03 正直者ー1
「これは誘拐ですっ! いや、正しくは拉致かっ……とにかく私を元の世界に返してください!」
「えー嫌だ。ニャミと離れたくない」
「変わってないっ……十六年前から変わってないっ」
てっきり自分の部屋で眠りに落ちたかと思えば、目覚めれば天蓋付きベッドの上に美青年と並んで眠っていた。
過去の記憶を見て眠っていた私を、この美青年は異世界へと運んだらしい。
離れたくないの一点張りで、ベッドの上で寛ぐルーベルは寝起きには眩しすぎる容姿だ。
髪も睫毛も金。肌も白いから、Yシャツと同じ色だと錯覚してしまう。
こんな金髪キラキラ美青年に添い寝されていたのか、なんとも幸せな朝じゃないか。
ここが異世界じゃなきゃ素直に喜べるけどね!
「朝飯作る。その奥、バスムール」
ルーベルは楽しいことを思い付いたみたいに、笑みを浮かべると軽い身のこなしでベッドを降りる。
指は左の壁の方を指差し、スタスタと扉に向かい出た。
帰す気ないな、あの拉致犯。
天蓋から垂れ下がるレースを避けるように身を乗り出して、バスムールとやらを探す。
そうしたら、開けっ放しの扉から彼が戻ってきたのでベッドの上に座ったまま背中を伸ばす。
ばふんっ。
真っ直ぐに来たかと思えば、押し倒してきた。
「ニャミ、これ何で染めたの?」
「……私の世界の髪染めだけど」
「ふぅん、綺麗な色だけど痛んでる。昔は黒かった。あとでケアする薬作る」
私の上に跨がったまま、掴んだ髪を観察するように見る。
その言い草だと、私の世界の髪染めと異なるみたいだ。
ルーベルはまた軽い身のこなしでベッドから降りるとまた部屋を出た。
変わってない。十六年前から変わってない。
彼は中身はそのままで、成長したみたいだ。
これからどうするべきか、天井を見上げながら冷静に考える。
彼は自称魔法使い。ここは昔来たことのある彼の世界であり家である。
キャパオーバーな気がする。
でも夢が現実だったと確認できてホッとした気分だ。
まだ夢見心地で実感が微妙だけれど。
誰かがいる気がした。
それは、彼だ。
幼い私が理解できなかったことを聞いて知ろう。
私は立ち上がり、先ずはバスムールに入って支度をした。
白い石のタイルの浴室に、白い浴槽。洗面所も白く、鏡があった。
乱れた髪のままで寝起きな私の顔が映る。この髪に色をつけるには苦労した。
黒髪は好きで、そして大嫌いだった。
黒は好きだ。落ち着く。
でも黒髪は暗く見える。
猫被りをし損ねると、根暗に見られてしまう。
何色にも染まらないと言わんばかりの美しい黒髪を手放すのは、少し胸が痛かった。
でも明るく振る舞えるならと、髪染めの匂いは嫌いだったけれど、何度も髪を痛めて苦労して染めた。
自分で塗り重ねたから、毛先が一番明るい。赤系の茶色や橙系の茶色に染めているけど、焦げ茶がベースで変わっている髪色でしょう。
ルーベルは黒髪のままだと思い込んでいたから、再会した時に私だと直ぐに気付かずに髪を見た。
瞳は成長しても変わらないものだ。瞳で昔の私と一致させた。
前髪を留めていた髪ゴムを解いて、手櫛で整えながら洗面所の隣にある棚を覗いてみる。
浴室に相応しくないと思える小瓶が並んでいた。液体が入っていたり、擂り潰した木の葉のようなものが入っている。
