12 強すぎる絆ー3 少女
ニャミ視点。
いると信じていた
心繋がる誰かが
いると信じていた
きっといるはず
きっと会える。
ずっと待っていた
孤独を埋める
唯一の存在
きっとそれは
愛する人。
ルベルが暴れていると聞いて家に戻れば、とんでもない光景が会った。
大きなクレーターの真ん中にルベルが踞っている。
周りの地面から生えてきたみたいに煉瓦が飛び出していて、爆発でもあったのか煉瓦の残骸が飛び散っていて所々黒く焦げ臭さが鼻についた。
「ルベル!!」
邪魔な人込みを掻き分けて駆け寄り呼べば、顔を上げたルベルが笑みを浮かべたからホッとする。
けれども何をしているんだと問うと、ルベルの表情が変わった。
怒りだ。
思わず右足を後ろに引いた。
「誰のっ……誰のせいだと、思ってんだよっ!!!」
ルベルに怒鳴られて、震え上がる。
誰のせい――――あたしだ。
あたしのせいで、ルベルは暴れている。
ルベルの怒りが怖くて、すぐに逃げ出したくなった。
でもあたしのせいだ。
あたしが原因だ。
ルベルになんと言われようとも、怒鳴られようとも、私は受け止めなくちゃいけない。
先程私が傷付けた報いだ。
「お前こそっ!! お前こそオレを知らないくせに!! なんも知らないくせに!! 勝手に決め付けんなよバカ!! オレがっ、オレがどれだけ必死だったかっ……わかんねぇのかよっ!!?」
力の限りルベルが声を上げて私にぶつけた。
胸が、苦しくなる。
ルベルも苦しいのか、胸を押さえていた。
「なにが生きてこれただよ!! 死のうとしたくせにっ! オレを置いて死のうとしたくせにっ!! お前をオレが生かしたんだよ!! ニャミの心に届くようにっ! 希望をっ、必ず、必ず迎えに行くから生きて待ってって、オレが強く希望を抱いたんだよ!! オレがいなきゃ、ニャミは死んでただろ!!」
空気をも震わせようとする声がぶつかり、グサグサ突き刺さる。
「そうだよっ! オレ達は運命の赤い糸で結ばれただけだよ! 強すぎる絆のせいで、他人との絆は希薄に思えて孤独が埋まらない! 強すぎる感情は伝わる! 繋がってるだけだ! 出逢った瞬間に愛情を抱いたわけじゃない! でもっ、それでも、オレはニャミに恋をしたんだよ!! なに見せても目を見開いて驚いて、笑って喜んでくれるニャミが好きになったんだよ!! ずっとオレといてほしかった! でもニャミが帰りたいから帰したんだよっ! それから再会が出来なくても、困難でも、オレはっ……十六年も忘れずに想い続けたんだよ!!」
幼い私は夢の中の出来事だと忘れ去ることができても、自分の意思で出逢い恋をしたルベルは忘れなかった。
「忘れられるわけないだろっ!! ずっとずっと、この胸にお前の感情が伝わってきたんだから!! 苦しいも、悲しいも、楽しいも、全部オレは感じてきたんだよっ!! 苦しんでるのに、迎えに行けないオレのもどかしさを、考えてくれよ!! 感傷的なら想像できるだろ!?」
この十六年ずっと、私が苦しんでいたことは伝わっていた。
好きな子が苦しんでいるとわかっているにも関わらず、会いに行くことも叶わなかったルベルの気持ち。
想像したら、胸が締め付けられて痛くなった。
「いい加減にしろよニャミ!! 心が繋がっているオレからも逃げるのかよ!? 離れるのかよ!? 確かにニャミから出会う前からもずっとオレには幼馴染みがいた! でも何やったって、幼馴染みがいたって、足りないんだよ!! ニャミがいないだけで足りなくて、寂しくて苦しくて辛いんだよ!! ニャミだってそうだろ!? 離れちゃオレ達は苦しいままなんだよ! どんなに楽しいことやっても、台無しになるんだよ!! それなのに、オレから離れて、何処行くって言うんだよ!? ニャミが探していた希望はオレだ! ニャミを救えるのは、オレだけだ! そんなオレとも向き合わないのかよっ!? じゃあお前は誰となら向き合えるって言うんだよっ!!?」
ルベルが、泣いている。
私に怒って声をぶつけながら、ペリドットの涙を落とす。
私の瞳からも、涙が零れ落ちた。
私の涙じゃない。ルベルの涙だ。
ルベルが勘違いしている。
私はルベルから離れようとしたわけじゃない。
何処かに行く宛なんて、私にはない。
ルベル以外に、向き合う相手なんていなかった。
「確かにっ……ニャミのことを全部知らねぇよっ! 愛なんて、まだわかんねぇよっ! でも好きなんだよ、好きだ好きっ、好きっ、好きだっ!! ニャミの作り笑いはだいっ嫌いだけどっ、十六年前から変わらないニャミの笑顔が好きだ! 心を守る毒舌も面白いし、人を思いやる良い子な部分も、好きだよ!! 染めた髪もその格好も目も、感動ばっかして傷付きやすい感情的なニャミの心が、好きだ! 好きだ好きだ、好きだっ!!!」
ルベルは叫んだ。
空に向かって叫ぶように、私が好きだと力の限り声を出して伝える。
十六年前に恋をした少女だけではなく、十六年後の今の私のことも好きだと、云う。
「あとなにを知ればいいんだよ!? なにを知ればニャミは信じてくれるんだよ! 話してくれよっ! なにを言えばニャミは納得してくれるんだよ! 教えてくれよ! 離れてた十六年分を、全部全部全部っ――――オレが受け止めるからっ!!」
苦しそうに泣き叫んでいたルベルが、その場に崩れ落ちた。
「そばにいてくれよっ、ニャミっ……! 離れていかないでよっ、オレから離れるなよっ!! いなくならないでくれよっ……――――オレと生きてくれよ。オレのそばにいてくれよっ!」
俯いて掠れた声で叫ぶルベルは、ボロボロだ。
悲しみや苦しみや怒りで、ボロボロになっていた。
そんなルベルを、どうしたらいいかわからなかった。
私は誰にも打ち明けてこなかった。
それは同時に誰とも向き合ってこなかったということ。
相手に打ち明けられることも、本音をぶつけられることも避けてきた。
向き合わなかった。
だから、孤独だった。
真の運命の相手と強すぎる絆で結ばれたせいで、その強い絆が強い光を放って、他の絆を霞ませて希薄に感じさせていた。
でも余計に希薄に見ていたのは、誰も受け入れなかった私自身だ。
誰も受け入れず、誰も受け入れてもらえなかった。
他人と遠ざかるばかりで、独り苦しみながら自分を守っていた。
孤独から救ってくれるルベルとは?
