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08 真夏の光-2



過去がいつまでも

私を苦しめる。

汚れた過去が私を呑み込み

未来も汚す。




 幼い頃から引っ越しが多かった。母親に子どもが生まれる度に、広い部屋へ移り住んだ。

その度に、新しい環境に慣れるまで苦労して体調を崩した。

唯一愛情を注いでくれる母親が、私を後回しにする時間も増えたせいだろう。

幼い私はストレスを感じていても理解してはいなかった。

理解したくなかったのかもしれない。

よく覚えていない。

でも、今思い出したことがある。

継父が寝てる私の元に来て、額に触れてきた記憶が何回かあった。熱を確認するため。

幼い私はそれを愛情と解釈していた。

だから多分、笑っていられたんだ。

 でもあとになって、私が愛されていないと理解して、それは単に母親に言われたから仕方なく確認しただけだと気付いた。

 そうだよ。

熱で寝込んでいたら、皆で布団を並べて雑魚寝をする寝室に寝かせてくれたはずだ。弟達は風邪を引いても許された。私だって、十才にも満たない子どもだったのに、与えられた一人部屋に閉じ込められていた。私は許されなかった。悪夢に魘されて泣いても、一人にされた。

もう大きいんだからって、もっともらしいことを言って、私をのけ者にしていたんだ。

 愛情だったと記憶したものが、私に気持ち悪さを覚えさせる汚い記憶に変わった。

母親は愛されていないことに気付かないようにあらゆる手をつくした。

誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、欲しいゲームも、継父に頼んだ。

継父は仕方なく買って与えた。

それで、騙すために。

 ああ、嫌だ。

何もかも忘れたい。思い出したくない。

消えてしまえ。消えてしまえ。消えてしまえ。

 消えてしまえばよかったんだ。

記憶も、命も、私の存在も。

あの真夏の陽射しに呑まれて、消え去ればよかった。




 寝苦しさにうんざりして、私は目を覚ます。

熱くて、熱くて、熱くて、あの真夏の日を思い出してしまう。

 目を開いたら、世界を掻き消すような光の中から、手が伸びてきた。

幼い記憶にある継父の手と重なり、咄嗟にその手を振り払う。


「!」

「……ル、ベル」


 その手の主は継父なんかではなく、ルベルだった。

ルベルは目を丸めて私を見たあとに、振り払われた自分の手を見る。


「なんだよ……熱を確かめるだけだぜ。病人を襲わないって」


 ルベルは冗談を言って笑うとまた私に手を伸ばした。

気持ち悪さに襲われたけれど、堪える。ルベルの手は、冷たかった。

その冷たさに、少し気持ち悪さが拭われるように感じて、ほっと息を吐く。


「なかなか下がらねーな……気分、悪い?」


 ルベルは冷たい濡れタオルを私の額に乗せてから、顔を覗いて問う。

心配しているペリドットの瞳に胸が締め付けられる。

仕事を休んでまで、私の看病をしてくれていた。

運命の人だから。

孤独を埋めてくれる特別な相手だから。

 それは、愛なのだろうか。

ルベルのこの優しさは、愛情だと信じていいのだろうか。

私を愛してくれているのだろうか。

 重すぎる孤独から救われるために、そばにいてほしくて優しいフリをしているだけなのではないのか。

 母親が離れていかないように優しいフリをした継父のように。

いつか、裏切りられるのかもしれない。

愛されていなかったと事実を突き付けられるかもしれない。

 想像しただけでも、胸に血が溢れるような痛みが広がった。

孤独から救ってくれる存在だけに、その裏切りはきっと私を殺す。

息の根を止められるほど、苦しみを受ける。

傷付けられたくない。

二度と、傷付けられたくない。

誰にも、傷付けられたくないんだ。

ルベルの裏切りが、この世で一番怖いことに思えた。


「……ニャミ?」


 ルベルが、左目から一筋の涙を流す。

荒い呼吸をしながら瞼を閉じる。

 あの真夏の家出を決意したあと、友人達と会って遊んだ。

死ぬことを考えていたのに、私は打ち明けることなく笑った。

猫を被って笑うことに嫌気が差しても、言えなかった。話せなかった。打ち明けられなかった。

 死んでしまいたいほど苦しいって、言えなかった。

言えずに笑っていた。

死んでしまいたいほど苦しいのに、やっぱり笑ってしまった。

その時、自分の重症さを改めて思い知った。

だから、死んでしまえばよかったんだ。

 あの真夏の陽射しの中に呑まれて消えていくように、終わらせればよかった。

どうせ誰にも打ち明けられない。一生抱えたものに独り押し潰される。

だから、死んでしまえばよかったんだ。

自分の重症さを思い知ったんだから、あの時に死ねばよかった。

この三年、幾度も思ったことだ。


「ニャミ、苦しいの?」


 でも、希望がいつも私を踏み留まらせる。

掻き消すような白い光の中から射し込む金色の淡い光が、私を導くみたいにいつも生かす。

 それが、今、私のそばにいるルベルだ。

私を孤独の重さから、立ち上がらせてくれる人。

心が結ばれた運命の人。

 それでも、それでも、それでも。

ルベルのことを信じたくない。

もう二度と、傷付けられたくない。

孤独の代わりに、傷を背負わされるなんて嫌だ。

 ルベルの愛なんて――――…信じない。




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