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短編集 詰め合わせ

マイライフ☆マイストーカー

作者: 忍者の佐藤


今日、私の人生を決めるオーディションがある。

アカデミー賞も狙えると目される監督の最新作、その主演女優を決めるものだ。


小さいころからずっと、女優になるのを夢見てきた。ドラマを見るたび、映画を見るたび、ヒロインの姿を自分に重ねていた。

自分がヒロインになって人を魅了したいと思っていた。


そうして私は夢を追って中学卒業と同時に上京し、一人暮らしを始めた。

その頃の私は新しい環境と生活に夢と希望に満ちていたと思う。


でも理想と現実は違っていた。

誰も知らない。誰も助けてくれない。誰にも気にも止められない。

慣れない生活の中、孤独で何度も涙を流した。

劇団での稽古も厳しいものだった。

最初から主演なんてやらせてもらえるわけもなく、

それでも腐らず地道に努力を重ねてきた。

そしてこの3年間、演技に磨きをかけてきた。


何度バカにされても、それをパワーに変えてきた。

どれだけ心が折れていても、平気な顔で乗り切ってきた。

たった一つの、私の夢は、決して消えていなかったから。


すべては世界一の女優になるために。


だけど……、

数か月前、母親から父が倒れたと連絡があった。これ以上仕送りは出来ないし、心配事も増やしたくないから帰ってきてほしいと泣いて頼まれた。

私の心は揺れた。そう簡単に諦められる夢なんかじゃなかった。だけど、親を放っておくわけにもいかない。


私は母と一つの約束をした。それは明日のオーディションで合格すればこのまま東京に残り、東京から実家に仕送りをする。落選すれば潔く田舎に帰る、というものだ。



私は怖くてたまらない。

膨大な数のエントリー者の中から落ちる確率より選ばれる確率の方がはるかに低いことは分かっている。落ちたところで落ち込むことはないじゃないか、と言われれば確かにそうだ。


