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鎧武者


「――くっそ、無事か!」

「えぇ……なんとか」


 土煙が薄く舞う中、側に瑞紀の存在を認め、一先ず一息をつく。

 だが、すぐに気を引き締め、見据えるべき敵を視界に収める。

 ロッキースキンは、侵入者に容赦なく猛威を振るう。

 俺たちと一緒に落ちてきた魔物たちを、顎で噛み砕き、尻尾で叩き潰し、脚で踏みつぶす。その行為に一切の慈悲などなく、その目は次に俺たちを映した。


「まったく、今日は厄日だな」


 ユールとの合流を待つはずだったが、こうなったのなら仕様がない。

 予め決めておいた作戦は使えなくなった。この渓谷の底で、即興で、奴への対策を考えなくちゃあならない。それも暴れ狂うロッキースキンを相手にしながら。


「俺が出張って奴を撹乱する。瑞紀は遠距離から援護してくれ。間違っても俺を撃つんじゃあねーぞ」

「その減らず口が閉じている間だけは撃たないであげるわ」

「そいつはどーも」


 そう言って、この足は眼前の敵へと向かう。

 経験則に基づいた行動予想を脳内に組み立てつつ、ロッキースキンの挙動を観察する。

 肉薄する人間を前にしたロッキースキンの行動は、数多ある予想の一つに当てはまった。

 その発達した顎を振るう、噛み付き。

 まともに食らえば下半身と永遠の別れを告げることになるその一撃を、組み立てた予想通りの行動を、滑り込むように体勢を低くして躱す。

 頭上を、紙一重を、過ぎていく。その風圧に髪が靡き、目が乾く。


「抜けたッ」


 攻撃を躱して懐に潜り込んですぐ、地面を強く蹴って体勢を整える。

 見据えるは強靱な脚。その岩のような外殻を目がけ、抜き身の刃で一閃を描く。


「ぐ――」


 振るった刃は、たしかに外殻を裂く。

 だが、振り払うには、その刃は余りに重い。

 恐るべきは、その肉質だ。外殻など飾りだ。食い込んだ刃を咥えて離さない肉質の鎧が、剣の勢いを鈍らせる。


「――このッ」


 無理矢理に腕を振り抜いて、散る鮮血と共に刀身を外気に晒す。

 刃の解放には成功した。だが、その代わり傷は浅い。そのことを不満に思いつつ、そのまま走り抜けて足下から距離を取る。

 ロッキースキンは、身体をぐるりと反転させこちらに焦点を定めた。

 脚の傷など、すこしも気にした様子もなく。


「脚を落とすつもりだったのにな。流石に、傷つく」


 脚を落とす気で放った一撃が、こうも容易く軽傷で済まされる。

 その事実に、こちらの自尊心のほうが深く傷ついてしまう。


「――なんて言ってる余裕はないか」


 ロッキースキンが顔を上げた。

 この雲に覆われた夜空を仰ぐように。

 それは危険の予兆。攻撃の予備動作。

 鞭のようにしなる首が突き出され、その口内から数多の石片が放たれた。

 目にも止まらぬ速さで飛び散る石片は、さながら散弾の如く、広範囲に飛来する。


「想え――〝影響ノクターン〟」


 即座に反応して魔法を顕現させ、以前にそうしたよう黒壁を迫り上がらせる。


「――チィッ、影が薄い」


 曇天の夜空。月明かりはなく、ゆえに影が薄く、魔法の効力が十全に発揮できない。

 この半ば透けたような黒壁では一撃絶えるのがやっと。現に、平らであるはずの壁は歪に歪んでいる。次はこれを突破してくる。

 半透明な黒壁越しに見えるロッキースキンは、再び夜空を仰ぎ見る。

 またあの石片の散弾がくる。そう認識して新たな黒壁を迫り上がらせようとした時、静寂を引き裂くような銃声が鳴り響いた。


「瑞紀か?」


 ロッキースキンの頭殻を浅く抉った銃弾は、攻撃の予備動作の最中だったロッキースキンを阻害する。傷そのものを負わせることは出来なくても、その衝撃は内側にまで響いて怯ませた。


