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04 正直者-2






 気を落ち着かせたあと、食欲はないけれど空腹だからパンケーキをちまちまと食べた。

"正直者"になる薬は避けようとしたけれど、蜂蜜のせいでべったりで結局また口に入れる。

大丈夫、口を開こうとすれば出ない。


「職業は?」

「魔法使い」

「……魔法使いって具体的に何する職業?」

「薬やまじないを売る。祖母の仕事を引き継いだ」

「ああ、そうなの。いつ亡くなったの?」

「まだ健在。オレが自立するまでの間、この家で育ててくれてただけだから」

「あぁごめん、不謹慎なこと言っちゃって……でも貴方が盛ったせいだから」


 でも話さなければルーベルを知ることは出来ないから、思ったことがそのまま出てしまう。

祖母の仕事を引き継いだ、で亡くなったと思い訊いてしまった。

物凄く不躾だ。


「正直者なんていい人の定義みたいなイメージだけれど、正直者は馬鹿を見るし嘘つきの方がよっぽど愛想がいいわよね」

「本心の問題じゃね? それ」


 ツッコミを入れられた。

ルーベルは本心を漏らす私が面白いようで、ずっとご機嫌だ。


「ねぇ、ルーベル」

「ルベルって呼べよ、ニャミ」

「ナミって呼べよ、ルベル」

「やだ。なに?」

「アクーラスに戻るにはリスクがありすぎるから、せめて手紙だけを送ることは出来ない?」

「あー。そんな魔法があった気がする。なんて手紙を送るんだ?」

「"好きな人と駆け落ちして、幸せになります"とかなんとか書く」

「事実だ」

「そんなわけない」


 ルベルは早速引き受けてくれるのか、立ち上がると廊下を進んだ。

玄関まで行くと左に曲がる。

確か二階に繋がる階段があったはず。私の記憶が正しかったようで階段を上がる音がした。

 玄関入って左右が居間で、真ん中に廊下と階段だった気がする。

キッチンと左側の居間は繋がっていて、キッチンと右側の居間の間には寝室そしてバスルーム。

二階は魔法に関する材料の倉庫だらけの部屋ばかりだった気がする。


  コンコン。


花びらを摘まんで果物感覚で食べて待っていたら、ノック音が響いた。

振り返り、廊下の向こうにある白い扉を見る。


「ニャミ、出てー」


 二階からルベルに頼まれた。来客か。

仕方なく私は廊下を歩いて扉を開いた。

そこに立っていたのは、不安げに背中を丸めた青年。

なんとも気の弱そうな印象の薄茶髪の青年だった。


「あ、あの、魔法使いリヴェスさんですか?」

「リべス?」

「オレのこと。右に通して」


 ルベルはルーベル・リヴェスって名前なのか。

上からの指示に従ってとりあえず中に入れて居間へと案内した。

廊下に繋がる入り口と窓が二つしかない居間には大きなソファが向かい合うように置いてある。接客用の部屋みたいだ。

 お湯を沸かしてあったから、お茶を入れようと座ってもらいキッチンに戻ろうとしたら、降りてきたルベルに腕を腰に回されて居間に戻された。

そのまま一緒にソファに座わる。


「用件は?」

「あ、えっと、僕は」

「名前はいいから、用件は?」


 私に寄り掛かるようにしてルベルはソファに寝そべって用件だけを求めた。

なんともお粗末な接客態度だ。


「あ、ある……女性に告白したいので、その、成功するおまじないを、買いに来ました」

「告白を成功させるおまじない? 馬鹿じゃないの。男がまじないを頼るなんて情けない、そんな男からの告白なんて私なら一蹴で断るわ。男ならまじないに頼らずに当たって砕けなさい」

「ぶふっ!」


 青年の用件は恋愛成就のおまじない。

猫被りの私は相手について訊こうとしたのに、直ぐに抱いた嫌悪が飛び出してしまった。

ルベルは、吹き出して笑う。


「ご、ご、ごめんなさいっ!!」

「あっ」


 青年は泣きそうな顔をして飛び出してしまった。

弁解しようと追い掛けたかったけど、ルベルの家を出る勇気がなくただただのし掛かった罪悪感に俯く。


「ルベル……なに笑ってるのよ」

「だって、面白いもん」

「お客でしょ」

「別に来なくてもオレは不自由しない」

「いい加減」


 お客を追い返してしまったのに、ソファに寝そべるルベルは愉快そうに笑う。


「告白を成功させるおまじないなんてあるの? 必ずオーケーが出るおまじない?」

「うん、そんなところ。でもその場凌ぎだ。心を変える魔法は存在しないから、遅かれ早かれ気持ちがなけりゃ破局する。いつも始めに話してるぜ。でもこういう類いは男女問わず多くが求めてくる」