浴室があるのだから、ボディーソープやシャンプーの類いでしょう。或いはローションやコロン。
何なのか知りたい。開けてみたかったけれど、開けた瞬間に泡が溢れてきたら困るからやめておく。
水で口の中を軽く掃除。整えた髪は耳の前だけを垂らして、あとは一本に結んだ。
服装は昨日仕事から帰ってきた時のまま。髪を整えれば、少しはましに見える。
意を決めてベッドルームから出て、廊下に出る。
左右に広がる廊下は、見覚えがあった。
昔来た時に何度も往き来した。あの時は小さくって広い廊下だという印象を抱いていたけれど、大きくなった今もちょっと広く感じる。
床は橙寄りの明るい茶色。
右の奥には見覚えのある大きな白い扉の玄関。手前には壁に穴が開いている。確か、居間だった気がする。
ソファーがあって飛び跳ねて遊んでいたら、天井を頭にぶつけた後に床に倒れた記憶があった。
「ニャミ、こっち」
ルーベルの声は、いい香りがする左側の廊下の向こうからする。
パン、パンケーキかな。
日本ではホットケーキ。
そこはキッチンだろう。
向かってみれば、古い記憶にあるキッチンがあった。
あたたかみのある大きな丸い木製のテーブル、そこでケーキの飾りつけをしたっけ。
キッチンとテーブルの前に立つルーベルは大きなフライパンでパンケーキをひっくり返して焼き加減を確認すると、テーブルの上に既にあったパンケーキにまた重ねた。三段重ねだ。
フライパンを置くと上の赤い棚から、大きめの瓶を出してきた。
木製のスプーンで掬い、パンケーキに垂らす。美味しそう。
その上に、ルーベルは薔薇に似た大きな花を飾るように置いた。
「……この花はなに?」
「好きだろ、インフェルディノの花。召し上がれ」
無邪気な笑みを向けて、ルーベルは私にフォークとナイフを持たせる。
「あれ、昔食べた花の形が違うけど」
「インフェルディノの花は全部食べれるんだ。インフェルディノにとっては、果物なんだよ」
「ああ、そうなの……イン、フェル、ディノ、ね。あの巨大蛇が出た謎の世界」
インフェルディノ。
森が続いてて花が果物のようで、巨大怪物が生息する世界。
「貴方、確か……危ない世界って言ってましたよね。危ないのに連れていったのですか?」
「ミラディオコロ、インフェルディノ、アクーラスって並んでるんだ。運命の相手に会う魔法はどの世界にいようと行けるが、世界を渡るためには一個抜かしは出来ない。ミラディオコロに戻るには一度アクーラスとの間にあるインフェルディノに一度足をつかなきゃいけなかった。だからついでにお菓子を摘んだ」
「…………」
地球が三つあるのを想像した。三つ並んでて、一つ開けて移動ができないから、仕方なく危険な世界を通ったのか。
つまりはこの花は、私を再び連れてきた時に摘んだもの。帰るには怪物と出くわす可能性があるインフェルディノって世界を通らなくてはいけないということ。
身振り手振りで話すルーベルは、得意気で楽しそうだ。
本当に昔の記憶と変わらない。
「あの怪物はなに?」
「怪物。魔物。悪魔。呼び方は様々だけど、一般的には魔界者。インフェルディノは魔界や地獄とも呼ばれてる」
「なにおっかなすぎる世界に小さい子を連れてってんの!?」
魔界や地獄なんて、どっちもモンスターが溢れた世界というイメージしかない!
そんな世界に小さい女の子を誘拐か!
