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美女と怪人

 

 突然だが、本日学校に‟怪人”が現れた。


 何処にでもいる平凡な男子高校生とは俺の事。

 いつものように今日も気怠い授業を聞き流し、窓際の席から体育の授業をぼさっと眺める。

 あと何分で昼休みだろうと思いつつ、目をやった時計が示す針は、授業終了まで30分という微妙な時間。

 真面目に授業を受ければあっという間の時間だが、ただ無心で席に掛ける30分はいささか退屈すぎる。

 こんな時はひたすら寝る。睡眠とは、つまらない授業をすっとばす効率重視のワープ戦術だ。


 そういう事で、俺はさっそく机の上に腕を設定。

 腕の枕は、案外骨がごつごつと額に当たるため、このポジショニングは非常に繊細だ。

 きっと優等生諸君は、こんなつまらないコツさえ知り得まい。

 いそいそと額と前腕のベストフィットポジションを探す。

 痛みが少なく安定する場所、これが意外と大事なのだ。

 そんな感じで入眠の体勢を整え終わると、連日のバイトで溜まった疲労が勝手に目蓋を下に降ろす。

 そして次第にうとうと気が遠のいていき、落ちる様に眠りについた。


 して、丁度そんな時だった。


 廊下で突然に響き渡る、けたたましい警報ベルの音。


 なぜ自室の目覚まし時計がここで鳴るのか、という寝起き特有の発想はコンマ1秒後に消し去った。

 次に思うのは、今日は防災訓練か何かかだっただろうかという疑問。若しくは火災警報器の点検だろうか。

 しかしながらこれが訓練でも点検でもない事は、ざわめく周囲の様子から理解した。


 数学の教師は、廊下に首だけ覗かせて、他のクラスの様子をきょろきょろ確認。どのクラスもまだ廊下に整列してないが、事前に訓練の説明を聞いていない以上、やはりほんとの火事なのか。

 そんなこんな、どのクラスも似たようなタイミングに、だらだらと廊下に整列し、簡単に点呼を済ませると揃ってグランドへ避難を始める。


 押さない、駆けない、喋らない、なんて文句は昔から小学校の避難訓練で言われてきたことだが、今本番を迎えて前の2項は見事に完璧。こんなに密集して移動しても、誰一人として前を歩く人を押すようなことは無く、駆けないと言うことに関しては徹底的すぎる。スピードにしてまさにカメ、横を歩くクラスメイトとべらべら喋り、蹴っ飛ばしたくなる位邪魔臭い。しかし煩い。何故いちいち喋るのかと真面目な教師は思うだろうが、まるで危機感の無い集団なんてものは大体こんな感じ。


 誰かが言った。また誰かがイタズラで非常ボタン押したんだろ。と。


 実際のとこ、誰しもそう思っているだろう。いや、本当に火事が起きていると思っている人なんていやしない。教員さえも恐らく悪戯だと思ってる。寧ろ火事だったら良いのにと思う生徒さえいるはずだ。なるほど、確かに校舎が全焼すれば休校は間違いない。ならば俺も火災派だ。