 心は奪わないが、必ず一時的に成就するおまじない。

うんざりして目を回した。


「人気者は悲惨な目に遭うじゃない、最悪なおまじないね」

「だから人気者は無効化するまじないを求める。両方来るから儲かる」

「……意外に悪どい」


 ニヤニヤとルベルは得意気に話す。

恋愛成就の類いは売れる商品か。まじないの標的にされやすい人は、無効化を求める。まじないが効かなかった場合は、相手が無効化のまじないを持っているからと二度目は断れる。

魔法使い側は儲けるだけ。


「惚れ薬って名のものあるけど、本当のところは相手の性欲を誘発して一夜の関係に持っていく媚薬だ。こっちがちゃんと効果を話したんだ、使用者の責任は一切負わない」

「使った魔法使いに責任はなし? いい加減な法律ね」

「昔は魔法使いも問われたがな、今は使用者の責任が重要視されてる。売る時にちゃんと使用法を説明してるんだ、全責任を押し付けられちゃ困る」


 市販の薬を使うのは自己の責任と同じか。

魔法使いは心置きなく売れるし、儲けられる。


「じゃあ魔法使いは儲かる人気の職業でしょ」

「そうでもない。だって薬の材料は世界中から集めなきゃいけないし、中にはインフェルディノの植物が必要なものもある。材料を集めるのが一番難易度が高いから、目指すのをやめる奴か魔法使いから盗む奴が多い」

「……法律に守られるわけね」


 納得だ。

魔法使いはリスクもある。

材料集めは苦労し、ライバルには襲われかねない。

それでも必要とされるようだ。


「悪いこと言っちゃった……勇気がでない告白の成功率なんて低いし、男がまじないなんて私の世界じゃ女々しすぎてキモいからつい……」

「ニャミって本心は二面性があるよな。毒舌だけど、一方でいい子ちゃん。二人いるみたい」


 背凭れに手をついて、私は反省する。

さっきの青年のことをルベルは何とも思っていないようだ。


「いい子ちゃんを誇張して猫被ってるのよ。貴方も愛想よく接客しなさいよ、接客業でしょ」

「いや自由業だから」

「自由にも程があるわ」


 あまりにも自由過ぎる。

自由に接客すると言うことが自由業じゃないだろうに。

接客態度くらいはしっかりなさい。


「愛想悪かったニャミも人のこと言えないじゃん」

「毒舌な正直者のせいよ。接客業してたから猫被りに磨きがかかった」

「あの作り笑いが磨きがかかってる?」

「君の作り笑いも相当気持ち悪いから」

「オレは目を輝かせて無邪気に笑うニャミが好き」

「…………」


 いきなり好きと言われてドキッとする。

無邪気に、笑うのかな? 私。

疑問に思うけど、子どもの頃の話でしょう。

動揺を沈めてから、ルベルを見下ろす。


「それで、見付かった? 手紙を届ける魔法」

「おう、二階に行こうぜ」


 軽々とソファから跳ねるように降りると私の手を掴み、引きながら二階へと向かった。

 二階の一室は、材料の宝庫だ。棚が部屋の真ん中に四列に並んでいて、その間に二つ長いテーブルが置かれていて、その上にも薬の材料であろう物が並んでいた。

一メートル近くある大きな瓶が数個あって、中には草だったり石だったり蜥蜴らしき物が入っていたりする。

 様々な香りがした。

甘い匂いや苦い匂いその中で、私が一番惹かれたのは金木犀のような甘い香りだ。

ルベルから手を離して、その匂いがするものを探した。

部屋の奥の窓際には、様々な花が鉢ごと置かれている。

 金木犀は見当たらないけれど、匂いを放つ花を見付けた。

背の高い下向きに咲く赤い花。花びらは長方形で四つほど重なっている。中を覗いてみれば、金木犀に似た金色の花が合った。

濃厚な金木犀の香りが鼻を擽る。


「それ十年に一度しか咲かない花なんだ。オズキャロナ。ソイツは今日中に枯れる」

「ああ、これがクオラに必要な花ね」


 十年に一度しか咲かないだなんて勿体ない。この子は今日枯れてしまう。残念だ。

隣の鉢にもオズキャロナがあるけれど、それは咲いていない。十年に一度と言っても、みんなが同時と言うわけではないようだ。

ちょっと寂しそうな花。


「あれ? これ桜?」

「サクラ? ああ、ヴェルベナスか。そう、世界共通の花、もとい世界を繋ぐ花だ。アクーラスにも、インフェルディノにも、ミラディオコロにもある花だから、移動魔術には欠かせない花だ」


