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05 正直者ー3

ニャミ視点。






 ルベルは、魔法書に書かれた材料を次から次へとすり鉢の中へ入れると全てを混ぜ込んだ。

ずりずりと粉々にすっていく。

目玉も粉々だ。

花や草や、それから骨らしきものに、赤い丸模様の羽根に、硝子のような透けた小石。

 それらを両手で持ち上げると、机の上に置いた手紙に落とす。

ルベルの掌から落ちた粉は、ルビーやゴールドの宝石に変わっていく。

手紙に触れると無数の綿になって消えていった。


「……魔法の手だぁ……」

「魔法の手?」


 ぽつりと呟いたら、ルベルが聞き返す。

バカにしたわけではなく、どこか嬉しそうに笑っていた。


「呪文なしで、発動するんだね」

「こういうのは、魔力をちょっと混ぜるだけで発動するんだ。呪文を唱える魔術はこの国では使わないな、ほとんど。精霊に呼び掛けて力を借りるんだけど、大半が戦闘に使われるし、大量の魔力を消費するんだ。隣の国がよく使う魔法、つうか魔術って呼んで区別してる」

「隣の国?」

「オレ達がいるのは、ファベナスって国。隣はヴィローマン。隣の国はさ、魔物が生息する大陸に囲まれてるから被害多くて、なんでも勇者って呼ばれる戦士が仲間引き連れて国の中に入り込んだ魔物を退治してるってさ。魔物被害が多いから、魔術を昔から中心に覚えてきた」

「魔物って……インフェルディノの?」


 この国は、ファベナス。

隣の国は、ヴィローマン。

ルベルが今使ったものは、魔法。

隣の国は魔物が住む大陸に囲まれて被害に遭うため、身を守るために戦闘向きの魔術を使う。


「元はインフェルディノから来たって説がある。今や一般的に魔物って呼ばれてて、インフェルディノから来るのは魔界者って呼ぶ。違いがあるんだ、この世界に住み着いて繁殖した魔物は目が銀色なんだよ」

「銀色の目が……この世界の魔物。銀色の目じゃない怪物は、魔界者に分類されるってことか……。よく出るの? 魔界者って」

「まぁ、たまにな。こっちからインフェルディノに簡単に行けちゃうから、知識ある魔界者は来るし、たまに胆試しした若者がバカやって連れてきちゃう場合もある」

「え、知識なんかあるの? じゃあアクーラスにも来れちゃうの?」


 魔界者って、てっきりただの怪物だと思い込んでた。

知識ということは、やはり魔法が使えるのか。

 私が食い付いたことにルベルは、機嫌を良くして頬杖をついた。


「いや、アクーラスは滅多に来ない。アクーラスは、大昔の大魔法使いが愛する人を守るために魔物が通れないように、結界を張ったからアクーラスに移動が困難になったんだってさ」