私は、向き合うのが怖くて、信じないようにした。
傷付いてしまいかねない相手の本音をぶつけられないように避けてきた。
やっぱり、自分が大事で、傷付けられたくなくて、守るために逃げた。
でもルベルは、こうして私に全てをぶつけてきた。
ルベルの本音も想いも、重くて痛い。
ルベルはずっと、私を守っていてくれていた。
離れていても、守っていた。
どんな苦しみに押し潰されようとも、希望で顔を上げられたのはルベルのおかげ。
必ず迎えに行くと心に伝えてくれたから、私はいつも誰がいてくれると信じられた。
私の心を守っていたのは、ルベルだ。
それなのに、ルベルを拒絶して傷付けて、崩れ落ちて涙を流しているのを見ているだけの私は、なんて酷い人間なんだろう。
自分ばかりを優先して、なんて最低な人間なんだろう。
ずっと求めていた人に巡り会えたのに、独りの方が痛くないからと逃げるなんて、なんて臆病な人間なんだろう。
こんな私でも、好きだとルベルは言ってくれた。
結ばれた絆から伝わる私の心も、幼い頃と変わってしまった私も、好きだと言ってくれた。
死のうとした私を、希望を持たせて生かしてくれたルベルは、ともに生きようと言ってくれた。
不満が爆発したように乱暴に全てをぶつけてきたけれども、全ては私が受け止めなくちゃいけない本音。
ルベルは私の本音を受け止めた。
次は私だ。
「! ……ニャミっ?」
だからルベルの前に膝をついて、両腕でルベルの頭を包むように抱き締めた。
互いの止まらない涙が、Yシャツに落ちて濡らしていくのを感じる。
ルベルの乱れた呼吸がわかる。
「ごめん……ごめんね、ルベル。ごめん、許して。忘れてしまってごめん。傷付けてしまってごめん。ごめんなさい、ルベル」
「……ニャミ……」
謝罪を口にすると余計胸の痛みが増して、喉に痛みを広げていくけど、ルベルの温もりが和らげていくように感じた。
「何処に行かないよ、何処にも行かない。ルベルから離れたりしない、逃げもしない。まだ怖くて、嫌だけど……向き合うから。ルベルのことも知って、もっと好きになるからっ……」
涙が溢れて止まらなくて、本音が通る喉が痛くて、辛かったけれど伝える。
伝えたいから。
伝えなくちゃいけないから。
「ルベルが好きだよ……好きっ……昔と変わらず、楽しそうに笑う顔も、ペリドットの瞳も、この綺麗な髪も、好きだよ……。子どもっぽくって、でもロマンチストで紳士的で、優しいルベルが好き。私をずっと好きでいてくれて、私の心をずっと守っていてくれて、迎えにくる約束を果たしてくれてっ、ありがとうっ」
ぎゅっとまた強く抱き締めて、私も好きだと伝える。
「もっと知って、もっと好きになるからっ……そうすれば、きっと愛になるよっ。だからルベルのことも教えて。受け止めるから……今は無理でも少しずつ、受け止めるから。こうして抱き締めるから」
「ニャミっ……」
「一緒にいさせて、ルベル。そばにいさせて、そばにいてください」
「いるっ、いるっ! そばにいる! ずっとっ、ずっとっ、ずっと一緒だっ!!」
ルベルが私の背中に腕を回して、抱き締め返してきた。
キツいくらい、強く、締め付けてくる。
幼い頃にも言ってくれた台詞に、余計苦しくなって痛くなったのに、温もりが和らげていった。
「ニャミっ、好きっ、好きっ! ずっとそばにいる!」
まだ涙を流しながらも、ルベルは抱き締めて言う。
ずっと想って、ずっと守ってくれたルベル。
その想いはもう、愛と呼んでもいいもののように思えた。
でも、今は言わなくてもいいか。
実感したその時に、ルベルの口から聴きたい。
私も泣きながらルベルをきつく抱き締める。
互いの温もりをもっと感じたくて、密着した。
触れあう肌の温もりは、とても熱く感じる。
互いの涙で濡れてしまうけれど、嫌じゃなかった。
強すぎる絆で伝わるルベルの感情は、温かい嬉しさ。
どちらのものかわからないくらい、抱き締め合った。
十六年の空白を埋めるように。
強すぎる絆で結ばれても、全てが上手くいくわけじゃない。
だから少しずつ、好きを重ねる。
少しずつ、愛を重ねて受け止め合う。
それをきっと最後に、真の愛だと呼べるだろうから――――…。




