リリのキモチ
夏郷達はリリを連れて、タワー近くのホテルに来ていた。
「……う……ん」
リリは、静かに目を覚ます。ベッドに寝ている状況に戸惑ってしまう。
「どうしてリリはベッドに居る? ここは何処だ」
身体を起こして部屋を観察する。
「軟禁されているのか」
リリがドアノブに手を掛けた。捻るやいなや、簡単にドアが開いた。
「囚われているわけではない?」
簡単に部屋から出れたことに驚きつつ、廊下を歩いていく。
「ただのホテルのようだ。だとすると誰が」
「何やってんだ?」
「!?」
背後から声を掛けられ、反射的に蹴りを放つ。
「危ねえな!? お前にとっちゃそれが挨拶なのか」
「……リリの蹴りを受け止めた……だと!」
「ま、その様子じゃ案外大丈夫そうだな。夏郷が凄え心配してたんだぞ」
「カザト!」
リリは、雁斗から距離をとる。
「恐い顔すんなって。別にお前をどうこうしようだなんて思ってねえから」
「リリを連れてきて……何が目的!」
「イードの事を訊きてえだけだ。ま、単純にお前をイードに戻すのを嫌がったのもあるけど」
「なぜだ」
「十歳の女の子が、あんな組織に居ちゃいけないって夏郷がな」
「カザト……カザト! 何なんだカザト!」
「一言で表せば……お人好し、かな」
「みすみす敵を側に置いとくとは。カザトは死にたいみたいだ」
「落ち着けよ、とりあえず座ろうぜ? 立ち話もなんだしな」
雁斗は、自分達が取った部屋にリリを連れて入った。
「リリの隣の部屋に居たのか」
「まあな。流石に俺達と同じ部屋はマズいってことで隣になったんだ」
雁斗は、椅子に座った。
「カザトは?」
「探索だ。赤髪コンビと一緒にな」
「そうか」
リリは、床に座る。
「なんでイードなんかに居るんだ? 理由があんのか?」
「……答える意味がない」
「ふーん」
雁斗は、新聞を広げる。
「敵を目の前に読み物とは余裕だ」
「俺、お前を敵視してねえし」
「リリは違う、敵は敵!」
リリの蹴りが雁斗に向く。
「水色パンツが丸見えだ」
「な!?」
雁斗の言葉にリリは思わずスカートを押さえた。
「まったく……。見られて恥ずかしいなら、スパッツとかでも穿いとけよ」
「……イードの正装だ……それ以外は認められない」
「年頃なんだ。それくらい平気だろ」
雁斗は新聞を閉じると、結んでいた髪をほどいた。
「男のくせに伸ばしているのか」
「髪を伸ばすのに男も女もあるのか? 毎日一回は櫛を通せってうるせえからな」
「綺麗な髪だ」
「そんなこと言われたの初めてだ。あ、そういや夏郷が謝ってたぞ。髪を切っちまったことを」
「ずっと切らずに伸ばしていた。手入れも欠かさずお姉さまが……」
「姉妹なのか」
「しまった!」
「姉貴もイードか?」
「……そう、だ」
「もしかして、エミルって女か? 同じ銀髪だったし」
「……」
リリが黙って頷いた。
「成る程ねえ、納得。イードに居る理由の片鱗が判った」
「片鱗、だと」
「お前、ウダホに惚れてねえか?」
「なっに!?」
「んだよ、図星突かれて参ったか」
「リリが隊長を!?」
リリは反応に困っていた。確かにウダホを好いてはいたが、それが恋愛感情なのか判らなかったからだ。
「これで理由が出揃った。お前がイードに居る理由は判った。次は、イードそのものについてだな」
雁斗は櫛を通し終えると、再び髪を結んだ。
「誰が話すか」
「……だろな。普通はそうだ、お前が正しい」
そう言うと雁斗は、ベッドに横たわった。
「敵を目の前に無防備な格好を」
「何度も言わせんなよ。別に俺は敵視してねえ」
「今のリリなら串刺しに出来る」
「ま、ご勝手に」
雁斗は、そのままリリに背を向けた。
「……」
リリは、隠し持っていたナイフを握る。
(ウダホ隊長の敵! 殺すならいま!)
そう思いつつもリリの手は小刻みに震えている。
(なぜ、なぜ!?)
「……お前、命を奪ったことあるか?」
「はひっ!?」
突然話掛けられ、ナイフを落としてしまう。
「その様子だと、ねえな。よかったじゃねえか」
「……あるのか」
「お! 俺に質問か。……あるぞ、いっぱいな」
雁斗は、声のトーンを下げて話す。
「どう、だった」
「感傷に浸ってる暇なんてなかった。自覚はあったが、無心だった」
「無心で殺しを!?」
「……俺が恐いか?」
雁斗がリリに向き変える。
「誰が恐がる!」
「強いな、お前。肝が据わってる」
「ふん。敵に褒められて嬉しくなどない」
「ははは。そりゃそっか」
雁斗は、身体を起こすと伸びをした。
「お前は、リリが恐くないのか」
「恐くねえし可愛くねえ。そのすました表情じゃ、その素材を殺しちまってるだけだ」
「どういう意味だ」
「愛嬌よくすりゃあ可愛げあるのに。その銀髪だって十分綺麗だしよ」
「な、何を言っている!? リリは敵だ!」
リリがナイフを拾って雁斗に向けた。
「……構わねえぜ、刺しても」
「!」
ナイフは雁斗の胸に突き刺さった。リリは、ナイフを引き抜くが、雁斗は普通にしている。
「やっぱ恐えか?」
みるみる雁斗の傷が癒えていく。
「な、何なんだ!?」
「俺、不死なんだ。だから死なねえ」
「ふ……し!」
リリは、そのまま雁斗に倒れこんだ。
「リリの負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「じゃあ、俺達が許すまで一緒にいろ。イードに居る姉貴やウダホの事が気になるなら、俺達も協力する」
「……信じていいのか」
「ああ。だから、イードの事を教えてくれ。お前の為にも……俺達の為にも」
「お前じゃない……リリだ。リリでいい」
「わーたよ、リリ嬢」
「名前、何だ?」
「俺は、雁斗だ。好きに呼べ」
「……好きに呼ぶ……ガント」
雁斗の名前を言ったリリに、ウダホに対しての気持ちとは違う感情が芽生えた。