 窓辺に置かれた大きな瓶の中には、桜の花びらが詰まっていた。共通の花だからこそ、世界を結び付けるようだ。

桜って、すごーい。


「右隣の書斎でニャミは手紙書いとけよ、オレ用意するから。思い浮かべる相手に手紙を届ける魔法だ」

「あ、うん。そうするね」


 ここにいても手伝えることもないし、私は倉庫から出て右隣の部屋に移動した。

立派なダークブラウンの机と、本棚の壁の部屋だ。

本棚は天井まである。

ほげー、とポカンとしていたら桜の瓶を抱えたルベルが来た。


「ほら、ここ、ここ」


 早くと言わんばかりに机に瓶を置くと、便箋と羽ペンを出してまた部屋を出る。

急かされているので、椅子に座り書くことにした。


「拝啓お母様へ。お母様にはとてもお世話になりました。時には置き去りにされて憎んだ時もありましたが、お母様の愛には感謝しております。こんな風に離れる私を許してください。私は好きな人と結ばれて幸せになります。お母様も私がいなくなり肩の荷が軽くなったでしょう。清々するでしょう。そうなら私も気が楽になります。お母様も幸せになってください。遠くで私も幸せになります、今までありがとうございました」


 書く前に言葉をまとめようと考えたら、そのまま口に出た。

時には置き去りにされて憎んだ、って部分は削除しよう。

清々するでしょう、ってところも削ろう。

うん、これでオッケー。

あ、仕事についてもお詫びを入れておかなくちゃ。

 羽ペンで書くことに苦戦しつつも、なんとか書けた。

最後に木春奈美よりって書けば完成だ。

 いつの間にか机には魔法に必要な材料が並べられていた。

混ぜ込むためのすり鉢を真ん中に、様々な材料がある。

 地球の本物の魔女と同じだなと思った。本当に目に見える魔法を発動するわけではなく、まじないの類いを魔法と呼ぶのが地球の実在する魔女だ。


「これ」


 ルベルは手紙を手にして、代わりに私に魔法書を置いた。

「オレのこと詳しく書いてないじゃん」とルベルは読んで指摘する。

魔法使いですって書いたら余計に心配されるじゃないか。

 無視して魔法書を見てみれば、開かれたページに目を疑う。

記号が霞んだような文字が並んでいる。勿論私が読めないこの国の文字だろう。

でもピントがずれているように私がわかる日本語が浮かんでいて、まるで度が合わないような眼鏡をかけている感じの気持ち悪さに襲われた。


「これなに、文字が変」

「だから、繋がってるからニャミはオレの言葉がわかって、オレはニャミの言葉がわかるんだよ」

「……クオラのせいね」


 手紙から視線を私に戻したルベルはすぐに答える。

クオラのオプション。

運命の相手だからこそ、言葉も文字も理解できる。

ルベルも私の書いた手紙はこんな風に見えるわけだ。

 少々気持ち悪さを我慢して浮かんでいる日本語を読む。

思い浮かべた相手に手紙を届ける魔法。異世界の場合はヴェルベナスが必要不可欠。

そして届ける相手を思い浮かべて、百目竜の目玉に唾液を付ける。


「……このひゃくめりゅうの目玉って、比喩よね」

「チェグラドラな。百の目を持ち、心を視るドラゴンの目玉だ」


 まさかと思い確認したら、ルベルは目玉を突き付けてきた。本当に目玉に唾液をつけろと言うのか。

あからさまに嫌がる私を見て、ルベルはニヤニヤする。


「手紙を届ける相手を思い浮かべて舐めなきゃ。ほらほら、洗ってあるから、ペロッと」

「嫌よ、絶対に。何処の世界に目玉を舐めるイカれた趣味を持つ人間がいるのよ、絶対に嫌」

「舐めないと届けらんねーてば。……そう言えば、ニャミの母親はどんな人?」


 眼球を舐めるなんて絶対に嫌だと拒絶していれば、手を下ろしてルベルが聞いてきた。


「どんなって……えーと、私に似てるよ。私をまんま老けさせればくりそつな顔してる。性格は私と違って明るくて社交的で男をたらしこむのがうっ!?」


 母親をどう説明すれば伝わるかを考えてから答えていたら、眼球を口の中に押し込まれる。

すぐに吹き出した。

 嵌めたなルベル!!


「ルベルっ!!」

「はいはい、口直し」


 怒鳴るとルベルは目玉をすり鉢に入れて、椿の花に似た赤い花を差し出してきた。

 口直しということは、インフェルディノの花なのか。

眼球を突っ込まれたあとなので疑いの目を向ければ、ルベルは自分の口の中に花びらを摘まみ入れる。

信じていいらしい。

 私は受け取り食べた。

グミとガムの中間のような粘着があったけれどラズベリーに似た味が溶けて広がる。

少し凍らせて混ぜたら美味しいジェラートになりそうだ。

とても美味しい、気に入った。

もう一つ、花びらを口に入れる。濃厚な甘酸っぱい味が広がって、私の機嫌は治る。

 ルベルももう一枚自分の口の中に入れるとご機嫌な笑みを浮かべて作業に戻った。





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