こういうことってあるよね
「それで?」
少女は僕を見て、尋ねた。おそらく、僕の目をじっと見ている。僕はみることができないので、みないが。
気がつくと前にいる親子も振り向いてこっちを見ていた。僕ははっとした。
母親と思しき女性は、首に大きな痣がついている。少女は変わっていないように見えるが、なんだろう。血が通っていないような、あ、前髪に隠れて見えなかったが、額が血で滲んでいる。前髪が血を吸って束になっている。なんだなんだ。
僕は、思い出してはいけないと思った。いや僕の思い出は外部デバイスで保存されていて、今、その本体が僕の記憶を要求し、そして結合しようとしている、そんな感覚におそわれた。
僕はあのとき彼女に何をした?彼女がホームに座り込んだ時、何をした?いや、その前に地下鉄に着いてから、何をした?
少女が何もないところで転けたとき、僕は本当は何をしたんだ?洗濯物を干そうとした女性に、何をしたんだ?なぜ、洗濯物が触手の、人の・・・・臓器みたいになっていたんだ?
僕は、僕は、何をしたんだ?・・・何興奮しているんだ?はは・・・ははははは・・ははは
罪悪感とか、そういうのにさいなまれる僕じゃなかったはずだ。禁止することで何かに囚われることは避けつづけてきたはずだ。
いや、僕じゃない。僕のはずはない。寝よう。疲れているんだ。今直ぐ寝よう。
僕はーーーー大層なことを、人生がぞっとするほど変わることを、いくつも、知らぬうちに、やってしまってはいないか?
うまくうまくごまかして、生きてきたのは、僕もそうだったんじゃないか?
「おにーさん、見たことあるなあ」
少女の声がした。エイに似ている女の子だ。いやだ、僕をみないでくれ。どこか前に見た少女より、陽気さが備わっているように見えた。
もしかして、あの少女じゃないのか、そうであってくれ。僕はそう思い続けた。つまり、思い出したくないんだ。記憶違いにしておきたかった。
けれど僕は、今目の前にいる少女をみたとき、以前みたときとまったく同じことを、直感的に思った。スイッチのように簡単に、彼女をみるだけで、言葉が流れてきた。
「黒目がちの腫れぼったい目と、薄すぎる唇
特徴のない鼻・・・何より口の中が、そこ
だけ年老いたように黒すぎる。それでも人
ごみの中にいたら・・・少なくともクラス
の中には一人くらい同じような顔をしたや
つがいるだろうありふれた顔なのだろう。
ああこういう子が化粧で化けるんだなあと
思われそうな子なのだろう」
少女が近づいてくる。僕の目の前に来る。
変な白い靄がかかっているわけではなく、不自然なほどくっきりとそこに立っていた。
時々、目の端の乾燥を止めるように、用心深い瞬きをしながら、こちらを見ている。
会話。会話。会話。
会話するための意識がみつからない。
自分の深いところから取り出さなければならないくらい、まるで小学三年時の二番目に印象深かかった記憶を思いだせと言われるくらい困難に感じられた。
逃げようと思った。逃げるという選択肢がRPGの戦闘コマンドのように右端にピョコンと出現するのが分かった。
こんなとき、漫画やドラマのように逃げれないと人は言うが意外に簡単に出来そうじゃないかと冷静に思ったりした。
再び、先ほどの言葉が迫ってくる。
僕は大層なことを、人生がぞっとするほど変わることを、いくつも、知らぬうちに、やってしまってはいないか?
いくつも
知らぬうちに