「……それ、さっき言わなかったじゃん」

「ただの伝説だし、力のある器用な魔界者はアクーラスに入ってこっそり人間食べてるらしいぜ?」

「……聞かなきゃよかったかな」


 もしかしたら、地球(アクーラス)の妖怪や怪物は魔界者が原点なのかもしれない。

頭のいい怪物が密かに人間をパクり食べているのを想像してしまい苦い顔をすれば、ルベルはニヤニヤと笑った。

 でもアクーラスの伝説は興味がある。

愛する人を守るために、ってところに惹かれたみたいだ。


「その伝説は、いつの?」

「遥か昔だよ、千年前だったかな。証拠なんて残されてないから、ただの言い伝えに過ぎないんだ。魔物が元魔界者って説も、本当かどうかはわからない」

「曖昧ね……」

「しょうがないさ。石板や本に必ずしも書き記されるわけじゃないんだからさ」


 根源ははっきりしない。

全てが必ず書き記されるわけではなく、ただ噂が残される。

遥か昔の大魔法使いが、アクーラスに結界を張って魔界者から愛する人を守った。かもしれない。

ヴィローマンの国に被害をもたらす銀色の目をした魔物は、遥か昔に魔界者だった。かもしれない。

 その事実を突き止めたところで、大して変わらないのだから、ただ曖昧なままの情報としておいておく。


「ああ、そっか。魔物がいるから、世界中から魔法の材料を集めるのはやっぱり危険ね」


 ルベルはさっき言わなかったが、魔法の材料集めは魔物や魔界者の遭遇するリスクもある。

いくらファベナス国が魔物被害が少なくとも、やはり自然が多そうな魔物の大陸に魔法の材料があってそこに行かなくてはならないのだろう。

やはり魔法使いは、リスキーな職業だ。


「うん、結構国の間で材料を集めるから、遭遇するぜ。その時はさっさと移動したり、魔法や魔術で応戦する」

「隣の国との交流はあるの?」

「あんまないな。ファベナスは魔術ほとんど使わないというか、覚えもしないからさ。互いに豊かな国だし、わざわざ危険な大陸を通って隣の国に行かないわけだ。移動魔法を使える商人や魔法使いが行き来して商売するくらいだろうな。ま、勇者がいるから近いうちに平和になって交流が深まるとかなんとか、噂してたけど」


 隣の国との交流は興味がないと言わんばかりに、ルベルはすり鉢などを片付け始めた。


「……ルベルって、結構強いの?」


 そんなルベルのあとを追い、下から覗き込むように後ろからルベルを見上げる。

振り返ったルベルは、きょとんとした。

ペリドットの瞳が瞬く。


「強いよ、ニャミのためなら勇者だって倒すから」


 やがてにっこりと笑って見せた。

それでは本当に腕の立つ魔法使いかどうか判断できない。

そもそも私はルベル以外の魔法使いにはまだ会っていないし、基準もわからない。

でもルベルは、インフェルディノに何度も足を運んでいるようだから、強者なのかも。

 そこでまたノック音が下から聴こえた。

またお客が来たみたいだ。

「私が出る」と片付けの途中であるルベルを横切って階段を下りて開ければ、高校生ぐらいの女の子がいた。

ベージュのふんわりした長い髪に、色白の肌。緑を基調としたドレスに身を包んだその子は頬を真っ赤にして、さっきの客と同じく落ち着きなくそわそわしていた。


「魔法使いリヴェスにご用ですか?」

「は、はいっ」

「それでは、どうぞ、中にお入りください」


 私はにっこりと笑いかけて、接待室へと案内する。

階段の上でルベルがポカンとしているから、真顔で「早く来なさいよ」と伝えた。


「今日は何をお求めに?」

「あっ、そのっ……想い人を忘れる、まじないが、欲しくてきました」

「忘れる……? よかったら、理由を話していただけますか?」


 ソファに座って早速女の子の用件を訊けば、さっきの客とは真逆。

想い人を忘れるおまじない。

 提供する側だから、理由を問う権利くらいあると思い、訊いてみた。

提供するのは、ルベルだけどね。


「……相手は、既婚者でして……教師でして……わ、わたくしは、生徒ですし……奥様もいらっしゃいますし……このまま想ってはいけませんから……」


 緑色のドレスをギュッと握り、俯きながらも女の子は話してくれた。

相手は、学校の先生みたいだ。


「その相手と会わなくするまじないと、他の恋に落ちる相手との出会いのおまじない。どっちがいい?」


 階段を下りて来たルベルが二つのおまじないを提案した。

 心を変える魔法はない。

だから両想いにする魔法もなければ、想いを断ち切る魔法もない。

想いを断ち切る手助けをするまじないしか、こちらは提示が出来ないんだ。


「えっ、えっと……会わなくするおまじない、をください」


 ルベルを見上げていた女の子は、声を少し潜めるように小さくしてまた俯いた。


「新しい恋を見付けた方がいいんじゃないですか? その方が、次に進められると私は思いますが」


 首を傾げて優しく微笑みかけて、私は新しい恋を見付けるおまじないの方を勧める。

 会わなくする魔法なんて、寂しいだけじゃないか。

例え相手と結ばれることが叶わなくとも、想いが薄れるまで避けるのは寂しすぎる。


「新しい恋に想いを注げば、一生彼から目を逸らさずにいられるのではないでしょうか。想うほど好きな先生ならば、尊敬できる人なのでしょう。これからも尊敬する人として想いたいなら、会わなくするおまじないはやめた方が思うのですが、どうですか? きっとまだ新しい恋は早いと思いでしょうが……早い遅いなんて、関係ないと私は思いますよ」


