10 強すぎる絆ー1 少年
ルーベル視点。
結び付いている絆
君の感情を伝える。
楽しいって。
嬉しいって。
悲しいって。
苦しいって。
感傷的な君の心
この心に届いて
ずっと痛かった
君の感じた痛みは
全て知っている。
強すぎる絆が感情を伝える。
最初は喜びが伝わってきた。
でも次第に鈍い悲しみが伝わってきて、十年過ぎた頃から孤独感とともに膨れて、苦しかった。
押し潰されるほどの苦しみを、ニャミが感じている。
だから、迎えにいかないと。
迎えにいってあげないと。
オレが、迎えにいかなきゃ。
ニャミが待ってる。
がむしゃらにうろ覚えの魔法を完成させて、十六年経ってやっと約束を果たして再会した。
会った瞬間に二十歳になったニャミが笑顔でオレを抱き締めてくれる。十六年間空白だった孤独感を埋めてくれると思っていた。
でも実際は、予想と違った。
ニャミはオレを覚えていなかった。ニャミはまだ幼かったからその可能性はあったから、驚かないけど怒りを覚えるしショックだ。
想像していたニャミは黒髪で、感情豊かでいつも笑顔だけど感傷的ですぐに泣く明るい女の子。
でも実際は髪を染めてて、すぐには笑わなくて、近寄るなと言わんばかりに冷たいと印象を抱いた。
オレ達が出逢った記憶を思い出させるために眠らせたニャミの寝顔を見て、その冷たさが十六年間の苦しみのせいだと思えた。
ニャミが苦しんだこの世界から、一秒でも早く連れ去ってやりたくて。
ニャミの意思も聞かずに連れ去った。
一度インフェルディノに降り立ったついでに、花を摘んだ。十六年ぶりに食べたいと思ったから。
ニャミがいる朝は、爽快だった。
満たされていると実感する。
孤独感が付きまとっていたのに、もう今はない。
そばにニャミがいるからだ。
きっと、ニャミも同じ。
そばにいればもう、大丈夫だ。
死にたくなるような孤独には襲われない。
三年前は酷かった。
ずっとニャミの苦しみが伝わってきて、オレも息苦しくなるほどだった。
運命の相手と出会える魔法、クオラを完成させたかったのに、ニャミの感情に感化されてなにも手につかなくなった。
十数日最悪だったあと、急に気分が晴れたから一度は安心して、魔法の完成を急いだ。
こんなにも長く重い苦しみを味わっているニャミを早く迎えに行きたかった。
数日して、突然死にたくなった。
何も考えられなくて、否考えたくなくて、簡単に死ねる方法に手を伸ばした。
オレの両親を殺したソレに…――――。
運良く居合わせたラロファに止められて、我に返った。
ニャミが死ぬ気だと、理解して焦った。
ニャミの死にたいって強い感情が伝わって動転したオレに、ラロファが言ってくれた。
オレが希望を持てばいい。
そうすればニャミも踏みとどまる。
だからオレは必死に希望を抱いた。
必ず会える。必ずニャミに会える。
会えればもう独りじゃなくなる。
きっと悲しみを拭い去ってやれる。
会えば付きまとった孤独感から解放されるから、迎えにいく。
必ず迎えにいく。
だからだから、死なないで。
強く強く、思った。
ニャミの感情がオレに伝わるなら、オレの感情もニャミに伝わる。
だから死にたい気持ちを希望で押し込んだ。
死にたいって気持ちが、消えた。
安堵したあとにすぐにオレはミラディオコロを飛び出して、インフェルディノに一度降り立ってからアクーラスへ行った。
がむしゃらに捜す。
でも広い世界でたった一人を、手掛かりがないまま捜すなんて無理だった。
溢れんばかりの人ごみから、ニャミを見付けるのは不可能だった。
何処の国かも、フルネームさえも、オレは知らない。
それでもじっとしていられなくて、何日も何日も何日も捜した。
がむしゃらに走り回って飛び回ってニャミを捜した。
家に一度戻ったらラロファ達に取り押さえられて、説得された。
魔法を完成させた方が確実にニャミと再会できる、って。
オレは希望を持ちながら、必死で魔法を完成させる努力をした。
また三年、三年もかかったけれど会えた。
やっとニャミにまた会えた。
ニャミを迎えに行けた。
再会して、孤独を埋め合っただけじゃ、ニャミを癒せないと気付いた。
ニャミは本心を隠して、作り笑いを浮かべる癖がついていた。
本心を隠し通して、必死に守っていたんだ。
傷付けられないように、誰にも傷付けられないように、他人を近付けないようにさせた。
本音を呑み込むから、オレは"正直者"を飲ませた。
嘘がつけない薬だ。
ニャミが打ち明けたのは、オレが知りたかった死にたかった理由。
オレと離れている間のニャミの苦しみを、少しずつ少しずつ知っていこうと思った。
嘘がつけないだけで、全てが口から出るわけではない。
オレに話したいと思っている本音だけ。
ニャミが話したいと思っていることは、全てオレが受け止めてやろうと決意した。
それが十六年間離れていた償いであって、ニャミにしてやりたいことだった。
随分ニャミは変わったと印象を抱いたが、一緒にいる時間を重ねる度に昔と同じ部分を見付けられた。
インフェルディノの花が好き。
花の形を記憶するように眺めて、美味しそうに堪能する。昔と同じだ。
