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遠吠え


 魔物の討伐に向かうには、当然ながらそれ相応の準備が必要になる。

 物資の調達、地理地形の把握、魔物の生態、などなど。

 ロッキースキンの生態については、すでに頭に入っている。地理地形の把握も、以前に何度か訪れたことがある。

 知識と情報の用意はできている状態だ。足りていないのは、物資だけ。

 その物資を補給するため、行き着けの商人のもとへと訪れた。


「いらっしゃい。おやおや、夜弦が両手に花とは珍しい」


 店の扉を開けて直ぐ、店主であるフィール・クルーゲルが出迎えてくれた。

 いつものような気怠げな表情と声音で、余計な一言を添えて。


「若いうちから女遊びを覚えると苦労するよー」

「そう歳も違わねーのに、知ったようなこと言うんじゃねーよ。フィール」


 フィールのからかいを軽く流しつつ、用件を伝える。


「これから魔物の討伐に出るから、いつもの頼む。三人分な」

「はいよー。しかし、あたしがこいつを三人分用意する時がくるとはね」

「うるせぇ」


 まぁ、随分とソロの期間が長かったから、そう思われるのも仕様がないが。


「ちょっと待ってな。いま用意するから。えーっと、三人分となると……」


 在庫の確認やら何やらで奥の部屋にフィールは引っ込んだ。


「随分と若い店主さんですね。私達と同じくらいじゃないですか?」

「あぁ、歳はそう違わないはずだ。まぁ、腰を悪くした親父さんの代理ってことになってるから、厳密に言えば店主じゃあないはずだが」


 とは言え、もはやこの店はフィールの城だ。

 動けない親父に代わって働く一人娘。それを健気に思ったのか、はたまた看板娘としての効果か、売り上げがすこしだけ伸びたらしい。親父さんはフィールに頭が上がらないだろうな。


