プロローグ
この小説は理想と現実の狭間に揺れる少年の物語。
魔法使いというと、魔法とかいう現実離れしたものを使うへんてこな生き物のことを想像するかもしれない。現実離れしているということは、現実に存在する可能性というのは殆ど無くて、もし居たとしたらそれは世界に大きな影響を及ぼしかねない大ニュースにでもなってしまうかもしれない……ということだ。しかし、今現在、僕がリビングで見ているテレビには魔法使いと呼ばれる生き物が映りこんでいる。ブラウン管テレビから、ハイビジョンの薄型テレビに変わった、という時代が過ぎた。過去に人々を賑わせた科学技術を、僕はある程度尊敬していた。でも今現在、僕はそれよりも不思議な光景を目の当たりにしている。
「こんなふうに、指の先から炎を出すことも可能なんです。」
テレビに映っている魔法使いが言う。ぴんと立てた人差し指の先から、緑色の炎を出しながら。僕はテレビに見入っていた。そして未来を想像していた。……いつか、僕ら人間と魔法使いが友達になって、魔法使いがホウキの後ろに僕らを乗せて空を飛びまわるなんていう時代がきたら、すごく素敵だ。
「……まぁた、こんな下らないテレビを見てるのか。」
ぷつん。と、音をたててテレビが何も映さなくなった。
「おじさん。」
「お前、こんなテレビばっか見てると阿呆になるぞ。こんなん作り物に決まってるだろ。そうやって作り物にばっか目をやっていると、そのうち魂が作り物の世界に引き込まれるぞ。」
おじさんはいつもこうだ。テレビの映し出す夢を、現実という枠に収縮させて僕に突き付ける。
「ごめんなさい。」
僕はそんなおじさんに謝ってばかりいる。情けない。でも、仕方がないのだ。何故なら僕は、おじさんに育てられているのだから。
「お……かぁ……ん……」
どこか遠くで叫んでいる声が聞こえる。小さい子供の声だ。ゴウゴウと燃える炎の中から聞こえてくる。
「わあぁ……おかぁ……」
その炎は、テレビで魔法使いが出した炎の何倍も恐ろしい色をしていて、現実的だった。僕はその炎を、遠くでじっと見ている。感じるのは悲しみでも何でもない。ただの虚無感だ。しかし、その虚無感をしばらく味わっていると、胸の奥深くからとてつもない吐き気が這い出してきた。ざわざわと胸の奥が啼く。
「おかあさんっ!」
僕は叫んだ。遠くで見える建物に向かって叫んだ。その建物が何か、僕は知っていた。叫んだ。僕は、その建物に住んでいた。僕は、叫んだ。その建物は、僕の家だった。僕は……。
「おかあ……さん。」
母親を、殺した。他の人は、誰も知らない。
「ごめんなさい……。」
目を開くと、目の前に暗闇が広がっていた。暗闇を見つめていると、目が慣れてきて、何も無い天井が浮かび上がってきた。こうして、目が覚める。
おじさんに育てられているのは、僕が昔両親を亡くしたからだ。おじさんは嫌な人ではない。暴力も振るわないし、食べ物を与えてくれないわけでもない。ただ、僕はおじさんのことが苦手だった。おじさんはリアリズムを求めた。現実主義者だったのだ。僕は昔からよくおじさんにこう言われていた。
「夢ばかり見ていると、いつか夢に魂を引き抜かれる。現実を生きる者は、現実を見据えるべきなんだ。お前は、夢ばかり見るような馬鹿者にはなるなよ。」
最初は意味が分からなかったが、最近なんとなく意味が分かってきた。つまり、僕は現実に生きているようで、夢の中を彷徨っている馬鹿者なのだ。
昔から現実に無いものが好きだった。小さい頃は絵本が好きで、成長したら漫画が好きで、最近は幻想的なものが好きだ。おじさんにいつも現実を見ろとばかり言われていたので、それに反発するように夢の世界を彷徨った。ただ単に、両親を失ったというショックから現実を嫌いになっただけなのかもしれないけれども。
僕は……大和きずちは、現実に無関心な男だ。
読んでくれてありがとうございます。