 私は勧めるけど、決めるのは彼女自身だ。

次の恋は早いだの遅いだのは、気持ちの問題。

こだわらなくともいいと私は思うから、それを話す。

失恋には、やっぱり新しい恋がいい。

そしてその恋を忘れ去るより、"好きになるくらい素敵な人"としてこれからは尊敬していればいいと思う。

私の勝手な意見だけれどね

 女の子は少し潤んだ瞳で私を見ていたけれど、俯いて「はい……そうします」と言ってくれた。

ルベルはすぐに上に行き、まじないを取りに向かう。


「ありがとうございます」


 女の子が深々と頭を下げて感謝してきた。

そんな必要ないから私は首を左右に振る。


「ほら、これ。20ステラな」

「あ、はいっ」


 戻ってきたルベルは、女の子に五センチほどの小瓶を渡す。なんだか星の砂みたい。白と赤やピンクの粉が入っているのが見えた。

女の子は立ち上がってルベルに金色のコインを二つ渡すと、両手で受け取ると大事そうに握る。


「効果は三週間以内に表れる。常に持ち歩いて、行動範囲を広げれば効果的だ。それが光れば、新しい恋を見付けられて、次の瞬間相手から話し掛けてくるから。言っておくけど、必ずしも両想いになるとは限らないから」


 ルベルは愛想悪く、淡々と小瓶を指差して簡単に説明した。

それから女の子はまた深々と頭を下げてお礼を言うと帰っていく。小瓶は大事そうに両手で握って。

 次はいい恋ができるといいね。


「可愛い子だったな……」

「……ニャミ、さっきと態度違いすぎ」

「なに言ってるの、ルベル。女子供に優しくするのは、三世界共通の絶対的ルールでしょ」

「それを本心で言ってることにビックリだ」


 ドンッと言い張る私に笑みはない。

"正直者"を盛られた私は、猫被りが出来ない状態だ。愛想笑いも、お世辞を言うことも、嘘をつくことも出来ない。

けれども女の子には、優しく笑いかけて、接客できた。

可愛かったからなぁ。

可愛い子は特別に決まってる。


「…………」

「なに?」


 じっとルベルが見てきたから、首を傾げる。

ペリドットの瞳は私を観察するようにただじっと私を映す。

やがてルベルが手を伸ばして、私の頭を撫でた。


「別に、いひひ」


 そう答えたルベルは、ご機嫌な笑みを浮かべて笑う。

とても、すごく、久し振りに他人に頭を撫でられた私は、呆然としてしまった。

なんか、変な感じ。

この年で、頭を撫でられるのは、とっても変な感じ。

いつ、以来だろう。

頭を撫でられたのは。

 気安く触らないでよ。

また変な感じに襲われないように、ルベルにもう頭を撫でるなと釘を刺そうと思った。


「ときめくから頭を撫でないでよ」

「!」


 口から出たのは、別の台詞。

ルベルが目を丸めた瞬間に、私は叫ぶのをぐっと堪えた。

黙れ、私の本心!!