 その途中だが、不意に集団の移動がピタリと止まった。


 なんだなんだと騒めくが、満員電車と化した廊下では最前列何ぞ見えやしない。  

 その時聞こえる誰かの悲鳴。

 その声も、ぐちゃぐちゃと煩い喋り声に掻き消されるが、俺の耳には確かに届いた

 列の先頭の方が何だか様子がおかしい。

 集団は、わけもわからず前の方から急に圧迫され、もみくちゃになる。

 次第に増える悲鳴の箇所。

 状況は理解できなくとも、この嫌な雰囲気は誰もが何となく察したようだ。


 廊下に集った生徒たちは、押されるがままに移動する。

 一部の生徒は、なぜか血相を変え、掻き分ける様に人の列を逃げ惑った。

 そしてその者たちは口々にこう言っていたのだ。

 怪人が出た。と。

 たった五文字の言葉だが、これで現状の説明には十分だった。


 徐々にではあるが、生徒たちの集団は段々とパニックへと陥りはじめ、終いには人を押し、駆け抜け、喚き散らす有様だ。

 中には押されて倒れ、蹴飛ばされる人もいただろう。


 俺は一旦身をかわし、施錠されない教室に、さっと入りこんだ。


 混乱した生徒らは、数秒もすればこの階からは捌け切った。 


 怪人。

 その単語を耳にして、じっとしていられる俺ではないのだ。

 人が避難しきった後の廊下、いや、その言葉には語弊があるか。大体の人が逃げ切った廊下だが、若干数名の人が残る。

 廊下を覗くと、その床には赤黒い血の跡がすぐ目に入った。それは生徒のスリッパで引き伸ばされ、まるで模様を描くように廊下の端までずっと続く。

 そしてその血痕が最も濃い場所には大柄の体育教師が一人倒れ込む。


 一人の生徒がその傍に屈み、その教員を揺さぶった。


「先生!!立てますか!?早く一緒に避難を!!」


 そのジャージ教師に声を掛けるのは、一人の女子生徒。

 なんと勇敢な子だろかと思いきや、その人をみて納得した。

 長い黒髪を下に垂らし、男性教員の顔を心配そうに覗き込むのは、学年一の有名人である二条怜華だ。

 容姿端麗スタイル抜群の帰国子女でお嬢様、成績は学年トップの秀才で、運動神経は抜群。いわゆる完璧超人ともされる御方である。


 彼女は教師が大怪我を負って自力で歩けない事を悟ると、すぐさま教師の腕を自分の肩に回し、その男を担いで逃げようと試みる。

 だがしかし、そのモデルのような細い足では、この体育教師の巨体が持ち上がらないのは火を見るよりも明らかだった。


「いいから、君は逃げろ。俺はいいから。」


 体育教師は今にも死にそうな掠れ声でそう言った。

 しかし二条怜華は一向に諦める気配はない。

 何が何でも連れて逃げると、正に火事場の馬鹿力で持ち上げる。


「絶対、助けますから。」

「二条君……。」


 なんとか持ち上がった体。

 が、彼女が一歩踏み出したその途端、彼女の足はその荷重に耐えきれず前のめりに傾く。

 小さな悲鳴が上がった。


 しかし彼女が転倒することはない。


「大丈夫。俺もいる。」

 何故ならば、俺がそこで支えに加わるからだ。


 俺は体育教師の反対側の腕を担ぎ、二条怜華は転倒を免れた。


「君、同じクラスの……。どうしてまだ避難していないの!?」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。それで、怪人が校舎にいるんだって?」

「ええ。」

「手伝うよ。一人じゃ無理だ。」


 まさか、スッポンたるこの俺が学校一の美少女ことお月様と、こんな形で初めて会話を交わすとは思いもよらなかった。

 しかし、残念ながらこの状況でゆっくり自己紹介をしてる余裕はなさそうだ。

 とにかくこの場から離れなければ、いつまた怪人が襲ってくるかわかったものではないのだ。


「ごめんなさいね。ありがとう。」

「いいよ。二人で運べばすぐだ。」

「二人ともすまんな。」

 教師は申し訳なさそうに言った。


 俺と二条怜華は、教師の両脇について彼を運ぶ。

 二人で運べば案外早いものだった。

 見ると、教師は体の所々から出血しているようで、俺も彼女もお互い制服は血だらけになった。

 そして目線をそのまま上に、何となく横に見た彼女の顔は、同じタイミングでこちらと目が合った。

 何を話せばいいのやら、反射的に目を逸らせたが、無言のままに廊下を進んだ。


 暫くして彼女の方から口を開く。

「それで、君はどうしてまだ避難していない訳?」

「さあね。」

「真面目に答えて。」

「そりゃ逃げ遅れてるクラスメイトを見かければ、ね。」

「そ、そう。」

「二条さんも逃げ遅れてる先生に気付いたからこうしてるんでしょ。ま、同じってことじゃない?」

「そういう事、なのかしらね。」

 間に人を挟んで話すのは何となく気まずいが、幸い先生の体調はそれどころではないようだ。


 間もなく最初の階段が迫る。

 しかし、事はそう順調には運ばない。

 俺たちが段差に差し掛かった、ちょうどその時だった。


「ぅまはははははははっ、見つけたぞ瀕死の体育教師。」


 後方から聞こえた奇妙な笑い声。

 振り返る俺たちの視線の先にあったのは、人ではない。


 怪人だ。


「我は木曽馬怪人、ウマンバ。抵抗は無駄である。朽ちるがよい下等な人間め!」


 怪人は、空想上の動物であるケンタウロスにシルエットを似せた。 下半身はまさしく馬そのもの、少しばかり巨体ではあるが馬と呼べる範疇だろう。続いてその上に載る上半身は黒光りする筋肉隆々な男の体。上半身だけはジムにいそうな人だ。そして頭には馬の頭蓋骨らしきヘルムを被り、その太い腕の先に握り締められるのは長大な刺又。刺又の先端は馬蹄を模した形状をしている。

 これが、最近ニュースでよく見る怪人の一人だ。

 木曽馬怪人ウマンバ。その全身からにじみ出る周囲を圧倒する凄み。決してテレビの画面からは伝わらないが、生で見る実物は特撮ではない本物の威圧感をひしめかせた。


「うまはははははっ、吾輩は教師というものが大そう嫌いでな、特に競馬が好きそうなジャージの教師は大嫌いなのだ。そこの生徒二人よ、巻き添えを食いたくなければ早々に立ち去るがよい。さもなくば……。」


