ホワイトソース
約1世紀前には、人の考え方の癖は性格で片付けられていたと聞いた。
うん。今でもそんなところあるよね。今だとそういう「タイプ」って言うと通じる話だ。
タイプや性格って言うことでそれ以上突っ込んでこまなくなるし。それを踏まえた上で考えると、性格は神話のようなものなのかもしれない。
僕は繋がっている。時代に繋がれて、虫けらのように解決される虚しささえも、僕自身のものではなく、僕はアップデートされる基盤だけを持ってこの太った体を晒しているに過ぎなかったのだ。
生前のどうでも良かった恵理子を思い出しては、僕はパンを今日も食べるのも、僕なりのアップデートってやつだ。
ま、明日はおにぎりかもしれないし、牛丼かもしれない。
でも、そんな感じでいいのかもしれない。
僕はもうこの考え方から逃れてもいいのかもしれない。
この考え方の不合理さに甘んじて僕なりに楽しくやっていたんだ。いつもいつも。
けれど、もうそれはやめたいなあと。無理かもしれないけれど。
僕は駅のホームにいた。
M県T市のホームはいつもガラガラで、かといって無人でもない、程よい田舎の駅。
来るのは確か2度めだったかな。いい匂いがする。
僕は人殺しをするタイプってやつじゃないだろう。自分ではそう思う。
けれど人を殺したことはある。それも死刑になる数ほど。つまりは、無知な若者が鉄砲で人を殺したより多くの数だ。
僕は涙なんてしないけど。
そうそう、目的だね。この地にきた目的。生暖かい顔にささる風が、いつものように爽やかな真昼に、この地に来た目的。
目の前にいるのだ。また。
以前と変わらず、あの親子のような2人が。
僕は知らなかった。あの失禁して、尿まみれの女があんな顔をして立っているなんて。
エイのような顔をしたあの子の細すぎる腕から生えた産毛が逆立つように、風に揺らいでいる。
僕はじっと彼女達を見つめた。彼女の赤いランドセルには、綺麗な反射光が描かれていた。
「ランドセル、素敵だね」
彼女は小首をかしげて、うふふっと笑った。口の右端を引きつるようにして笑う子だった。
「こうてもろてん」
「うん。素敵だ。ぴかぴかしてる」
母が彼女の手をひいて、ホームにちょこんと設置されているベンチの方に向かった。
僕に背を向けて、少女は歩いて行く。少し小走りに揺れるランドセルから、何かが漏れていた。
「ちょっと、待って」
僕は少女が振り向くであろう角度に移動し、少し屈む。
「何か漏れてるよ」
「んっ」といって僕が指さした後ろ側を彼女も首を精一杯曲げて見た。
「なんやろお」
「なんか汁でてるわあ」
赤いランドセルから、黒く染みだした液体が、地面に数滴落ちている。コンクリートの上のそれは、黒く光り、見方によっては真っ赤にも見えた。
なんだろう。お弁当の残り汁?
血。もしかして血なのか。
いやいや、僕の勘はそこまで鋭く無いはずだ。ミステリー小説の冒頭にするには、引きがあっていいかと思うけれど。
人の臓器のような・・・。
彼女のランドセルはランドセルじゃなかったんだ。
君のための、君に対しての、ランドセルなんかじゃなくて。
それは、僕とか、他のやつらのような。
何かを言うか、何かをしかけるか、それを迷っていた。ああそうか、そうだったのか。
僕は全てを悟った気がした。
僕はさっきまで、そのランドセルの中にいたんだ。赤くてぬめぬめした、あの中に。
彼女が集めただろう飴玉を、叩き砕くように入れた臓器だらけのランドセルの中に。
それからの行動は俊敏だった。(気持ち的には)
僕は、まっすぐに母親と思われる女性の方に歩み寄って。首に手をかけた。
冷静だった。だって全てを悟ったっていう位なんだよ?とにかく冷静だ。昨日つくった最後のピザの名前くらいは思い出せそう。
うーん、エビクリーム・・・なんだっけ。 チーズがいっぱい入っている系のピザだったことは覚えてる。だって生地の耳部分の周りにさ、いっぱいチーズが散らばって隣で作っていた新人のアルバイト少年に怒られたもの。もったいないだろうって。それで覚えてたんだよね。クリームチーズエビ・・・大体ピザなんてものは具材を単に並べた名前なんだよな。馬鹿でも分かるようにさ。その分紅茶なんかは敷居が高いよね。っていうかさ、高い、安いって、結構、いやかなり馬鹿っぽい言葉だよね。安い、高いってなんだよ。上か下とか、そういう感じが馬鹿にもわかるから流通すんだろうね。エビとかさーシーフードとかさー、あ、エビ使ったってことはシーフード系のピザだったかも。あれ、でもホワイトソースは使わなかったはずだ。だって、ホワイトソースを使うときはさ、店長がすごいもったいぶるんだよね。トマトソースとの扱いの差は仕入れ値の差なのかな。そこらへんの仕組みすらよく分かってない僕なんだけどね。しかしあのアルバイトの少年。昨日脛に大きな絆創膏貼ってたけど、あれなんだったのかな。普通あんなところ怪我しないよ。しかも分かるように半ズボンなんか履いてきちゃってさ、何考えてるんだろう。まあ、俺アピールみたいなのはしなさそうな子だったから、別にそんな意図はないのかもしれないな。ただ、患部を外気にさらしていたわってあげたいという彼なりの体に対する優しさなのかもしれないな。こんなくだらない行動一つにも自分を大切にしているかしてないかって一目瞭然だよね。傷の対処法からでも、なんだって人はその人柄が分かっちゃうものかもしれないな。とすると、あれだ。自分が好きなものとかそういうことではなく何にに対してもやれば彼自身を形成しているんだな。当たり前だけど。放屁でも仕事でも同じなんだな、つまりは。なんでこんなことを思ったんだっけ・・・。そういえば、シーフード系の具材は、季節のせいもあって、今使わないようにしているんだったような。朝説明された気がする。でも、僕はアルバイト少年の脛しか見てなかったんだったっけ。あれれ。