「……ここは、他とは違うのね」


 そうユールと話していると、瑞紀がひっそりと呟く。


「ま、俺たちみたいな奴等を客として扱ってくれる奇特な奴だ。間違っても銃は抜くなよ」

「えぇ、もちろん。誰かさんみたく、出会い頭にぶって来なければね」


 俺たちのやりとりにユールが首を傾げた所で、がちゃりと扉の開く音がする。

 だが、それは店の奥からではなく、入り口にほうから聞こえ、客の来訪を告げるものだった。


「――なんだ? 客だけか」


 入店してきたのは、若い男の二人組。

 細々とした装飾が施された鎧を着込んでいて、腰には見せびらかすように帯剣している。

 その身形からしてナイトギルドの連中か。


「おい、店主はどこにいる?」

「奥にいるよ、もう時期に出てくる」

「そうか、なら……」


 そう言って、男は言葉を切った。

 何かに気付いたように瞳孔が微かに開き、その後、蔑んだような色を映す。


「その紅い瞳……お前ら罹患者か」

「なに? あぁ、本当だ」


 遅れて二人目の男も気が付いたのか、見世物でもみるようにこちらを覗き込んでくる。


「なんでお前等みたいなのがいるんだ? 空気が汚れるだろ、罹患者のくせー匂いでよ」


 心底、小馬鹿にしたように男は言う。

 もはや聞き慣れた、使い古された台詞を吐く。


「臭いのはてめぇの体臭だろ」

「あぁ?」

「聞こえなかったのか? そのご自慢の鎧が汗臭くて敵わないって言ったんだよ」

「貴様……」


 手を掛ける。腰の剣に触れ、柄を握る。

 余程、罹患者に言い返されるのが気に食わないのか。

 額に青筋を立て、鞘から剣を引き抜いた。


「――そこまでにしときなよ」


 その声に、フィールの声に反応して、ナイトギルドの連中の動きが止まる。


「店の中で剣なんて抜かないで欲しいな。客と客が争うのは、店主としては都合が悪い」

「客? 客だと? 罹患者だぞ! こいつらは」


 訴えるように、俺たちを指差し、騎士は叫ぶ。


「知ってるよ」

「な、に?」

「罹患者だろうが、健常者だろうが、あたしの店の中では等しく平等だ。老いも若いも、男も女も……そして、差別主義者だろうと、ね」


 フィールは毅然とした態度で言い放つ。

 自分よりも大柄で、無骨な鎧を身に纏い、恫喝にも似た言葉を吐いた大人に対し、フィールは表情一つ変えることなく、一歩として引かなかった。


「さぁ、ご注文は? お客さん」

「……おい、いくぞ」


 舌打ちを一つ打って、ナイトギルドの連中は店を去る。

 どうやら引き際が分からないほど、考え無しという訳でもないらしい。


「悪いな、迷惑かけて」

「ま、今回は大目にみてあげるよ。お得意さんだしね。願わくば、後ろの二人にもそうなってくれるとありがたい」

「なんだ、そっちが目的か?」

「さぁ? どうだろうね」


 そんな軽口を叩き合い、用意された三人分の物資を受け取った。


「また来なよー」

「あぁ」


 その言葉を最後に、俺たちは店を後にする。

 向かうは北にある山岳地帯。高い位置にある太陽を一瞥し、俺たちは街を出た。



 目的地である山岳地帯をこの目に収めた頃には、すでに太陽は沈んでいた。

 分厚い雲に月は隠れ、景色には黒と微かな色しか浮かばない。

 だが、その最中にあって、この紅い目は暗闇にたしかな輪郭を捉えている。

 乱雑に生えた木々も、無骨な岸壁も、よく見えている。

 眠らない俺たちだけの特権だ。


「――よっと」


 牙を剥いて飛び掛かってきた魔物を斬り伏せ、散る鮮血が地に落ちるよりも速く、次の標的に刀身を薙ぐ。弧を描く剣先は闇夜を斬り裂いて馳せ、二体目の魔物の命を絶った。

 そして、背後から迫る三体目に対応しようとしたところ。

 空を駆けた弾丸が魔物を撃ち抜いて死に至らしめる。


「今ので最後か?」

「えぇ、そう見たいね」


 死屍累々と転がる死体の数々。

 いやに泥濘んだ地面は、きっと流れ出た血によるものだろう。

 靴底に感じる嫌な感触ごと振り払うよう、刀で空を裂いて血を切った。


「幸先が悪いな。お月様も機嫌が悪いと見える」


 光のない夜空を見上げ、そう呟く。


「なら、もう諦めて帰る?」

「冗談。歯ごたえがあっていいじゃあないか」


 ただ、こうも暗いと都合が悪いのはたしかだ。

 今朝は晴れていたのに、夜になった途端にこれだ。

 俺の魔法はある程度の明かりがないと効果が薄れる。影は影であって、闇じゃあない。光のない所に影は出来ないし、光が弱ければ影も薄くなる。

 つまり、暗闇では俺の魔法は役立たずだ。

 まぁ、そう言う状況に陥った時のための備えくらいは、常に持ち歩いているけれど。


「ん? そういや、やけに静かだな」

「静か? 今まさに襲われたというのに?」