「これでは決定打にはなりえないわね」


 白の銃口を向けた瑞紀は、空いていた左手に新たな得物を顕現させる。

 それは右手のそれと相反するような黒い銃。その引金にかけられた指先に力がこもると共に、瑞紀の細腕が大きく跳ねた。

 それはかつてないほど大きな銃声となって大気中に拡散し、空を馳せた銃弾はロッキースキンの外殻を撃ち砕く。

 短い悲鳴と、仰け反る巨躯。しかし、次の瞬間には持ち直し、ロッキースキンの標的が完全に俺から移り変わる。


「助かったはいいが、そいつは不味い」


 ロッキースキンは俺を無視して瑞紀へと視線を向ける。

 そして、その巨躯を揺らして駆け出した。


「瑞紀!」


 返事の代わりとばかりに、黒い銃から銃声と銃弾が放たれる。

 外殻をも撃ち砕く威力を秘めたそれでも、しかしロッキースキンの突進は止まらない。

 傷つくことも厭わず、真正面から受け、なおも前進を止めない捨て身の特攻。瑞紀の黒い銃でも威力不足だ。あの勢いづいた突進は止まらない。


「ままならないもんだな、いろいろとッ」


 ロッキースキンの突進を止めるため、懐に手をやって一丁の銃を取り出す。

 曇天の夜空に銃口を向け、引金を引いて撃つ出されるのは眩い光弾だ。

 周囲に光を撒き散らす、特注品のフレア。天に昇るそれにより光を得た影は、その色を濃くし本来に近い効力を発揮する。


「止まれッ」


 魔力を影に流し込み、この世界に魔法として顕現させる。

 鞭のようにしなり、縄のように巻き付く影は、ロッキースキンを四方をから襲い。脚に、腕に、尾に、胴に、顎に、影を這わせて拘束する。

 身動きが取れなくなれば、ついていた勢いが仇になる。

 足を取られ、体勢を崩したロッキースキンは為す術もなく、地面に身体を打ち付ける。転がるように、滑るようにして勢いは削がれ、瑞紀の目の前で停止した。


「瑞紀! はやくそいつから離れろ!」


 このフレアは特注品で、光も強いし長持ちもする。

 だが、それも気休め程度だ。燃え尽きたら、光が潰えたら、また影が薄くなる。

 奴を押さえ付けていられなくなる。

 そしてその時は、すぐに訪れた。

 フレアによる人工的な光は掻き消え、世界にふたたび闇が満ちる。影は鳴りをひそめ、ロッキースキンを拘束していた影もまた引き千切られるほど薄くなった。

 身体の自由を取り戻し、ロッキースキンは咆哮を放つ。戦の再会を告げる銅鑼の如く、石の渓谷に木霊した。


「ハッ……最高」


 残りのフレアはあと一つ。

 俺の魔法も、瑞紀の魔法も、決定打になり得ない。

 せめて雲が晴れてくれれば、やりようはあるのだが、空の機嫌は未だに悪い。


「来るわよ」


 その言葉通りに、ロッキースキンは行動を開始する。

 巨体を揺らし、顎をがちがちと打ち鳴らし、侵入者を排除しようと果敢に迫る。

 それを受けてこちらも得物を握り締め、次に打つ手を思案しようとした。

 その時。


「〝乙女の嵐(ガールズウィンド)〟」


 上空から、天空から、真っ逆様に落ちる、剣。

 柄も鍔も刀身も見えず、だが、たしかに風を纏う魔法。

 それはロッキースキンの頭殻を削り、片目を潰して地面に突き刺さる。


「この魔法は――」


 剣が現れた空に視線は向かい、そして、岸壁の上に人影を見る。

 この紅い瞳は、たしかに捉えた。


「ユール!」


 彼女の姿を。


「お待たせしました! ユール・フルハウス、推参!」


 まったく、格好の良い登場しやがって。

 だが、これで揃った。


「瑞紀!」

「わかっているわ。貴方に合わせる」


 白と黒の銃を掻き消し、瑞紀は策戦の準備に入る。


「よし。一気に片を付ける」


 予め決めていた順序をなぞるように、最後のフレアを撃ち上げる。

 閃光が夜空を引き裂くように輝きを放ち、影は再び息を吹き返す。

 意思が影に響き、それは魔法となる。

 片目を潰された怯みから立ち直ったばかりのロッキースキン。奴の四肢を再度、縛り上げることは造作もなく。地を這い、空を渡り、体表に纏わりつく影は、その場にロッキースキンを拘束した。


