の中のニンザムらは、怪人とやらと戦っているらしい。
まぁ、好きにやってくれという感じだ。
なぜ義務でもないことを、使命の様に錯覚して頑張っているのか、少々理解に苦しむ。
今日もテレビを付ければ怪人のニュースが少なからず上がっている。
中には、あのウマンバを圧倒した緋色のニンザムの姿も映っていたりしていた。
「怪人か。」
「ガイジン?」
「アンジーさんは、ニンザムってどう思う?」
「最高にクールです!」
「やっぱりそう思う?」
「なんで笑ってるですか? 不自然な笑顔です。」
「ああ、いや。」
と、その時。ニュースを見ていてふと気が付くことがあった。
ニンザムは、大体専用のバイクにみな乗っている。
テレビで映る彼らの姿は大抵その去り際であり、バイクに跨って颯爽と現場を離れていくのだ。
で、自分のは?
同じニンザムであるのに、自分だけマシンが用意されていないのは釈然としない。
いや、そうではないかもしれない。
あのベルトもどこからともなく出現したのだから、きっと何か方法があるのだろう。
「バイクいいよな。」
休憩室のテレビを見ながら夜市はぼやく。
「レイドマシンのことですか?」
「え?」
「レイドマシン。ニンザムの乗るバイクのことです。」
「え? へ、へー。そう言うんだ。」
ニンザム本人だが知らなかった。
「あれさ、どうやって出すんだろうね。」
まさか、流石に知っているはずはないだろうと思いつつも、なんとなくそう口に出してみた。
「キーです。」
「キー?」
「イエス。ニンザムのアイテムの中にはレイドマシンのキーが入っています。」
「ふ、ふむ……。」
「そのキーはどんなバイクにもぶっさす事ができます。するとどうでしょう、なんとバイクはレイドマシンにチェンジ!」
それを耳にした夜市は、パイプ椅子を飛ばす勢いで突然を立ち上がるった。
「ヨイチ?」
「ごめん、急用思いだした。店長に宜しく。」
そう言って店を飛び出す夜市。
何故アンジェリーナがそんな事を知っているのかはともかく、大変良い情報を手に入れた。
夜市はバイクで高速道路に乗った。
向かった先は人里離れた山の神社。
で、そのレイドマシンのキーとやら。思いつく収納場所は一つしかない。
印籠だ。
これを上下に引っ張ると、かぽんと良い音を立てて蓋が開いた。
中にあるのは、鍵と思われるものが一つ。やはりこの中にあった。
まずは変身。
黒いニンザムの姿に変わる。
そしてその状態にて、自分の愛車に、そのレイドマシンのキーと思われるものを恐る恐る挿し込んだ。
見事に刺さる。
高鳴る胸の鼓動と共にバイクに跨る。
キーを捻ってスタータースイッチを押した。
光に包まれるバイク。
いつもの愛車はレイドマシンへと変性を遂げる。
「ふふふふふふ。っはっははははっははは。……あ?」
と思ったが、光が止んでもあまり変化が無いようにみえる。
一旦下車して、レイドマシンとなったはずのバイクを眺めてみた。
どうみてもいつものネイキッドのスタイルとほとんど変わらない。
ただ、部分的に和風っぽい柄が浮かび上がっており、タンクに大きな文字で‟NINZAM”と書かれてあったりした。
地味だ。
しかし一応変身はしている模様。
黒のニンザムはもう一度これに跨った。
きっと走ればわかる。そう思った
そしてその通りであった。
スロットルを少し開くと、マフラーから聞こえるエンジン音は信じらない程の轟音だ。
このエンジン音、もはやバイクの領域を突破し、戦闘機か何かのものだろう。
変化が少ないのは見た目だけ。
発進すると、それはまさに化け物の一言。
右手の一捻りで、文字通りバイクがぶっ飛んだ。
馬鹿みたいな風圧を纏って、風を切り裂き、音の世界に手が届きそうになる。
流石にこのマシン、一般道ではどうにも実験できない。
黒のニンザムが向かった先はまたしても高速道路。
この夜、多くの人が目撃することとなる。
高速道路を爆走する無名のニンザムの姿。
それはまさに流星のごとくテールランプの尾を引いて、凄まじい轟音とともに、現れと思った瞬間に消えていく。
しかしこの時、音速近くで移動する彼の声を聴いたものはいないだろう。
その仮面の下。
黒羽夜市は最高の顔で笑っていた。
「はっはっはははっはっはっははっはっはっはっははっははははっははははははっははあはっははははあははっはっはー……。」