「いや、そうじゃあなくて。さっきからユールが一言も――って」


 はっとなって、すぐに周囲を見渡した。

 だが、どこにもユールの姿がない。見当たらない。


「あいつ……はぐれやがったな」


 恐らく、先の戦闘の最中にはぐれてしまったのだろう。

 戦いながら、結構な距離を移動したからな。


「……ユールさんの連絡先は?」

「冗談よせ。こっちの世界には衛生もねーんだ、圏外だよ」


 と、言うより携帯電話そのものがない。

 似たような魔導具はあるが、俺を含めて誰もそれを持っていない。


「まぁ、幾ら夜目が利くって言っても、この視界の悪さだからな」

「どうするの? 探すか、進むか」

「仮にも5thだ。一人でも目的に向かうだろ。進んでりゃ、そのうち会えるさ。俺たちは俺たちで、なすべきことをなすべきだ」

「そう。なら、行きましょうか」


 大幅に予定が狂ってしまったが、前進することを決めて足を動かす。

 この鬱蒼とした森を抜ければ、ロッキースキンの生息域は目と鼻の先。来たるべき時に備え、俺たちは静かに爪を研ぐ。


「――見えてきた」


 木々の隙間を縫って森を抜け、景色が一変する。

 壁のように聳える切り立った山と、それに這うようにして広がる緑。

 しかし、それはある地点を境にして途切れている。

 緑の浸食を阻むように食い荒らされた土地。そこがロッキースキンの生息地だった。


「あそこがそうか。ユールは……いないか」


 森を抜けてすぐユールの姿を探したが、どこにも確認できない。

 まだ森にいるのか。もう抜けた後なのか。どちらにしても、ここで足踏みはしていられない。


「しかし、まるで採石場だな」


 周辺にいるであろうロッキースキンを警戒しつつ、小高い丘に登る。

 すこし高い位置から見下ろしたロッキースキンの生息地は、そこだけが渓谷であるかのように抉れていた。

 もとは平坦か、緩やかな傾斜があったはずなのに。そのうち、山一つ平らげてしまいそうだ。


「とんだ大飯喰らいがいたもんだな」


 そう独り言を呟きつつ、岩肌をなぞるように視線を走らせる。

 ロッキースキンは個体の縄張り意識が強く、基本的に群れることがない魔物だ。例外があるとすれば繁殖期に入って子育てをする時くらいだろう。

 つまり、今の時期はまだ一体で行動している。一度に複数体を相手取る心配がほぼない。


「――見付けた」


 視線を彷徨わせること幾ばくか、この目にロッキースキンの姿を捉える。

 岩肌に同化するかのような無骨な外殻。地面や岸壁を噛み砕く発達した顎。遠目からでも分かる図体の大きさ。その外見は、いつかの図鑑でみた恐竜を思わせた。

 奴はいまも食事中のようで、土やら岩やらを手当たり次第に貪っている。


「ここでユールを待とう。時期に現れ――」


 現れるはずだ。そう言おうとして、口を噤んだ。

 ロッキースキンから目を離し、振り返った先に魔物を捉えたからだ。森で戦ったものと同じ種。何度、倒しても後から後から仲間が出て来る厄介な相手。

 だが、問題なのはそこじゃあない。

 いまこの状況において問題なのは、あの魔物がどうやって仲間を呼び寄せるのかだ。


「――不味いッ」


 ロッキースキンは縄張り意識が強い魔物だ。

 自分以外の生物が縄張りに踏み込んだと知れれば、それがなんであろうと見逃しはしない。いま魔物に仲間を呼ばれたら、遠吠えされたら、ユールの合流を待てなくなる。

 瑞紀では銃声の所為で対処できない。

 俺が、斬り伏せるしかない。

 そう脳内で判断を下した直後、この身体に伝令が走り、直ぐさま行動に移る。

 地面を蹴り、駆け抜け、抜刀し、その喉笛を目がけて一閃を薙ぐ。魔物は口から声ではなく、血のあぶくを吐いて横たわる。断末魔さえ、たてることなく命尽きた。

 なんとか間に合った。そう、思ったのも束の間。


「ウォォオオオオオオ!!」


 鳴り響く、獣の雄叫び。魔物の咆哮。

 それは視野外にいたもう一体から発せられたもの。

 遠吠えは、開戦の狼煙は、森中を駆け巡り、そしてロッキースキンの耳にも届く。


「おいおい、マジかよ」


 遠吠えを掻き消すように銃声が鳴り、瑞紀が放った弾丸は魔物を撃ち抜いた。

 だが、その行為にもはや意味はなく。遠吠えに、銃声に、呼応するように、けたたましい咆哮が大気を振るわせた。

 侵入者の存在に気が付いたロッキースキンの行動は、迅速にして大胆なものだった。

 ただ声のしたほうへ駆け、その岩の如き巨体を岸壁に打ち付ける。

 動く岩石から生じる衝撃は、渓谷の上にいる俺たちを揺らすだけに止まらない。衝撃と共に駆け巡る亀裂が岩肌を走り、侵入者を自らの足下へ、奈落の底へと引きずり下ろした。

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