「……ときめいたんだ? ときめいたんだ? ときめいたんだー?」


 絶対に口を開いたらそれを認める台詞が、飛び出すに決まっているから口を閉じて耳を押さえた。

ルベルは、ニヤニヤしながら私の顔を覗く。顔、熱い。


「10ステラって、高いの? 安いの?」


 私は話題をすり替えた。

訊きたいと思っていたから、ちゃんと言えたのでほっとする。


「あー、えーと、子犬が買える」

「……私の世界だとだいたい5万円なんだけど、それほどまじないは高いのか。それともこの世界の子犬は安いの!?」

「…………知らね」


 雄弁なルベルは、説明に困り放棄した。

10ステラは1万円と考えても、おまじないが一つ2万円だなんて、高い。

でも確かに材料を集めるのはリスキーなわけだし、自分で危険を犯して集めるよりは安いか。

 それにしても高校生くらいの女の子が、2万円を差し出すとは。

あの緑色のドレスが制服なら、結構名門な学校の生徒なのかもしれない。

魔物被害が少ないし、この国は比較的裕福みたい。

 そう考えたあとに、ふと思い出す。

お客二人が、私の格好を上から下まで戸惑ったように見ていたこと。

昨日ルベルと再会してから、ボーダー柄の長袖シャツと黒いスキニーのまま。


「……ルベル、もしかしてこの世界って基本女性はドレス?」

「おう」

「早く言いなさいよ!」

「いてっ」


 平然と頷くルベルの頭を叩く。

少し考えればわかったことだけど、この世界は中世時代風のようで基本女性はドレス姿。

さっきの女の子も、昔あったリィリィもドレスだった。

アフタヌーンドレスを見て気付くべきだった……。


「ドレス着たいなら、買いに行く?」

「いやいや、ドレスなんて着ないから。絶対」

「じゃあなんで叩いたんだよ」

「ごめん、君がなにも言わずにこの格好のまま接客させるから……」

「アクーラスの服だからいいじゃん」

「郷にはいりては郷に従えって言うし」

「でも着たくないんだろ、ドレス」

「……男装風にする」


 明らかに奇抜なファッションで接客してしまったことに申し訳なく思う。特に女の子。

次はそうしないためには、この世界らしい服装をしようと考えるけど、ドレスは嫌だ。

 ならばと私はルベルの服を見る。大きなフードがついたローブの下は、Yシャツとズボンだ。

「ルベルの服、貸して」と頼むことにした。

少し間を開けてから「いいけど」とルベルはベッドルームへ向かう。

 ベッドルームの浴室とは逆側にある壁にクローゼットルームがあった。

結構な広さのあるクローゼットルームで、ガウンやYシャツがズラリとハンガーにかけられて並べられている。あと靴や小物も床の小さな棚に並べられていて、ちょっと几帳面な印象を抱いた。