「――星を番え、夜を引く。止まれば願い、動けば祈り。刹那に消えゆく燦めきに、秘めたる思いを託せ」


 それは完全詠唱から成る、最大火力。


「〝三ツ星シューティングスターズ〟」


 瑞紀の背後に展開される三つの砲門。

 白が二つ、黒が一つ。

 光に満ちたそれから放たれる幾つもの弾丸は、その異名を体現するかの如く、流星となって降り注ぐ。

 束なる光の奔流が対象を捉え、ロッキースキンの外殻をことごとく撃ち砕く。

 身を護る外殻は剥がれ落ち、剥き出しの肉質が顔を見せた。


「――風が奏でる、嵐の調べ。歌えば旋風、躍れば疾風はやて。乙女の祈りは世界に満ちて、空のすべてを駆け巡る」


 上空に次々と顕現する風の剣は、その剣先のをすべて得物へと向ける。


「〝乙女のガールズウィンド〟」


 風纏う刀剣は、その見えざる刃をもって空を断ち、四方から丸裸の敵に飛来する。

 肉を割いて、骨を斬り、神経を貫いて致命打を与え、更にそこから天に逆巻くよう、暴風が巻き起こる。

 鋭い刃を孕んだ大いなる旋風は、ロッキースキンを内と外から切り刻み、その命までをも断ち切った。

 最期の断末魔が響き、ロッキースキンの命が吹き消える。

 それはちょうど、フレアが燃え尽きるのと時を同じくして。


「――終わったか。……あー、疲れた」


 全身を襲う疲労感と、心に満ちる達成感。

 その二つのせめぎ合いの最中に、携えた得物を納刀する。

 流石は推奨クラス4thとだけあって、今の俺たちが相手をするような魔物ではなかった。

 俺の魔法では動きを止めるのが精一杯。瑞紀の魔法も外殻を砕くだけで命まで届かない。ユールの魔法は、外殻を削れはすれど貫けない。一人では到底勝てなかった相手だ。

 まぁ、でも、結局のところ、勝てたのだから良しとしよう。


「夜弦ー! やった! やりましたよー!」


 魔法で風を身に纏い、落下速度を軽減しながらユールが岸壁から降りてくる。

 着地すると、その足で俺の許へとやってきた。


「流石は私って感じですね。みんなのピンチに颯爽と現れ、華麗に魔物を倒す! いやはや、自分の才能が恐ろし――」

「――コラ。調子に乗るな、このトラブルメーカーが」


 誰のお陰で予定が狂ったと思っているんだと、指先でユールの額を弾く。


「あいたっ!?」

「……貴方、女性の額になにか恨みでもあるの?」

「ねーよ。そんなピンポイントな恨み」


 額を摩るユールや、訝しげな視線を向けてくる瑞紀から目を逸らし、ロッキースキンの亡骸に目がいく。


「ほら、早いところ魔石を取り出しちまおう」


 そう、亡骸に近付こうとしたその時、ぐらりと地面が揺れた。


「なん……だ? 今の」


 地震ではない。

 いまの揺れ方は、なにか重いものが落ちて来たような、そんな揺れだった。


「おいおい……マジかよ」


 派手な光に、派手な音、そして絶命の断末魔。

 ロッキースキンの死は、周囲にいる魔物に伝わったことだろう。

 そして、この縄張りを狙う、また別のロッキースキンにも。

 俺たちは考慮していたなかった。まさか、近場にもう一体、ロッキースキンがいた、なんてことを。


「悪いけど、私はもう戦えないわよ」


 なんとか二丁の銃を顕現させた瑞紀だったが、もう限界が近いはずだ。

 完全詠唱での魔法の行使は、その威力と引き替えに莫大な魔力を消費する。

 現段階で撃てるのは一発限り。残った魔力では小型の魔物しか相手には出来ないだろう。

 それはユールも同じだ。つまり、いま戦えるのは俺しかいない。


「さーて……どうしたもんか」


 ゆっくりと、じわりじわりと追い込むように、第二のロッキースキンは歩みを進める。

 そして、その巨体は月明かりに照らされてよりはっきりと見えた。


