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スイッチ・オフ  作者: 南戸由華
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スイッチ・オフ-2-

2話目です。

 

 朝目覚めると、鏡を見なくても目が腫れているのが分かった。

 心は、晴れていない。


 ゆっくり体を起こすと、いつもの習慣でスマホを見る。

 LINEの通知が見えたが、一旦無視し、日付と時間を確認する。


 今日は水曜日、時間は8時だ。

 今日は午後から講義がある。


 スマホを閉じ、顔を洗いに行く。

 洗面所の鏡を見ると、目が盛大に腫れ、クマも出来ている。

 顔を洗うと、冷たい水が腫れた目に心地よかった。


 キッチンに行き、昨夜の夕飯の残りをレンジで温める。


 レンジの表面に自分の醜い顔が映る。


 なんだか今日はいつもより一層悶々とする。いつもは一晩泣いたら少しはすっきりするのだが、今日は全くすっきりしない。

 ほんとにほんとの限界なのかもしれない。


 涙は全てを洗い流すわけではないのだ。

 心の雲の、水分を取り除いて体積を減らすだけ。

 水分以外の不純物は心の底に溜まるのだ。


 今回は、その不純物がいっぱいいっぱいになっている気がした。

 それは涙を流すことでは消えない。


 すごく、苛々する。何かにすごく当り散らしたいくらい。


 温め終わった食事と飲み物をテーブルに運ぶと、いただきますも言わずに食べ始めた。

 もぐもぐと、自分の咀嚼音だけが部屋に響く。


 静かな空間だと、余計に自分の心に目がいってしまう。


 自分は本当にくだらない…


 そして、くだらない私は、よせば良いのにスマホを見る。


 SNSを見ると、相変わらず自慢大会が目に入る。

 不純物でいっぱいいっぱいの心の中に、また新しい雲ができる。


 LINEを見ると、また友人が幸せそうな写真を貼り付けていた。

 徐々に雲が膨らむ。

 そして友人は最後に一言、「また学校で詳しく話すね!」と言った。


 学校に行けば、また、友人の話に嘘の笑顔で相槌をうちながら、胸の中ではひねくれた、くだらない自分と向き合わねばならないのだろう。


 もうキャパオーバーだった。

 自分の中で何かが破裂した。

 突如涙が現れる。


 とっさにスマホをベットに投げつけ、泣きながら食事を食べ続けた。


 返信なんて知らない。


 もう、何も聞きたくないし、何も考えたくない。

 これ以上、自分をくだらない奴だと思いたくなかった。


 食事を食べ終わると、食器を洗い場に置き、洗わずにすぐに歯磨きを始めた。


 歯磨きしながらベットに向かい、スマホに手を伸ばす。だが、今回は画面のロックを解かずに、そのまま電源を切った。


 スマホの電源を切るのはいつぶりだろうか。基本、大学の定期試験の時しか電源を切る事はなかった。


 電源を切ると同時に、世界とも切り離されるような孤独を感じたが、それ以上に、いっぱいいっぱいだった心が少しだけ軽くなったのを感じだ。


 もう学校に行く気などなかった。

 今日1日は、くだらない自分から目をそらしたかった。


 心の中の不純物を処理してしまいたい。


 どうしようかと考えた時、ふと本棚にある文庫本が目に入った。


 私が大好きな作家の大好きなシリーズだ。

 中身はちょっと変わったファンタジー。

 現実を忘れるにはちょうどいい。


 一度読んだ本ではあったが、もう一周読んでも全く構わないと思った。


 コーヒーを飲みながら読みたいな、とふと思い、行きつけの小さなカフェを頭に浮かべた。


 休日に友人と良く行くカフェだ。

 小さく、あまり目立たない店なので、休日に行ってもそんなに混んでいない。

 いつも友人とそこを利用し、長々と話し込むのだ。まぁ、私が聞き役の方が圧倒的に多いが。


 時々、学校に行く前に1人で行く時もある。1人だと、コーヒーを飲みながら適当にスマホをいじるだけで、長居することはないが、そんな無礼なことも許してもらえているような、暖かい雰囲気が気に入っているのだ。


 今日は平日なのでより少ないだろう。友人も学校に行くだろうし、まさか1人では来ないだろう。

 知り合いに会う心配はない。


 行き先が決まると、私は洗面所で口をゆすぎ、外出の準備を始めた。


 服は、いつもと違い、ラフな格好。いつもは張り切ってするメイクもしない。

 今日1日は、誰にも見栄を張る必要はないんだ。


 バックに文庫本と財布とハンカチを入れる。


 スマホは入れない。


 スニーカーを履いて玄関から外に出ると、冷たい空気が肌に突き刺さる。今は冬だ。

 でも、その冷たさが、苛々で火照った体に心地よくもあった。


「いらっしゃいませ」


 カフェに着くと、やはり客は1人もいなかった。寒空の下を歩いて冷え切った体に、暖かい空気が染みる。

 カウンター内におそらく店長であろうダンディなおじさんと、若い青年がいた。多分、アルバイトだろう。このカフェは店長とアルバイト1人だけで営業している。


 誰もいないので、端のテーブル席に座る。

 メニューを見ずに、いつものブレンドコーヒーをアルバイト君に頼む。


 バックから文庫本を出し、ページを開いて読み始める。

 少し照明が暗いかと思ったが、意外と程よい明るさで、読むのに問題はなかった。


 5ページほど読んだところでアルバイト君がコーヒーを持ってきた。


「ごゆっくりどうぞ」


 にっこり笑った顔が爽やかで好印象だった。

 思わず、私も「ありがとうございます」とお礼を言った。


 彼は軽く会釈し、背中を向けてカウンターに戻った。


 おそらく何度も顔は見たことがあるのだが、今初めて、彼の顔をちゃんと見た気がした。

 きっと、今までは目の前のことにしか目を向けてなかったからだろう。

 友人やスマホ、そして自分。


 文庫本を一旦閉じて横に置き、初めてコーヒーだけに意識を向けて、一口それを含んだ。


 独特の良い香りがゆっくりと口から鼻に突き抜ける。

 とても、とても美味しい。


 不純物が少し洗い流されるのが分かった。

 体の内側からじわじわと、優しい暖かさが浸透していく。


 ここのコーヒーはこんなに美味しかったのか。

 今までは一体何を飲んでいたのだろう。


 感動して顔を上げると、カウンターの青年と目が合った。


 私は自分の頬が緩んだのが分かった。。コーヒーのおかげで文字通り、心も体も暖まったからだろう。


 そんな私の顔を見た青年も、また爽やかな笑顔を返してくれた。


 私はとても心地よい気持ちでまた一口いただくと、文庫本を開いて読み始めた。




お読みいただき、ありがとうございます。

何でもないことに、どうしても苛々してしまうときってありますよね。そんな時は私は無理はしないようにしてます。

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