海の塔
「へえ。なかなかに綺麗な星じゃないか」
食事を済ませた夏郷は、夜空に輝く星を眺めていた。
「失礼します。お布団をお持ちしました」
民宿の女性がやって来た。
「ありがとうございます。お陰さまで休めてますよ」
「そうですか。そう言ってもらえると、こちらも励みになります」
女性は、布団を敷きながら答える。
「それにこの星空。眺めているだけで心が洗われます」
「人が平等に、分け隔てなく見れるのが星空の利点です。心が鎮まります」
「何かあったんですか?」
「お客さん、鋭いですね。わたし、婚約をしているんですけど、相手方の親御さんが反対なさっていて」
「心当たりは?」
「わたしは、民宿を営む娘。婚約者の職業はドゥンの運転手。釣り合いがないんですよ」
「この世界は、トレードで成り立っているんですよね? なら、格差なんか無いんじゃ」
「ドゥンの運転を任されることは、とても光栄なことなのです。民宿など幾つも在ります。そのことがネックなのでしょう」
「でも好きなんでしょ? 婚約者のこと」
「当然です! わたしは、彼を尊敬し、愛しています」
「その想いを相手の親御さんにぶつけてみたら? 人を好きになることは、そう簡単なことじゃない。結婚なんて尚更ね」
「お客さん……どうしてそこまで?」
「俺も婚約してるんだ。両家ともうまくいってるから心配はないんだけど。だからかな、後押ししたくなっちゃったんです」
「そうだったんですか。なんか余計なご心配をお掛けしました。でも、心が楽になりました」
女性に笑みが浮かぶ。
「その笑顔が、この民宿の名物じゃないかな。俺、この民宿に来て良かったですよ」
「ありがとうございます。励みになります」
女性は、礼を述べると部屋を出た。
「婚約者、か。心配してるよなあ」
夏郷は、圏外になっているケータイを見た。
※ ※ ※
翌日。
「毎度ありがとうございました。またのご利用を心からお待ちしております」
「こちらこそ。ゆっくりできてよかったです」
「お客さん、海の塔に行かれるのですよね。気を付けてくださいね。あそこは危険との噂です」
「そうなんですか? まあ、多少の危険には慣れっこですから平気ですよ」
「ご武運を祈っております」
女性が夏郷の手を包んだ。
「行ってきます」
夏郷は、歩き出した。
「危険との噂か。老朽化なのか? 塔から飛び降りて死者が出てるとか?」
そうこうしてるうちに海の塔に着いた。
※ ※ ※
「見た限り危険な感じはしないけど」
夏郷が塔に入っていく。階段が上へと続いてるだけの質素な造りだ。
「上るか」
夏郷が歩くごとに階段が軋んでいく。
「やっぱり老朽化かな」
夏郷は、階段を上りきると辺りを見渡す。
「何にも無いな。老朽化で決まりだ」
夏郷が降りようとする。
「待ちやがれ」
「はい?」
斧やら金棒やら物騒な物を持った集団が夏郷を囲む。
「身ぐるみ剥いでから出ていけ。ワイ達の縄張りに足を踏み込んだ罰だ」
「縄張り? この塔は皆のものだろう」
「誰も寄り付きやしねえ。皆、なんて方便だ」
「……おたくら知らない? 世界の脅威のこと」
「何のことか? それよりも今の自分の脅威を気にするんだな! 野郎共、掛かれ!」
夏郷を囲んだ集団が攻めこんでくる。
「危険なのは、アンタ達だったか」
夏郷が刀を引き抜いた。
「構うな! やれい!」
振り下ろされた斧を避け、突き出された小刀を払い、夏郷は刀で峰打ちをした。
「周りは片付けた。どうする?」
「何者だ!?」
「ただの刀使いだ」
「悪い冗談だ。妙に手慣れていやがる」
「まあね。で、どうする? 掛かってくる?」
「こんな手練れだとは思わなかったぜ」
「いい判断だよ」
夏郷が刀を鞘に納めた。
「……さっき妙なことを訊いてきたが、何が目的だ?」
「世界を脅かすほどの存在を捜してるんだけど知らない?」
「もしかして……イードのことか」
「イード?」
「色々と騒ぎを作り出す集団だ。何を仕出かすか分かったもんじゃねえ! 世界を脅かすかどうかは知らんが、厄介な存在なら奴等さ」
「イード。覚えた。貴重な情報どうも」
夏郷は、階段を下りていく。
「待て、名前を聞かせろ!」
「夏郷だ」
夏郷が塔を出た。
※ ※ ※
「……イード……。また集団か」
夏郷は、地図を広げる。
「脅威は、少なくともこの街には居ない。ナーデが飛ばす場所を間違えたのか? どのみち都会に出る必要があるようだ」
夏郷はドゥンに乗る為、駅に向かった。