「――そうか。ユールの魔法で」


 見上げた空に鎮座する、孤高の月。

 ユールの魔法によって生み出された逆巻く旋風が、重苦しい雲を押し退けていた。

 今にも落ちて来そうな曇天に、ぽっかりと空いた風穴。そこから射す月明かりは、九死に一生を得るに十分な影を生んでいた。


「二人とも。悪いが、帰り道は足手纏いになっちまうぞ」

「……どう言う意味かしら」

「今からあいつをぶっ倒すって意味だよ」


 納刀したばかりの得物を抜刀し、己のうちで魔力を練り上げる。


「――月を眺め、想いを交わす。仰げば帳、語れば恋。過ぎ去りし時は二度と戻らず、ゆえに暁の空へ夜を想う」


 夜空を貫くように刀を掲げ、その動作をなぞるように背後に影が集う。

 影は形に従い、響きは声に応じる。

 月明かりに照らされて生まれた影は、人を模してこの世に顕現する。

 それは鎧武者となり、その手に携えた影の大刀は、この身体と共鳴する。


「〝影響ノクターン〟」


 振り下ろす刀。振り下ろされる大刀。

 自身の数十倍はある鎧武者から放たれた一撃は、大地を断つかの如く、夜を裂く。

 天地に響く衝撃。森の間隙を縫う破壊の音。

 影の大刀は軌道上にあるものすべてを無差別に襲い。外殻を砕き、血肉を潰し、骨を砕く。抗いようのない、純然たる力のまえに、ロッキースキンは為す術もなく、影に押し潰された。


「ハッ、やって……やったぞ」


 霞の如く消えゆく鎧武者の足下に、ばたりと背中から倒れ込む。

 仰ぎ見た月夜は疲れの所為か、いつもより綺麗に見えた。


「夜弦! 大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってくるユールの姿が眼界に映る。


「あぁ。でも、もう魔力が底を尽きた。これからしばらくは、ただの目の紅い一般人だ」

「……あれは、そう言う意味だったのね」


 足手纏いになる。その言葉の真意に気が付いた様子で、瑞紀はそっと呟いた。


「――っと、休んでもいられないか。ユール、亡骸から魔石を取り出すぞ」

「あ、はい!」


 気怠い身体に鞭を打って立ち上がり、地に伏した二体の亡骸を見やる。

 今からあれの腹を掻っ捌いて中の魔石を取り出さなくちゃあならない。

 そして、その役目は依頼者であるユールによって、行われるべきことだ。


「なら、私は周囲の警戒でもしておくわね」

「あぁ、頼んだ」


 見張りを瑞紀に任せつつ、ユールを連れてロッキースキンの亡骸に向かう。


「――そう。その腹膜を裂いて、手前の内臓を取り出して――間違っても胃と腸を切るなよ? 大惨事になるからな」

「うぅー、わかってます、けど……なかなか難しいぃ」


 解体用のナイフを用いて亡骸を捌き、魔石を取り出しに掛かる。

 ユールの手際は見ていてついつい口を挟んでしまうようなモノだったが、十数分ほどかけて魔石は綺麗に取り出せた。

 ロッキースキンの体内にあった魔石は、まるで結晶のように美しい。その大きさも手の平に余るほどだ。これだけ大きく、美しい魔石なら、さぞかし高い価値がつくだろう。

 これでなんとか金の工面が出来そうだ。


「ふー……なかなかの強敵でしたー。しかし、やはり私の才覚のまえに敗れるのは必至でしたね!」

「なに一息ついてんだ。もう一体いるんだぞ」


 そう言って、もう一体のロッキースキンを指差す。


「なるべく早くお願いね。血の匂いで他の魔物が来てしまうわ」

「ひー!」


 悲鳴を上げて作業に移ったユールによって、二体分の魔石が揃う。

 こうして波乱の初仕事は、無事に終わりを迎えたのだった。


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