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エイ  作者: ごめん手
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ポカリが買えない

入学式の日。母親に連れられ、意気揚々と学校の門にくぐった。体育館にパイプ椅子が並べられ、そこにちょこんと座った。

先頭には黒いスーツに身を包んだ中年の男性が「一年一組」という赤い旗を持って座っていた。あかるはその旗に強い不安を感じた。

母親とは離れて座らなければならなかった。後ろの保護者席を何度も何度もふりかえって母親の姿を探した。

 しかし、六百人以上もいるであろう体育館の中では、とうとう見つけることができなかった。

 次に教室に入ると、皆が机の上にランドセルを置いていた。あかるは手ぶらだ。自分の名前のシールが貼られている席に座り、爪と指の間の皮をはいだ。あかるが不安になったり、緊張するとしてしまう癖だ。

 幼稚園で友達が出来ず、寂しくて皮をはぎすぎたことがある。血だらけの手をみて先生は驚いたが、迎えにきた母親のむっとした顔は今でも鮮明に覚えている。

 あかるが着席して四分もしない間に、中年の男性が教壇の方の扉から入ってきた。体育館で、赤い旗を持っていた人物だ。

 いかにもベテランで、ネクタイがもったいない程似合っていなかった。いや、ふさわしくないといったほうが自然だ。

 彼には、高そうなネクタイやネクタイピンでコーティングする必要性が感じられなかったのだ。それはベテランっぽいからとか、中年だからってわけではなく、なんとなく違和感があった。そういう人はいつも、どの場所だっているものだ。

 彼は入学おめでとうのあいさつをし、教科書の山を科目ごとに教壇に並べ始めた。

 あかるは彼の話を聞いて三つ理解した。

一つ目は、入学式の案内のハガキが届いていたこと。二つ目はそこに教科書を配るのでランドセルを持ってきて下さいと記載されていたこと。三つ目は、それを母親が忘れていたこと。

 あかる以外のクラスメイトたちは、もらった教科書を嬉々としてランドセルの中にいれている。教科書のことなんか知らないし、今分かっているのは表紙のイラストと文字だけなのになぜ、クラスメイトたちはあそこまで喜んでいるのか。あかるには分かっていた。

あかるはランドセルの重みが羨ましくてたまらなかった。あの背中にくるあの重み。結局彼女は手に教科書をいっぱい抱えて帰ろうとしたが、どうも持ちきれそうになく、幾度となく落としてしまった。何度も学習し、積み重ね方を変えたりしたのに、肉体の限界は残酷だ。

 仕方がなく、理科の教科書だけ持って帰ることにした。偶然一番上に積んでいたからに他ならないが、帰り際にぱらぱらめくると、イラストがたくさん載っていてあかるをわくわくさせるには充分のものであった。


 気づくと小学校に立っていた。僕の母校?なわけない。

 まったく知らない、見たことのない小学校だ。

どん、と後ろから押された。びっくりして振り返れずいると、黒のフォーマルな服でまとめた三十代くらいの女性が「あら、ごめんなさい」と言い、ランドセルを背負った子供を連れて奥に進んでいった。それより僕死んでなかったんだな。実体はあるようだ。

 周りを見渡すと、四、五組くらいであろうか、さっきの女性と同じようにフォーマルな服装をまとった女性が、十歳にも満たないであろう幼いランドセルを背負った子供を連れていた。

 彼女達は学校の中に併設された、おそらく体育館らしきところに続々と入っていく。


「入学式・・・?」


 僕は、人ごみに逆らって小学校の外に出た。

 知らない・・・。歩いている人も、見渡す限りの簡素な住宅街も、まったくと言っていい程知らなかった。

 唯一、知っているものといえば、小学校の門を出て、横断歩道を渡ったところにある自動販売機のコーラとポカリスエットのみだった。

 急に喉の乾きを感じた。しかし小銭を持っていなかった。ポケットに財布を入れていたはずなのに。どこかで落としたのだろうか。

ふう、落ち着こう。僕は・・・僕は自らここに来たのではなかったか?


 とたんに記憶がフラッシュバックするーわけもなく、なんとなくそんな気がしただけだった。

 あまり自分の意識を信じないことだ。後付されて、妙に納得してしまうだけだ。そして実際にしてきたことなど分からなくなってしまう。

 しかし実際にしてきたとはなんだろうか。誰かがそれを証明してくれるわけでもないというのに。事実なんて物語にいらなければ捨ててしまえばいい。そして新しく作りなおせ ばいい。いつだってそうではなかったか?

 とは言っても今どこにいるかという現状把握は必要に決まってる。

 どうやらここは、見るからに田舎だが、森の豊かな僻地ってわけではなさそうだ。どこかに地図や、売店があるはずだ。よし、歩こう。その前にポカリを・・・あ、金がなかったんだった。

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