だけど、落ちた瞬間、女優の道は閉ざされる。

私の3年間は無駄で意味のないものだったと烙印が押されるのではないかという思いが私の身体を硬直させた。


私はベッドに座り込み、ただただ震えていた。

「もう、無理だよ」


「無理って言うな」

私以外誰もいないはずの部屋から声がした。

身体がベッドから浮き上がるほどビックリした。


「だ、誰!?」


スッと押入れが開き、一人の男が出てきた。まだ若く、黒いジャージを着ている。

私はとっさにベッドの横にあったチェーンソーを担ぎ上げる。


「まあ待て俺は怪しいものじゃない」

「怪しいよ?」

私はチェーンソーのスターターロープに手をかける。


「それであなたは誰なの?」

「君のストーカーさ」

私は勢いよくロープをひいた。

唸り声のようなチェーンソーの轟音が部屋を覆う。


「待てと言っているだろう」

男はチェーンソーに動じる様子もなく、近くにあった座布団を引っ張ってきてドカリと座った。男の顔を見ると少し眉が太く、昭和の俳優のような顔つきをしている。

なんとなくだけど、害はなさそうな気がした。私は男から目を背けずチェーンソーの電源を切る。

「ストーカーなのに、どうして出てきたの?」

「今の君を見ていたら、どうしても言わなきゃいけないことがあると思ってな」


「言うって、何を?」

「恐怖でおびえる必要は無い。自信をもってオーディションに臨むべきだ」

男は真っ直ぐ私を見据えて言う。

いやストーカーに言われても……。


「あなたに私の何が分かるっていうの?」

「分かるさ。10年前からずっと君だけを見てきた」


驚いて男の顔を見る。しかし同い年くらいにしか見えない。

「10年!?あなた今何歳なの?」

「君と同じ18歳だ。10年前俺は君に一目ぼれした。以来、何もかも捨てて君のストーカー行為に人生を捧げてきた」


要するにこの男は8歳の時から私のためだけに人生をフルスイングしてきたということだ。

驚きすぎて今まで抱いていた感情を忘れてしまった。

「えっと、本当に10年前からいたの?私全然気づかなかったんだけど……」

「本当だ。俺は忍者の末裔だから、気付かれないようにするくらいは造作もない」


いや他のことに使えよ。


「いやいや、俺は自己紹介をしに来たわけじゃないんだ」

はにかむ男は一転、真面目な顔になる。

「何を恐れているんだ?君は誰よりも努力を積んできたじゃないか」

気休めは聞きたくない。

「努力したからって、どうにかなるものじゃない。私には才能がないの」


「才能なら誰よりもあるじゃないか」

真正面から才能があると褒められたのは初めてで、面食らってしまった。

そんな事は東京に来てから一度も言われたことが無かったから。

「あなたに私の何が……、いや素人のくせに何が分かるっていうのよ」


「思い出すんだ。僕が初めて君を見たのは小学校の発表会で白雪姫を熱演する姿だ。あの時の君はこの世の何よりも輝いて見えた」

確かにあの時の私は私が一番かわいいのよ、私が一番白雪姫にふさわしいんだ!という自信に満ち溢れていた。

「そんな昔の事……」

「それから中学を卒業するまで、演劇があれば君はヒロインであり続けた。他に誰も寄せ付けないほど、君は舞台上で絶対的な輝きを放っていた」


よく知ってるなコイツ。まあストーカーだから当たり前か。


「今と昔じゃ競争相手が違うの。この3年間、タレントオーディションを何度も受けたけど一度も受からなかった。所詮私は井の中の蛙だったのよ」


「俺も君に付きまとっているうちに芝居の事は随分と詳しくなったよ。女優にもな。だが俺はいまだに君の『白雪姫』を超える女優は見たことが無い」

「それは完全にあなたの主観じゃない。いい?今回のライバルは千人以上もいるの。もう名の売れてる女優とも争わないといけないの。子供のお芝居とは違うのよ」

「関係ない」

「え?」

私は不機嫌に言葉を返す。

「千人いようが一万人いようが関係ない。何故なら君が一番ヒロインに相応しいからだ」

「そんなの何の根拠もないじゃない」

「でも事実だ」


「無責任なこと言わないでよ!本当は落ちたって諦めたくない!私が一番輝けるって夢見てたいよ!だけどお父さんが今病気で働けないの!これ以上仕送りしてくれなんて頼めない!もうこれ以上ワガママ言ってられない、落ちたら諦めて地元で働くしかないの!だから、これ以上、中途半端に期待させるのなんかやめてよ!!」

私は我も忘れて泣き叫んだ。ここまで感情が爆発したのはいつ以来だろうか。

本当は確証が欲しかったのかもしれない。ここまでこの男が私の合格を確信している理由を。

言いたいことを言ったら胸がスッとした。

「本番でそれだけ感情をむき出しに出来たら君は必ず合格するだろう」

その言葉に私はハッとする。


男はおもむろに立ち上がると、やはり真っ直ぐ私の目を見据えていった。

「君は忘れてるだけなんだ。自信を」


「俺は知っている。君がほかの劇団員が帰った後でも夜遅くまで残って練習を続けていたことを。俺は知っている。本当は泣き虫なのにどんなに怒られても、怒鳴られても、絶対に人前では泣かなかったことを。俺は知っている。褒められることもなく、怒られるばかりで徐々に自信を失っていった君の姿を」


「そして知っている。君の実力は小さな劇団で留まるようなものじゃないことを。誰にも真似できないほど、役になり切る力があることを。本当は誰よりも明るい笑顔で笑えることを。俺は知っている。舞台上の自信に満ちた君の表情を」


「一番近くで君を見続けてきた俺だから分かる。100%の君を出し切れば、君は必ずオーディションに合格する」

10年前から私を見続けてきたというストーカーの言葉は、認めたくはないが不思議な説得力を持っていた。

自然と涙が私の頬を伝う。

気が付くと私の身体は随分と軽くなった気がする。

「ねえ、あなたの名前は?」

九十九(つくも)だ。九十九(つくも) 浩史(たかひろ)

「……そう。九十九くん、ありがとう、とても気が楽になったよ」

私は腕時計に目をやる。

「そろそろ行かなきゃ」

「ああ、幸運を祈ってる」

九十九くんはニッコリと笑った。



アパートの部屋を出ると、日は上ったばかりで、冷たい風が私に吹き付けてきた。

その冷たい風が今の私には心地良く感じられる。


合格するとか、落ちるとか、今はどうでもいい。この3年間を、いや、私の生きてきた18年間を出し切ろう。それだけだ。


見ていてお父さん、お母さん、絶対親孝行して見せるから。


そして私は電話を掛ける。

「もしもし、警察ですか?はい、ストーカーです。すぐに来てください」



***


――さん、今回無名の劇団から、自身はじめてとなる映画の主演女優に抜擢されました。意気込みをお聞かせください。

「選ばれて光栄に思います。初めてなんて関係なく、必ず監督に納得していただけるような芝居が出来るよう頑張ります」


――今回主演女優を選ばれた時の率直な感想をどうぞ

「感謝の気持ちであふれました。選んでくれた監督、ここまで育ててくれて、支援してくれていた両親。東京での一人暮らしを応援してくれた中学の先生。そして誰より近くで見守ってくれて、背中を押してくれた忍者にありがとうと言いたいです」


――忍者……?

「あ!いえ、飼ってた犬の名前ですアハハ!と、とにかく、精一杯頑張ります!」


ご閲覧いただきありがとうございました。

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