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エイ  作者: ごめん手
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恵理子、屋上いこ

 あかりーと呼ぶ声が聞こえる。直ぐ側、っていうか隣にいた。

「ん、なに」

 シャーペンで消しカスを刺しながら反射的に声を出す。

「あかりんはさ、帰んないの」

「この日誌かかなきゃ帰れないの」

「ふうん、こういう制度、あったっけ」

 まただ、知ってるくせにとぼける。

「ん、あるよ」

「ああ、あったあった。日直ね!私が周って      

 きたのは何年前の話だったっけ。遠い昔の

 ことのようだよ」

「君は休みがちだからね。というか日直の日       

 を見計らって休んでんじゃないの」

 机をバンと叩く。

「おお・・・病弱な私がそんな姑息な手を使  

 うとでも?」

「嘆かわしい・・・嘆かわしい・・・」

 ゲホッ、ゲホッと大げさに咳き込み、あかるの机に手を置いたまま地面に座り込む。無視して日誌を書き続けることにしよう。無視されたほうが彼女は嬉しいようだ。

 穴あけパンチで二つの穴が開いた紙に黒い紐を通して縛っただけの簡易的な日誌は、手垢にまみれ、ある箇所から1穴が破れ、紙が千切れかかっていた。

 こういうの千切れかかった部分を見ると、無償に千切ってしまいたくなる。なんでだろう。

 昔から、蚊に刺されやすい体質だった。

 そのせいで出来たいくつもの瘡蓋を「出来ている」ものから「出来ていない」ものまではがせるものは全部剥がした。

「出来ている」「出来ていない」の基準は簡単だ。血が固まって盛り上がり、周りに腕の皮が薄く被さっているものが「出来ている」瘡蓋で、血は固まっているが、血の量が少ない、もしくは、傷が深く、凹んだ傷口部分に血が溜まっていて固まっているものが「出来ていない」瘡蓋だ。

 剥がせずにいられなかった。

 体中あちこちに離散している血の斑点は、遠くから見ても分かる程目立った。肌が白いせいだ。

 最初、幼稚園に入園した頃は、母親も体中血だらけになった私を見て、心配し、悲しんだ顔をみせた。

 しかし、しばらくそれが繰り返されるにつれ、母の態度は変わっていった。

 私を気遣う言葉をかける保母さんをばつが悪そうに見ると、「帰るで」とだけ言って私を見ずに歩き出した。

 私が性懲りもなく、いかにも痛々しげそうな血を流し続けることによって、自分の気を引こうとしていると思い込んだようだった。

そうじゃない。そうじゃないんだ。そう言いたかったけど、少しも自信がもてなかった。

やっぱり、みてほしかったのかもしれない。でも、そんな目的ありきの行動はつまらない。もっと私は深淵にものを考えられ、世界はもっと広いんだ。と思い込みたかったのかもしれない。意味はいつだって、解釈の層を厚塗りし、馬鹿に明るい壁をした家のような、嘲りを持った態度で私を待ち構えるんだ。

 私はそんなの信じない。信じないったらありゃしないのだ。

 母は、「我慢できないの?」とだけ言い、そのまま前を向いて歩き出した。それ以来、時々しか手を握ってくれなくなったなあ。

 そして、私を怒鳴りつけたりした後に、急に優しくなって握ってくれることが多かったなあ。

 後ろから、迎えに来た園児を乗せた車が追い抜いていく。私は母の少し猫背気味の背中を見ながら、人はドラマみたいにちゃんと服を着ないんだなあとしみじみ思った。ありゃりゃ、何の話をしていたのかしら。

 教室に2人だけ。恵理子はちょっとだけ大きな声で喋ってる。私は少し愛おしく思う。だって、「誰もいないとき、部活で仲良い人だけがいるとき、家でいるときだけよく喋る、私はそんな子じゃありません」って言わんばかりの、普段と変わらない感じを演出しようとしてしきれないあの感じ。

 恵理子はやっぱり可愛い。もうもうもう可愛いなあもう。

 分かっているのかなあ。週に1度、私が恵理子をオカズにマスターベーションすることは、恵理子に深みを与えてあげていることなんだよ。

 恵理子のその脳天気な顔を見ていると、子供っぽいいたずら心がわきでてくる。

 あの、悩みを打ち明けると、真剣なアドバイスを言ってくれる人を、「でも」で全部返したくなるあの感覚。

 こちらもつらいんだけれど、その感覚が痛気持ちいいんだよねぇ。ついついやっちゃうよね。うんうん。

 恵理子がしてやったかのような目を浮かべてこっちを見てくる。見るな、暑苦しい。

「中村がさぁ」

「やめろ。知らん」

「だって中村がそういったんだよ?私じゃないもん」

 中村のことはどうだっていい。さっきの顔がむかつくから、とにかく否定したくなっただけ。

 私は目の前の日誌を閉じ、恵理子の肉厚の手をみていった。

「恵理子、屋上いこ」


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