思わず声を上げてツッコミを入れたら、ルーベルが目を丸めてしまった。
頬杖をついて覗いてくるから、視線を外してパンケーキを食べる。
蜂蜜のかかったふんわりしたパンケーキは甘い。
ルーベルは花びらを摘まむと私の口に差し出してきた。
ちょっと躊躇したけれど、口の中に入れてみる。
食感は薄いグミのように少し弾力があった。味は苺に似ている。果汁のように甘く口の中に広がった。
うん、美味しい。
「美味しいだろ?」
頬杖をついてまだ私を見ているルーベルは満足げな笑みを浮かべた。
顔に出たみたいだ。
「インフェルディノは、この国では若者が胆試ししに行く世界だ。行き方は酷く簡単すぎるけど、ハイリスク。おかげで若者の死亡ケースで断トツなのは胆試しさ。身を守る魔法が使えない若者は大半喰われる。この花は謂わば甘い餌だ。甘い餌のある世界の危険さを見誤る」
ルーベルも手にしていたナイフでパンケーキを食べ始める。
胆試しが若者の死亡ケースとは、お粗末な国だ。
そういう話は求めていない。
「聞きたいのですが……運命の魔法とか、何故十六年経った今来たのかを。昔の私は理解できませんでしたから」
私も口の中にパンケーキを突っ込んでから、本題に話を持っていった。
丁寧に猫を被り愛想よく。
「彼……えっと、ラロファが……危険だと言っていましたよね?」
「んー、命の危険があるわけじゃない。前に話した通り、世界は三つある。だから必ずしも運命な相手と出会えるわけじゃないし、同じ時代に生きていないこともあるし、同じ人間だとも限らない。オレが使った魔法は、運命の相手の元に行ける魔法だ。いないなら無反応だけれど、こうして一個世界を飛ばしてニャミに会えた」
にこにことルーベルは上機嫌に語る。
記憶ではラロファはその魔法を使ったことを怒っていた。危険だとか、禁断とか。
良くないものに思えた。
でもルーベルはそうは捉えていない。
「運命の赤い糸で結ばれてるのですか? 私と貴方?」
「だからオレは君の前に現れた」
「運命の相手と出会う魔法が、何故禁断の本に書いてあるの?」
私は身を乗り出して問い詰める。
ルーベルは軽視しているように見えた。地獄に胆試しに行く若者と同じだ。
ラロファの方は怒っていた。リスクがあるに違いない。
「…………ニャミは"運命の相手"にどんなイメージを持ってる?」
私の尋問に目を丸めたルーベルは、少し間を開けて身を乗り出した。
「無条件に惹かれ合う存在?」
「それじゃ足りない。本物の運命の相手との出会いは、強烈なんだ。一目惚れみたいに生易しいものじゃない。出会った瞬間に運命共同体と言っても過言じゃない強い絆で結ばれて離れなくなる。おかげで互いに言葉が共有できる、オレはアクーラスの言葉を、ニャミはミラディオコロの言葉。その絆が強力すぎるから、禁断の魔法書に載ってたんだ」
フォークを置いて身を引いてから、ルーベルは付け加えた。
「その名は、クオラ。出会えば心が結び付く相手に会いに行ける魔法だ」
クオラ。私とルーベルを会わせて、強すぎる絆を結ばせた禁断の魔法。
「……離れなくなる絆なんて嘘。十六年も違う世界にいたじゃない」
「……会えなかったんだよ、魔法書をアクーラスでなくした。まだ幼かったから全部は覚えてなかったし、材料も十年に一度しか咲かない花とか……とにかく努力したんだよ。ニャミに会うために」
雄弁だったのに、ルーベルは声量を下げて俯いた。
顔を上げたら怒った表情。
「ニャミが母親の元に帰りたいって言うから帰したら……居場所がわからなくなったんだよ!」
母親の元に帰りたいと子どもが言って当然だ。
私には母親しかいなかった。母親が家族だ。帰りたいと言うに決まっている。
そう怒鳴り返してやりたかった。八つ当たりしないでいただきたい。
勝手に現れてきたくせに。
でも怒鳴り合うのは御免だ。彼の機嫌を損ねたら、帰れなくなる。
それに彼には両親がいない。言えばそれを言い返されるし、彼を傷付けることになる。
「幼かったからのだから、許してください。あの、何故ルーベルさんは運命の相手に会おうと思ったのですか? だって六歳くらいなら赤い糸より他のものに夢中になるはずでしょう?」
怒鳴り返すことはぐっと堪えて、猫被りをして愛想よく明るく笑いかけた。