 バーベル並みに重そうな馬蹄刺又を軽々と振り回す。ウマンバはそう言いながら近くの壁体を刺又で粉砕した。


「こうは、なりたくないであろう?」


 その破壊力ときたら、工事現場の機材並。あれに当たれば痛いと感じる間もなく逝くだろう。


「二人とも、俺を置いてけ。逃げろ。」


 体育教師はそう言い、最後の力を振り絞って、俺と二条怜華の肩から腕を解く。

 彼はそのまま廊下に膝をついた。


「先生……。」


 それ以上掛ける言葉が出てこなかった。

 この教師を見捨てなければ全員がやられて死ぬ。

 今まさに殺されようとしている人間に対して何と言えばいいのだろうか。

 流石の優等生でも、言葉を失っている。

 いや、彼女がそう言う人間だからこその沈黙なのだ。

 黙って走り去ればそれで済む話を、いま目の前で消え去ろうとする命を彼女は見捨てられないでいた。

 もし自分だったらどうするのだろうか。

 やはりこの教師をすんなりと置き去りにするだろう。誰だってそうする。

 そもそも碌に喋ったことのない人だ。顔は見たことがある程度の人間関係。義理も無ければ情も湧かない。


「やめなさい、怪人ウマンバ。これは何の意味も無い事よ。」

 逃げられない事を悟った二条怜華は、怪人に対する説得を始めた。


「この人は必要な人間よ。あなたの私情で殺されていいはずがない。」

「うまははははっ、勇敢な少女だ。だがしかし殺す。そしてお前も、どかねば殺す。うまはははは。」 


 しかし二条怜華は、教師の前から離れる素振りはない。

 教師と怪人の壁になるように間に立ち、怪人ウマンバを睨み付けた。

 この極限な状況にして、二条怜華のとる行動。

 とても普通の人間ではできない所業である。


 奇妙な笑い声を上げながら、一歩また一歩と歩み寄るウマンバ。

 彼女の膝が震えているのがわかった。

 今彼女はどんな顔でいるのか。

 きっとどんなに恐怖を感じようとも、いまだ強い視線でウマンバを威嚇しているのだろう。


 俺は後ろから二条怜華に近づいて、その震える肩にそっと手を置いた。


「話の通じる相手じゃない。」

「……。」

「逃げて、二条さん。」


 俺は更に彼女の前に出て、迫るウマンバと正対した。


「駄目よ。」

「いや、いい。」

「死ぬ気なの?」

「君こそだ。死ぬ気だったの?」

「違うわ。」

「でもこのままじゃ死ぬ。」

「……。」


「ほほう、全員仲良く死にたいようだな。いいだろう。うまはははははっ。」


「どうするつもり?」

「戦う。」

「はぁ?正気?」

「マジだ。」


「うまははは。まずはそこの少年からだ。」


「馬鹿な事はやめなさい!!」

 

 引き留める二条怜華を後に、俺はウマンバの前へと踏み出した。

 

 確かに見えた命の輝きがここに。

 こんな極限の状況でも、他人の命を思い、それに寄り添おうとする澄んだ心。

 これが人間の本当の美しさなのか。

 どんな人であっても、決してそうではないのだろう。

 だがしかし、確かにそこにあるもの。

 燃え上がる炎の様に美しくも儚く、儚くも力強い。

 そんなものを失っていいのだろうか。

 無論、いいはずかない。

 守りたい命がここにある。

 俺はそのために戦うのだ。


「二条さん、今から目の前で起こる事は、みんなには内緒で。」

「へ?」


「少年、最後に言い残すことがあれば聞いてやろう。うまははは。」

「怪人ウマンバ。」

「ぅま?」

「戦闘中に喋る余裕はないだろう。」

「?」

「だから今時間をくれてやる、貴様が最後の言葉を残す時間だ。」

「ぬしの言ってる意味がわからんが。少年、それが遺言でいいのだな。」

「なるほど、それが貴様の遺言でいいんだな。ウマンバ。」

「ぅま?」

「いくぞ。」


 俺はその場に立って、腰に両手を当てる。

 よくわからん精神エネルギーを腕から腰に、そして全身へと放流。

 煌めく光。

 その一瞬の閃光の後、俺の腰には機械じみたゴツいベルトが出現した。


「な、なんだぅま!?」


 足を肩幅より拳一個分広く開く。

 腕にためるのは説明不能な精神エネルギー。

 その両腕を、頭に浮かぶイメージのまま、左腕を腰の辺に、もう一方は前を横切る刃のようにピシャリと構える。

 そして一声。

 精神エネルギーのような何かを放出した。


「変身!!」


 雷光の如き閃光に全身が包まれる。 その強烈な光に、ウマンバは一瞬後ずさった。

 して光が止むと、そこにある俺は、顔面含み全身を戦闘スーツで身を包む。


 それは忍者か侍か、そんな印象を受ける鎧を各部に装着するが、どちらかと言えば、まるで戦闘機をヒト型ロボットに作り替えたような戦闘スーツ。戦闘ロボが侍忍者装束を施したという表現が丁度いい。 そして面覆いは鬼の如く、その眼光に赤い光を灯した。


「な、何だと!!貴様!!おのれ、通りで肝が据わっていると。」


「君、その格好……。」


「鬼面レイダー・ニンザム。鎧兜の怪人殺しってのは俺のことだ、ウマンバ。」

「ぬぐぐ。」

「ここであったが百年目、覚悟はいいな!木曽馬怪人ウマンバ!!」




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