「オレの服着るのは構わないけどさ、サイズ大きすぎね? ドレス着れば」

「ロングスカートがどんなに邪魔か知らないでしょ、私はズボンがいい」

「あっそー」


 ルベルはドレスを推したけど、私が心の底から拒否したから潔く諦めた。


「なんなら仕立ててもらおうぜ、男性用のズボンをさ、ニャミのサイズに」

「本当は私に着られるのが嫌なの?」

「全然嫌じゃないけど、ニャミが男装なのはなぁ……その体型がわかりやすい服ならまだしも」

「凝視するな」


 猫足型のドレッサーのスツールに腰を下ろして、ルベルは私の体型を凝視するから、クローゼットルームの扉に隠れる。

シャツもスキニーもフィットしてるから、体型が丸わかり。

 露出が少なく体型が分かりにくいドレスを着るこの国の女性と比べると……恥ずかしい。というか、いやらしい。

ので、逆にサイズの大きいルベルの服を借りた方がいい。

 漁ってみれば、似たり寄ったりのものが多くある。

こう……中世風衣装部屋、みたいな。

夜会パーティ用なのか、凝った刺繍が施されたアイボリーと金のタキシードまであった。

アンティーク基調の家と、この衣装を見ていると、異世界にいるんだなぁって実感する。

外の景色を見たら、確実に実感すると思うけど、ちょっと今のところ街の風景には興味がないので、いいや。

 ルベルの様子が気になって、クローゼットルームの扉から顔を出してみれば、ドレッサーに頬杖をついて待っていた。

 期待されると困るなぁ。

たかが着替えじゃないか。

しゃがんでコーディネートに悩んでいたら、ロングブーツを見付けた。

それで思い付く。


「ルーベルー、ズボン切ってもいい?」

「え……別にいいけど」

「ハサミ貸して」


 また顔を出して頼む。

ルベルは疑問を抱きつつもハサミを持ってきてくれて手渡すと、またスツールに腰を下ろした。

完成まで、待つらしい。

私は遠慮なくズボンにハサミを入れた。

それに着替えてから、ブーツを履く。少々大きく、ニーハイブーツ風になったけど、想像通り。


「じゃーん! アクーラスの今時女子風!」


 扉の陰から出て、ルベルに完成を見せる。

長ズボンは短パンに仕上げた。ボーダー柄の長袖シャツと黒い短パン。そしてニーハイブーツ。

正しくは今時ギャル系風かな。

 ルベルは当然、短パンとニーハイブーツに注目する。

じぃいーと、見てきた。


「な、なによ……ちょっとふざけただけよ……怒ったの?」

「いや……いいな、それ。その短いズボンとロングブーツの間の露出。……たまんない」

「もう見るな」


 思いの外、好評だった。

とりあえずやってみたかったファッションをやってみちゃったら、思いの外絶対領域をルベルが気に入ってしまった。

 扉の陰で手をついて俯き反省する。

正直者モードで、衝動的にやってしまった。もうやらない。


「なんだよ、それでいいじゃん。似合ってたぜ。せっかく切ったのに」

「手直ししてから着るかどうかをゆっくり検討する。残りの布でベストでも作るよ……」


 中世時代風の男も、所詮男か……。

露出を見せた私がいけなかった、というかいやらしかった。

 ブーツを脱ぎ捨てて、改めて着替えることにする。

ルベルの許可を得て、先ずYシャツを着ることにした。手が出てこないほどサイズが大きい上に、裾が手の甲を隠すデザインらしい。

短パンも脱いで、あとで手直しするためにわかりやすいところに置いておく。


「ルベル。この正直者になる薬はさ、いつまで効果続くの?」

「一ヶ月」

「は!? それまで私に本音をただ漏れしろと!?」

「いいじゃん、別にオレに嘘や猫被りしなくて済むし。猫被り癖直すにはちょうどいいだろ」

「直さなくていいし! てか、この家にいる限り接客することになるんだから、猫被り必要じゃん!」

「ニャミの猫被り嫌いだもー…………ん」


 いつまで続くのかと聞いてみれば、一ヶ月も正直者モードだと言う。

思わず長ズボンを片手に飛び出した。

 ルベルは、私の格好に驚き言葉を止める。

ただ今、ルベルのYシャツ一枚だ。

今度は素足に注目するものだから、手にしているズボンで隠す。


「それいい。それでいいよ」

「よくあるか! 着替えの途中だバカ!」

「オレのYシャツ一枚ってのが更に……ドキドキする」

「お黙り!!」


 私の格好を凝視して頬を赤らめるルベルの感想に、怒鳴り返してクローゼットルームに隠れる。

さっさとズボンを履く。

ベルトも借りないとずり落ちてしまうから、つけておいた。

それから黒いベストを着る。


「これにする」

「…………」

「……なによ、露出を求めても応えてやらないわよ」


 着替えが済んだから、クローゼットルームから出た。

ルベルは目を丸めて固まる。

短パンもYシャツ一枚も、却下だ。


「…………いや、なんか………見たことがあるなぁ、と思って」

「? こんな格好の女の人がいるの?」

「……まぁ、なんでもいっか」


 ルベルはなにかを思い出しかけただけらしく、首を傾げて私を見つめた。