そもそも花が好きらしい。
家の中は興味津々といった目を向ける。魔法に使う材料も魔法書にも真ん丸に目を見開いて釘つけ。
魔法を使えば、ニャミは「魔法の手」って言って喜んだ。
昔と同じだ。オレの好きな笑顔だった。
昔と違って、ニャミは毒舌だ。
多分自分の心を守るために棘が生えてきたのだろう。
強くあるための武器。
でも、根は優しいままだ。
同性には優しい。異性には厳しいけど。
なんでも母親が反面教師で異性には優しくすることが出来にくいんだとか。
美人で社交的で、男をたらしこむのが上手い。そんな母親と似ている顔が嫌いだと言う。
幼い時から目が大きくて整った顔立ちだから、きっと美人に育ってると思った。それは予想的中。
肌は少し焼けたような色。瞳は珈琲みたいなダークブラウン。
髪は暗い赤毛みたいだけどムラがあって毛先は光に当たるとオレンジに光る。
胸は結構ありそうで、ウエストは細い。脚は細いとは言いがたいけど、ちょうどいい肉付きで色気があった。
全体的にニャミには、色気がある。それは嬉しい予想外。
ニャミは、やっぱり感傷的だ。それは想像通り。
相手を傷付けたであろう言葉を吐いたあとは、必ず反省する。
相手の痛みを想像して、反省するんだ。でも本音だから言うのが止められない。
既婚者の教師への想いを断ち切りたいって言う客には、気遣いながらニャミは微笑んで次の恋をするよう背中を押していた。
それはニャミも既婚者に恋をしたことがあるからだとあとになって知ったが、その客を見送ったニャミは優しげに微笑んでいた。
ニャミは感傷的だ。
だからこそ、壁が必要なんだ。
刺々しい言葉で傷付けてくる言葉を跳ね返すために毒舌になった。
簡単に傷付いてしまうほど脆いから、心に壁を囲っているんだ。
熱を出して寝込んだ時に、朝は三年前のことを笑いながら話してくれていたのに、そのあとに何か嫌なことを思い出してしまったのか、ニャミがオレを拒絶し始めた。
心をオレに傷付けられないように、その口で刺々しい言葉の本音を吐いて突き飛ばす。
そのあとで後悔に呑まれていた。
オレの痛みを想像して、悔やんでた。
ニャミに問い詰められた時、ニャミを傷付けない言葉を探すのに必死ですぐに答えられなかった。
なにがニャミを苦しめるかわからない。
なにがニャミの心を引っ掻いてしまうかわからない。
込み上げたオレの本音をぶつけてしまったら、ニャミは傷付いてますます遠ざかってしまう。
それが怖くて、言葉に詰まった。
だから書斎の椅子に腰を沈めて考える。
ニャミを傷付けない言葉を。
感傷的な彼女を苦しめない言葉を。
そしてニャミが信じてくれる答えを。
「……真の愛か……」
不安も恐怖も取り除こうと自分を落ち着かせる。感情的にニャミにぶつけてしまわないように。
オレが落ち着けば、ニャミも落ち着いてくれる。
それから話してやろう。
オレの答えを。
真の愛。
それはオレにはわからない。
ニャミの言う通り、十六年前に一度会ったきりだ。
真の運命の相手だと言い切れるが、正直愛のことはよくわからない。どの感情かは、まだわからないんだ。
でも、ニャミが好きかどうかはわかる。
ニャミが好きだ。
十六年前に会った黒髪の純粋無垢で弾けるような笑みを溢す悪戯っ子なニャミが好きだ。
十六年後に会った不思議な髪色に染めて毒を吐きつつも感傷的で笑顔が変わらないニャミが好きだ。
十六年という空白の時間がある。知らないことはたくさんある。
でも、この数日で知ったニャミの部分は好きだ。好きになってる。作り笑いは嫌いだが、あとは好きだ。
十六年もニャミの感傷的な感情を味わっていたんだ。
ちゃんと、ニャミを知ってる。
「よしっ」
ニャミに、ちゃんと好きだと伝えればいい。
好きな部分を全部伝える。
十六年間、ニャミの心を感じていたから知ってると伝えよう。
答えも言葉も決まって、オレは椅子から飛ぶ勢いで立ち上がる。
そのまま書斎を飛び出して、階段を駆け降りた。最後の四段は飛び降りる。
手摺を軸に方向を変えて廊下を走り、ニャミが籠ったベッドルームの扉の前で立ち止まった。
心を確認する。
落ち着いていた。
きっとニャミも落ち着いてる。もしかしたら寝てるだけかもしれないが。
オレは両手で扉を開けた。
「ニャミ!」
部屋の左寄りの真ん中に置かれたベッドを見たが、その上にニャミがいない。
広い広いベッドルームを見回したが、ニャミの姿がない。
開かれた窓から入る風に揺れるカーテンを目にして、悟った。
ニャミが――――…出ていった。
ニャミはまだこの世界にいるってわかっているのに、何故かカーテンを揺らす風がオレの胸の中を通り鈍い痛みを広げる。
その胸を押さえて、その場に崩れ落ちてしまった。
「……なん、だよ……なんだよっ……なんだよっ……!!」
胸の痛みが喉まで届いてきて、叫びたくなる。
喚きたくなった。
痛くて、痛くて、痛くて、全部吐き出してしまいたかった。
ニャミが、離れていく。
オレから、離れていく。
やっと、会えたのに。
この胸の痛みを、取り除くために――――…オレは足掻いた。