私が四歳くらいで彼が二つ上ならば六歳。六歳の男の子が運命の相手を捜したいという発想を出すなんて可笑しく思えた。
両親がいないせいか。
でも確か彼には祖母がいたはずだ。祖母が吹き込んだのかもしれない。
探って探ってルーベルを言いくるめる方法を考えようとした。
ルーベルは微かに怪訝に顔を歪めると首を傾げる。
「ニャミ。なんでそうコロコロ態度を変える? 真顔で問い詰めたり、上っ面の笑みで猫撫で声を出したりして、何がしたい? 気持ち悪いぞ、作り笑い」
ズバッと指摘された。
作り笑いがひきつる。
愛想笑いを指摘するな。
営業スマイルだ、猫被りだ、この野郎め。
「そう、その顔。その間。アンタ、何か言いたいこと堪えてるだろ」
「……」
「本心を隠してる」
ルーベルは指摘しながら私の顔を眺める。
観察するように見張っていた。
再会してから、いや初めて会ってから彼は私の目を真っ直ぐに見てくる。
見ていることが、楽しいんだ。
下手に出て上手く丸めようとしているのに、猫被りに嫌悪を見せつつ、つついて反応を楽しんでいる。
この乙女思考魔法使いめ。
「私は帰りたい、本心です」
「なんで? あっちの世界が楽しい? 母親に会いたい? 友だち? 恋人?」
笑顔で本心を言ってやる。
ルーベルはそっぽを向くように立ち上がり背を向けると、また棚を開けて探り出した。
私の世界が楽しいかどうかという問いに困る。
「皆、心配、する」
「怒るような質問?」
「行方不明になったら皆が心配します、仕事も無断欠勤です。事件性を疑われたらなお心配させてしまいます」
思わず声が強張ってしまった。ルーベルはやっとお目当てのものを見付けたらしい。
「お願いですから、帰してください」
愛想よく笑って頼み込む。
ルーベルは反応せずに、小瓶に入っていた金箔のような粉をパンケーキにかけた。
それから一口サイズにフォークで切り取り、花びらを二枚重ねて置いて差し出す。
「あーん」
「……その粉は何です?」
「調味料」
「嘘だっ、んんっ」
ルーベルがあからさまな作り笑いをしたのが見えた。拒む前に口の中に入れられてしまう。
甘いパンケーキと花びら。
変わった味がしない。
「ほら」とルーベルはまた私の口の中に入れてきた。
やっぱり追加した調味料の味がしない。
「美味しいだろー?」
「……なにか企んでるでしょ」
ルーベルはまた私の口の中に押し込むと椅子に腰を落とさず、キッチンに腰掛けた。
「ミラディオコロに留まる気が微塵もないわけ?」
「いえ、面白そうだからまだ居たい」
質問に答えたあと、固まる。
何故今、それを答えてしまったのだろうか。
ルーベルは笑みを浮かべた。楽し気な笑みだ。
「さっきの作り笑いはなに?」
「悪癖の猫被りよ。悪い意味で八方美人。愛想よく笑えば、美人だから相手は気を良くするしこっちの要求が通りやすくなる」
また質問の答えを出したあとに、固まる。今度は血の気が引いた気がした。
「な、なんで……口が勝手に」
「嘘がつけなくなる薬さ。今、君は正直者」
「盛ったの!? 誘拐に拉致に続いてて薬を盛って監禁する気!? このヤンデレ乙女思考魔法使いめ!」
盛られた。薬を盛られた。
立ち上がって責めようとしたら、思ったことが口に出た。
ルーベルはケタケタ笑う。愉快みたいだ。
「なに笑ってるのよ! 下手に出ればいい気になってやりたい放題! ふざけないで、私の意思は無視なの!? 運命の相手だからって何でもしていいなんて思わないで! 確かに貴方は美形で魅力的で白馬の王子様みたいに迎えに来てくれて嬉しさを感じるけれど、子どもみたいに駄々をこねて拉致監禁するような陰湿変態魔法使いなんかといたくない!! 言い過ぎたごめんなさいっ、でも本心!!」
次から次へと本心が口から飛び出してくる。
彼を傷付けるであろう言葉まで吐いてしまい、罪悪感に襲われたけれど弁解する言葉が出ない。
「へー! オレが魅力的? ふーん」
「アンタ耳は大丈夫? そこしか聞こえなかったわけ? この変人!」
「でもオレに惹かれてる?」
「そうよ!」
私は撃沈した。
もう喋りたくない。口を押さえてテーブルに突っ伏した。
猫被りが出来ない。
本心が溢れる。隠せない。守れない。