ドレスが基準な世界なのに、ズボンにベストの姿の女ならば記憶に残るだろうに。

ルベルは、思い出すことを簡単にやめた。いい加減な人。


「確かサイズを合わせる魔法があった気がするからさ、一緒に探そうぜ。ブーツ、好きなの選んでいいよ」

「あーうん。ありがとう。世話してもらってばっかでごめんね。ま、君が無理矢理連れてきたんだし当然だけど……お仕事の手伝いするね」

「うん、楽しくなるな」


 魔法書から服のサイズを変える魔法を探そうと誘ってくる。

素直に礼だけを言えばいいのに、もとはといえばルベルが勝手に拉致してきたせいだからそれを言ってしまう。

魔法作りの手伝いや接客をして、宿泊料分の働きをしようと思った。

 ルベルは特に気に障らなかったらしく、これからの生活が楽しみだと無邪気に笑って先にベッドルームを出る。


「……楽しくなりそう」


 私も少しだけ楽しみに思い、本音をこっそり漏らした。

ブーツを選んで、魔法書がたくさんある書斎で魔法探しをする。

 見付けたら一緒に材料を混ぜて、またルベルにやってもらった。

それからも恋の類いのおまじないを求めた客を数人相手した。

一人だけが、ガーディニング関係のおまじないを買いに来た。元気がないから栄養が欲しいって、明るい女性が買って帰った。

 夜ご飯もルベルが作ると言い出したけど、私は手伝うことにした。

ルベルは終始楽しそうでずっと笑っている。

私もちょっと楽しかった。

 昨日会ったばかりも同然なのに、ずっと前から友だちだったみたいに感じた。


「ネグリジェだけはあるって、どういうこと」

「ドレスはニャミの趣味を聞いてから買うべきだと思ったし、ネグリジェならなんでもいいかなぁって」


 お風呂に入ろうとしたら、ルベルが引き出しからネグリジェを出してきた。薄い橙色のロングスカートだ。


「……寝間着は用意したのに、ベッドルームは一つなの?」

「なんで。広いじゃん。ここは元々二つの寝室だったけど、壁壊して改装した。だから他は用意できない」

「……何故壁壊した」

「ニャミと一緒に寝たいから」


 しれっとした顔でルベルは、はっきりと告げる。

元々あった寝室二つの壁は壊したから、一つしか寝室はない。

 やれやれと肩を竦めて、バスルームに入る。

そうしたらベッドに座っていたルベルまで来た。


「一緒に入るなんて言ったら、私がベッドを占拠するわよ」

「ヘアケアの薬、塗る」

「自分でやる」

「オレが塗るから、ニャミはお湯に浸かれよ」

「はぁ?」


 夕飯前にルベルは作っていた薬を見せる。

私が呆れても、ルベルは無邪気な笑みを浮かべて、棚から他の小瓶を取り出した。

それをバスタブに入れると、忽ちお湯が貯まっていたそれは泡に変わる。


「これが、ボディーソープ。これが、シャンプーな。この薬は念入りに塗り込まなきゃいけないからさ、オレがやる。ほら、目隠しすればいいだろ、な?」


 ボディーソープとシャンプーを手渡すけど、ヘアケアの薬だけは渡さず自分で塗ることを求めた。

 目隠しすると言っているのだから、譲ってやることにする。

身体と頭を洗って泡に浸かってから、待たせたルベルに入る許可を出す。

 ガウンを脱いだルベルは、ちゃんと目隠しをしていた。樹海色の布だ。

手に持つスツールで壁に沿って歩き、バスタブ位置を確認するとスツールを置いて腰を下ろすと早速髪に触れてきて、薬を塗り込んだ。

 クリーム状になったそれからは、オレンジの香りがした。

干し草に似た香りもするけど、甘さと酸っぱさもある。


「ヘアケアだけ?」

「あと色を保つ。傷んだとこ修復するし艶も出るし、そしたらもっと綺麗な色になる。いい色だな、ニャミの髪色」

「そう……? いろんな色でムラなく染めることに失敗したから、こんな色に仕上がったの。黒い髪だと暗く見えるから、明るくしたかった」

「黒髪も似合ってて綺麗だったな。今の色もオレは好きだぜ。ニャミは好きじゃないの?」

「…………好き」

「オレも好き」


 毛先からゆっくりと指を通して丁寧に塗り込むルベルの手は止まらない。

芯まで温める泡風呂にほっとしながらも、ちょっぴりルベルの存在にひやひやする。

 でも今日一日ずっと、この泡風呂に浸かっているように心地よかったな。

ヘアケアの薬を塗り込むルベルを見上げた。


「ん?」


 私が振り返ったことがわかり、首を傾げるルベルは目隠ししてたけどやっぱり笑っている。

にっ、と白い歯を出して楽しそうだ。

 十分に塗り込んだあと、ルベルを追い出してから洗い流せば、毛先の明るい橙寄りの茶髪が艶やかな色を放っていた。

全体的にワントーン明るくなった気がして、ちょっと嬉しくなる。


「うん、好きだ」


 鏡の前でそっと呟いた私は、笑っていた。






おまけ。漫画風に着替えシーン落書きしました(笑)

挿絵(By みてみん)

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