21 友と再会ー3
靴屋に移動したニャミは、亭主に容赦なく沢山の注文をつけた。
前開きのスリットドレスは即座に購入し、マダムシャーリーに数着のドレスとブラウスやズボンの注文をして移ったのだ。マダムシャーリーはニャミの注文に興奮して喜んでいた。
しかし靴屋の亭主は喜び顔とは無縁な顔だ。
白髭をたくわえた小柄の中年男性の亭主もドール族。普段の顔は驚愕したような顔だった。例えるなら、クルミ割り人形。
絶対にクルミ割り人形だ。
ニャミはそう思った。
「丈の長さはここまで、膝から上は口が広がるようにしてください。ヒールは細くしないで、歩きやすいように安定するもので。シックな飾りがいいです。爪先は丸目で。んー、他の素材はあります? もう少し艶やかな黒がいいです。履きやすさにも追及してください」
ペラペラとニャミは注文を押し付けた。ドレスに合うニーハイブーツの注文中だ。
「ニャミちゃん、お手柔らかに。そう見えても傷付いてるから、ニャミちゃんの注文の多さにショック受けてるから」
「! ご、ごめんなさい……でも"何なりと"って言ったから、なんでも聞いてくれるのですよね? なら言葉通り何なりと応えるべきだと」
「ニャミちゃん、落ち込んでる」
「ご、ごめんなさい! 悪気はないんですよ!」
クルミ割り人形のような表情を保つ亭主は、静かに落ち込む。
あまりにも表情がすごすぎて、感情が読み取れないニャミは困惑する。
ドールは基準の表情が顔だ。崩れにくい。
ニャミは口をあんぐり開けた亭主の顔を見張るように見て、お得意の感情を読みをしようとした。
「ニャミはいい子なのか、それとも性格悪いのか、わからないね」
「毒舌ないい子なんだよ」
謝りたいのか、それとも顔に似合わず気弱な亭主をヘコませたいのか。
そんなニャミを見ていたシュアンは呆然とする。
ルーベルはフォローした。
「それより、メテオリティコの話をしろ」
店内に飾られた靴を眺めていたラロファが急かす。
「魔法書を盗んだとこの名前?」
「悪の魔法組織、メテオリティコだ」
ニャミがルーベルに顔を向けると答えた。
「悪の魔法組織?」と聞き返してニャミは鼻で嘲る。
「禁断の魔法書だから、お国の偉いところから盗んだのかと思った。それで偽名を使ってるのかと。でもラロファは城の騎士だし、どうやら国王様にも会ってるみたいだし、その可能性は除外。まさか悪の組織とはね。魔法で犯罪する組織?」
淡々とニャミは予測を答えると、亭主にまた注文をつけた。
「ある意味そうだな。宗教的な組織なんだ」
「奴らは世界を壊して神のいる次元に行くことを目論んでる。アクーラス、インフェルディノ、ミラディオコロの三世界は道が繋がっているからこそ移動が出来ると考えていて、その道を壊せば世界を管理する神のいる空間に行けて会えると信じてるんだ」
ラロファとルーベルが教えた。有名な組織だ。
異空間にある三つの世界が繋がっているのは、道が在るから。
その道を作ったのは神。
だからその道を壊せば、また違う空間に行けて神と会える。
宗教的な犯罪組織。
確かに悪だ、とニャミは納得しながら亭主が調節しやすいように、ブーツを脱いだ。
「そりゃ世界を壊せば、神様にも会えるわよね。死ぬじゃない」
道を壊すために世界を壊せば、死んで神様に会える。呆れてニャミは毒を吐いた。
「禁断の魔法書に世界か道を壊す魔法でも書いてあったの?」
「いや、ルーベルは見てない。クオラだけを見て、クオラだけを使ったからな」
「クオラが目的だったんだ、それ以外興味ねーよ」
ニャミの質問にラロファが答えて、ルーベルに咎める視線を向けた。
ルーベルはクオラのページだけを見て、そして魔法書をなくしたのだ。
「世界を破壊しようとする悪の組織が所有する魔法書を盗んだにも関わらず、奴らの計画の手掛かりのそれをなくしちゃったもんね。組織には重要な魔法書だから、追われてるんだ?」
違うブーツを履きながら、ニャミは予測をして言い当てた。
リヴェスと偽名の名を使い魔法商売をしているのは、悪の組織メテオリティコの追手から逃れるためだ。