どうしよう。喋りたくないことまで、話してしまったら。
恥ずかしさから、恐怖に変わる。
「なんで帰りたいの?」
ルーベルは、私が答えたくない質問をした。
「自殺するために家出をしたことがあるからよっ!」
口から、避けていた答えが出てしまう。
ルーベルは目を見開いて固まった。
自殺を仄めかす手紙を残して家出をしたから、母親を一度傷付けている。
堪えきれなくなって全てを投げ出したくなった衝動で飛び出したけど、結局命を絶てなくて戻り、自殺するためじゃないと嘘をついた。
また行方不明になったら遺書がなくとも疑い不安になってしまうはずだ。
「……三年前だろ」
「!」
「三年前。オレも急に死にたくなった。アンタともう一度会いたくて毎日努力してたのに、いきなり自殺願望に襲われた。ラロファに止められたよ。それから暫くは憂鬱で何も手につかなかった。ニャミもだろう? 思い止まったが立ち直るまで時間がかかったはずだ」
真面目な顔でルーベルが当てるから、呆然とする。何故三年前だと知っているんだ。
「離れなくなるんだよ、ニャミ。強すぎる絆で結ばれているから、共鳴する。自殺願望が芽生えた時、恐怖と悲しみに呑まれた。詳細までわからないが、主な原因は孤独だろ」
感情も言い当ててルーベルは、キッチンから降りて私と向き合う。
「強すぎる絆で結ばれているから、一緒にいないと孤独に襲われる」
強すぎる絆に結ばれてしまうから、禁断の魔法。
感情は共鳴し、離れれば孤独に襲われる。
「なにで自殺に追い込まれた?」
「……母親と……異父の弟が……口論してて……耐えきれなくなった。ずっと耐えてきた、猫被って何でもないみたい振る舞ってきたけど、限界に感じた。ずっとずっと、苦しかった! 実の父親の顔は覚えてないし、捨てたられた! 再婚相手は私を愛してくれず、兄弟達とのけ者扱い! 母親は先に逃げてそこに置き去りにした! 迎えに来て他の場所に連れ出してもまたっ……また置き去りにする! 誰にもそのことが話せなかったっ、ずっと一人で抱えて……これ以上は、もう重くて押し潰されて限界だったっ…………ふらふらさまよって死に場所を探してたけど……希望が捨てきれなくて……戻るしかできなかった。私には何処にも行く宛がなかったっ……誰にも、言えなくて……」
薬のせいでまたボロボロと溢れる。涙も情けなく落ちた。
痛い、痛い。
避けてきた痛みが胸から咽へ移動して、通過したところが痛い。
今口にしたことで、認めてしまった。現実を認めてしまった。
今まで何もなかったように振る舞ったのに、ぶち壊しだ。
十六年ぶりに現れた白馬の王子様気取りの魔法使いのせいだ。
「オレとの絆が強すぎて、他の人間との絆が希薄に見えるだろ。君の居場所がオレの元で、オレの居場所が君の元だ。だからそばにいないと、孤独に押し潰される」
ルーベルが静かに言うから顔を上げてみたら、わからなくなった。
ルーベルは泣いている。
私を見つめて涙を落としていた。
「オレも孤独に押し潰されそうだった。でも希望を捨てなかった。だから君は死ねなかった。オレも苦しかった、君が悲しむのも苦しむのも怯えるのも全部感じてた。これでも……全力で急いで迎えに行ったんだ」
私を見つめたまま、ルーベルはまた涙を落とす。
「ニャミ、今孤独を感じる?」
静かに質問をした。
「向こうの世界にいた時に感じた物足りなさはあるか? どうにもできない寂しさはあるか? 悲しさはあるか? オレが目の前にいるから、孤独じゃないだろ?」
ペリドットの潤んだ瞳は、真っ直ぐに私を見つめて返答を待つ。
そう言えば、何故だろう。
他人に重たい過去を押し付けた罪悪感が、ない。
薬で吐き出されたけれど、それは"話したい本心"のせいだ。
私の本心が、拒絶すれば口から出なかったはず。
馬鹿正直に彼に話してしまいたかったことが、私の本心だったんだ。
「ニャミはここに居ていい。ここに居てほしい。オレのそばにいてほしい。一緒なら、孤独を感じないから」
ルーベルは言う。
私の居場所だから、居てほしい。
ルーベルのそばにいれば、孤独を感じない。
私はただ首を縦に振った。
そうしたら、ルーベルは二つの掌で私の頬を撫でて涙を拭く。
自分も泣いているくせに、嬉しそうに笑った。