平穏な街
(勢力が増している……世界が征服される)
「とても、そんな風には見えないがな」
笑顔で駆け回る子供。それを微笑ましく見守る大人。まるで、街全体が一つの家族に見える程の平和な姿が、そこにはあった。
「そこの。この辺じゃあ見掛けない顔だ、どこから来たのだい?」
恰幅のいい女性が、夏郷に話し掛けてきた。
「海の向こうからですよ。この街には、ちょっと用事があってね」
「外者じゃあ見ないわけだよ。しかし、こんな国の辺鄙な街に用事なんて珍しいねえ?」
「辺鄙かな? 結構栄えてるから、てっきり都会と思ってたよ」
「外者じゃあ、そう思うのも無理はないよ。この街は国の中でも田舎の田舎だよ」
女性は、夏郷に国の地図を渡した。
「都会は、更に上に進むんだ。歩いてなんかじゃ行けないから、都会に用があれば、ドゥンが必須さ」
「ドゥン?」
「外者は、ドゥンも知らないのかい!? ラームを燃料に動く乗り物だよ。この国じゃあ常識だよ?」
「ラーム?」
「もしかしてラームも知らないのかい!? ラームは、空気中に存在するエネルギーさ。ラームは、世界共通の筈なんだがねえ? 外者には珍しいのかい?」
「えーと……あはは、俺、そういうの疎いんだよ。教えてくれてありがとう」
「知らないのなら仕方ないよ。知ったかぶられるよりよっぽどいい」
女性が夏郷に赤い液体の入ったビンを渡す。
「これは?」
「街の名物の飲み物、ルルリさ。こうやって出会えたのも何かの縁、持って行きよ!」
「でも……高そうだ」
「高い? 何のことだい」
「値段ですよ!?」
「値段? なんだいそれは? もしかしてトレードのことかい? それなら要らないよ、これは譲渡さ」
「そうですか。ありがたく頂戴します」
(値段を知らない? この世界には、金銭の概念がないのか?)
夏郷は、ビンをバッグにしまった。
「ところで。こんな街に何の用なんだい?」
「……それが……友人が、この街に興味をもってまして。それで俺が下見に」
「へー。それはご苦労さんだよ。ま、見ての通りの平穏な田舎街さ。何もないのが残念だけどねえ」
「本当に何もないんですか? こう……なんていうか……街の人だけが知る場所とか……」
「うーん。街の人間だけが知る場所といえば、海の塔かねえ?」
「海の塔?」
「海の向こうから来たんなら、当然、港から入ってきたんだ。港から建物が見えたろう?」
「えっ……ええ」
(参ったなあ。港の場所も知らないぞ!?)
「港が街外れにあるから、なかなか塔の存在が知られてないんだよ。そもそも、港から外者が来ることが珍しいからねえ」
「そうなんですか」
(どうすれば……港の場所を訊くわけにはいかないし)
「まあ、ゆっくりしてってよ!」
「はい」
女性に笑顔で見送られて夏郷が困る。
(仕方ない。もう少しぶらついてみるか)
夏郷は、賑やかな街中を眺めていく。やはり、どこを見てもナーデが言うような者達は見当たらない。
「お?」
店先に並んでいた商品を子供が持ち去っていく。
(ありゃ~、どうなるんだ?)
夏郷が店を覗くと、店主は平然としていた。
「あの~?」
「なんでしょうか?」
店主の男性が明るく応じる。
「商品、持っていってますよ?」
夏郷が子供を指して言う。
「ちゃんとトレードしてったよ。ほれ」
店主は、掌に乗った石ころを見せた。
「石ころ、ですか」
「そうだよ。物の価値は、人が決める。この石ころも子供にとっては、この果実と同じ価値なんだ」
店先に真っ赤に実っているリンゴが並んでいる。
「美味しそうですね」
「そう、じゃない。美味しいぞ? 丹誠込めて作ったのだからな」
「でもいいんですか? 苦労して育てたのを石ころと交換で」
「それがトレード。この世の理だよ」
店主が夏郷にリンゴを渡した。
「い、いや……俺、このリンゴと対等の物なんて持ってないし!?」
「トレードじゃない。あげるんだよ。気持ちだ」
「……それなら……頂戴します」
夏郷は、リンゴを受け取った。
「しかし、トレードの事を知らないなんて。余程の箱入り息子かな?」
「どうなんでしょう!? あはは……」
夏郷が誤魔化すようにリンゴを食べる。
「どうだい?」
「……美味しいです! ジュースを飲んでいるみたいに果汁が溢れる!」
「そうか! そうやって言われると嬉しくなるなあ! よっしゃ、持っていきな!」
店主が紙袋いっぱいにリンゴを詰めて渡してきた。
「でも!?」
「キミの笑顔とトレードだ!」
「頂戴します!」
夏郷は、リンゴを受け取った。
「これからどこかに行くのか?」
「海の塔に行きたいんですけど、港が分からなくて」
「物好きだな。いいよ、教えてやる」
店主が簡易の地図を書いて渡した。
「何から何までありがとうございます!」
「礼なんていいよ。困っている人を助けるのは当然だからな」
店主に見送られながら夏郷は地図を頼りに歩いていく。
「穴場から攻めていくのが近道、だといいが」
港に近付いてきたのか、潮の香りが鼻をつく。
「疲れたな。さあて、どこかに宿はないかな」
少し歩くと、民宿が見えてきた。
「あそこにするか」
夏郷は民宿に入った。