運命の相手と出逢う魔法クオラが記された魔法書の中に、世界を破壊するための魔法が書いてあったのかもしれない。
だからルーベルは追われの身。
魔法書は今や探しようがない。アクーラスの何処か、或いは焼却炉の中で燃えカスになっているだろう。
世界すら壊して神に会いたがる連中なのだ。過激に決まっている。
命すら危ないだろう。
その通り、とルーベルは両手を上げた。
「ルーベルの本名は伏せることになった。昔馴染みには事情を話しているし、陛下の耳にも入れてある」
「じゃあ気を付けなきゃいけないのね。でも結果的には世界のためにいいことしたのかしら」
ラロファが国からも守られていると告げれば、ニャミはあっさりとした反応を返す。
悪の組織の世界破壊計画の邪魔をしたのだ。結果的には世界を救った。
どうやら靴屋の亭主も、ルーベルの本名を知る昔馴染みの一人らしい。
「あっさりとしてるな……ニャミ。ルーベルといたら、命が危ないんだぞ?」
「危険だろうが、ルベルから離れる気はないわ」
命を狙われているルーベルのそばにいれば、ニャミも危ない。
しかしニャミは怯えることもなく、ルーベルから離れる意思はないと伝えた。
「それにルベルは守るって言ったもの。そうでしょ? ルベル」
「……ニャミ」
にっこりとルーベルにニャミは笑みを向ける。
ルーベルが守ってくれていると信じているから、ニャミは怯えない。
ドレス姿で笑いかけるニャミにキュンとして緩んだ顔をするルーベルに、ラロファは呆れて目を回した。
「ニャミ、もう少し危機感を持て。相手は魔術と魔法で破壊行為をする連中なんだぞ。そうだ、護身術を教えてやろうか? せめて自分の身を守れるくらいの剣術や体術をオレが教える」
「魔法相手に剣術で身を守れきれるわけないだろ、アホ! 必要ない! オレがニャミを守る!」
心配性のラロファは最低限の護身術を教えると提案したが、ルーベルが一蹴する。
自分が守ると言い切ったルーベルを、ニャミは意味深な視線で一瞥。直ぐにブーツを試着する足元に戻した。
「ニャミちゃん、タフだねー」
シュアンが笑う。
視線はドレスからはみ出る脚を見ていた。ニャミが武器を持っていないため、まじまじと見ている。
不快感を覚えるニャミの代わりに、リィリィがハリセンをシュアンの脳天に叩き落とした。
それでシュアンが倒れるのだから、リィリィの腕力はなかなかだとニャミは感心する。
「そう言えば……リィリィのお兄ちゃんはどうしたの? 私に会いに来てくれないの?」
ラロファから聞いて、リィリィとシュアンはニャミに会いに来てくれた。
しかし残り一人とまだ再会していない。
リィリィの兄だ。
ニャミの記憶でカボチャを被った背の高い少年だった。恐らくあれは人形の姿だろう。人形というより、カボチャ頭の案山子だったが。
ニャミが聞いた途端、辺りが静まり返った。
ラロファもリィリィもシュアンも、俯く。ルーベルさえもニャミから目を逸らした。
「え……なに?」
ただならぬ雰囲気。
微笑みを浮かべたリィリィの顔が、心なしか暗く見える。
「アイツは……アイツは……」と同じく暗い顔を俯かせるラロファが口ごもったきり黙った。
「なによ? 名前は確か……ダウィンよね?」
「名前を言うな! 不吉だろ!!」
「そうだ、アイツの名前は二度と口にするな!!」
「えぇーっ?」
ニャミがリィリィの兄の名を口にした途端、青い顔をしてラロファとルーベルが怒鳴った。
ニャミは困惑する。
暗い顔をするものだから、一瞬亡くなったのかと思った。
だがそれならもったいぶらずにそうだと言うだろう。
名前を出した途端に拒絶反応を出したため、ニャミは何がなんだかわからなくなる。
「アイツは……昔はいい奴だった……だが忘れろ、アイツのことは忘れろ」
「え、だから、なに? ダウィン、どうしたの?」
「名前を言うなってば!」
「なんなの!? 死んだの生きてるのどっちなの!?」
ルーベルは頑なに名前を言うなと怒る。
すっきりしないニャミは問い詰めた。するとリィリィが近付き、肩に手を置く。
「ダウィンは死んだってことでいいよ。世の中にはね……知らない方がいいこともあるわ」
「清々しい微笑みで何言ってるの妹ちゃん!?」
清々しいほどの微笑で兄は死んだことにしていいと言い切った妹のリィリィに、ニャミはますます困惑した。
何があった、ダウィンはどうしたというのだ。
その後、問い詰めても口を閉ざして誰もニャミに教えなかった。
ダウィンの話をした時に、クルミ割り人形の顔をした亭主が反応したことには誰も気付かなかった。
「そうだ、リヴェス。そろそろ殿下に会ってほしいとのことだ。城にいつくる?」
「はぁ? いかねーよ、薬を渡せば十分だろうが」
マダムシャーリーの仕立屋に戻り、新しいブラウスとベストにニャミが着替えている間に、ルーベルにラロファは問う。
「なんで殿下会うの?」とニャミは訊いた。
「聞いてないのか? 殿下はリヴェスに魔法を習いたがっているんだ。前の薬は殿下に見本として提出したもの」
「そうなんだ? へーすごいじゃん。王子様の師匠なんて」
「柄じゃねーし、師匠なんて」
「ルベルは教え上手だよ、私も陣の魔術上手くいきそうだもん」
壁越しにニャミから褒め言葉がきて、ラロファに王子の教育を頼まれて不機嫌な顔をしたルーベルはコロッと機嫌が良くなる。
「陣の魔術? 陣なんか教えてるのかよ、お前」
「ニャミが覚えたいって。センスあるんだぜ、剣術よりよっぽど役に立つさ」
「へー……そりゃすごいな」
多少魔術をかじっているラロファは驚く。陣の魔術の難易度はわかる。
ルーベルが言うのだ。お世辞ではなく、本当にセンスがあるのだろう。
確かに剣術より陣の魔術の方が、身を守る術として相応しい。
「城行きたい、ルベル」
「うん、じゃあ行く」
「おまっ……殿下に魔法を教えるためだからな?」
城に行きたがるニャミのために、嫌がっていたルーベルがあっさり頷いた。
本当に教育する気があるのか。疑わしいルーベルに、ラロファは心配になる。
その帰り、先頭を並んで歩くリィリィとシュアンの肩にルーベルは腕を回した。
「計画があるんだが、乗るか?」
そっと囁いたルーベルを見てから、リィリィとシュアンは顔を合わせる。
なにかを企んでいるルーベルの背中を見ていたニャミは、すぐ後ろを歩くラロファの袖を摘まんだ。
「ラロファ。護身術の件、頼んでもいいかな」
「! ……何故?」
声を潜めて頼んだため、ラロファはルーベルを注意して見ながら理由を問う。
「陣の魔術なら十分では?」
「陣の魔術は陣を刻んだものを自在に操る術でしょ? 前にルベルが火石で剣を作ったのを見たわ。いざって時に必要かも、私の魔力でもルベルの魔力を借りるのも限界があるから」
「ああ、剣で対抗か……」
剣を作り出すことも出来る魔術。ルーベルのように派手に地面を操るほどの魔力を持ち合わせていないニャミは、最低限の身を守る術を覚えたいと言う。
ラロファは納得した。
「……何故、アイツに隠す?」
「男のプライドを立ててあげるため」
わからないのは、ルーベルに隠す理由。
ニャミはルーベルの背中を見ながら答えた。
「ルベルは天才だし自信もある。私を守り抜いてくれる気持ちはわかるけど、か弱いお姫様じゃないの。剣術、教えて」
守られるだけでは御免だと、ニャミはにっこりと伝える。
ルーベルの好きな人を守り抜きたい想いとプライドのために、隠れて護身術を学びたい。
ラロファは少し悩んだ。
ルーベルは嫌がるだろう。しかしニャミには身を守る術が必要だ。
「わかった。内密に行おう」
「ありがとう、ラロファ。頼りになるね」
引き受けてくれたラロファにニャミは素直にお礼を言う。
「友だちなんだから、当然だろ」とラロファは笑みを返した。
「あー、オレからも頼んでいいか? 殿下の教育は消極的なんだ、上手く説得してくれないか? 殿下はリヴェスを慕ってるんだ」
「そうなの? うん、じゃあラロファの顔を立てるためにも上手くやってあげる」
すんなりとニャミはラロファの頼みに頷いて笑う。
笑い合う二人を見て、少し妬いたルーベルが間に割って入る。
「なに話してるんだよ?」
「殿下の話」
間を歩くルーベルに腕を絡ませて、ニャミは笑ってそれだけを答えた。




