01 再会
テーマが「真の運命の相手」です。
一ヶ月前からどうしても書きたくなり、こそかそ書いていた小説です!
今回は年齢を二十歳にしてみましたが、作者自身成人の自覚がないせいでいまいち二十歳らしくないかもしれません(笑)
木春奈美ことニャミちゃん視点を多目ですが、一応ニャミちゃんとルーベルくんの二人が主人公です。
どっぷりとファンタジーな世界を楽しく描きながら、強すぎる絆で結ばれた二人の恋愛も書いていきます!
楽しんでいただけたら、幸いです!
ずっと誰かがいる。
誰かがいてくれている気がしていた。
どんなに孤独に押し潰されていても、何処かに私を救ってくれる人がいる。
そんな気がしていたんだ。
どんなに苦しみに殺されそうになっても、自分に言い聞かせていた。
必ずいつか、巡り会えると信じて生きてきた。
訳のわからない確信は――――…君のせいだったんだね。
私の孤独の始まりは、生まれる前からだ。
父親には、母親と一緒に置き去りにされてしまった。
母親は私を育てて頑張ってくれたけれど、私が原因で継父と離婚が迫ると置き去りにして恋人の元へ逃げた。
継父と異父兄弟達との生活は、正直覚えていない。
継父には愛されなかった。母親と復縁を望み利用しようとした私を離そうとしなかったけれど、私は叔母の家に移動した。
居候生活も、覚えていない。
何を考えて何を思っていたかなんて、全然覚えていない。思い出したくもなかった。
私の特技と言ってもいいかもしれない。
自分の心を守る方法だ。嫌な記憶はなるべく忘却。
小学生の時も、中学生の時も、親友と呼ぶ友だちがいた。
でも一切相談したことがない。
せめて学校では明るく笑っていたかったからだ。話題にすることが嫌で、そして出来なかった。
考えないようにしていたんだ。私には関係ないみたいに、どうでもいいことみたいに。
家庭の問題なんて、放っておいた。
それが私を壊していくことに気付かぬフリをして笑う。
高校生になって、自分のその破滅的な性格に気付いた。
相談が出来ない。打ち明けることが出来ない性格になっていた。
口にしないことで、何もないみたいに装うため。
それが事実を押し込んだ胸を引き裂いて傷を作っていると気付かず。
私は私を、必死に守っていた。
誰にも打ち明けないことで、殻に閉じ籠り守っていたんだ。
そうすれば、何が起きても、崩れ落ちない。
何事もなかったみたいに振る舞い笑うことで、忘れ去る。
幼い私が続けてきた方法で、こびりついた悪癖だ。
口にしなければなにも起きていないと同じ。
他人に知られなければなにもないと同じ。
口にしなければいい。
胸の中にしまいこみ、忘れてしまえ。
中学生の後半に迎えに来た母親への信頼はもうなかった。私を育ててくれたことには感謝しているけれど、憎しみはあって時々責め立てたくなる。
だって、私にはお母さんしかいなかった。
なのに、お母さんは私を置いていってしまった。
愛してくれるのも、お母さんだけ。
一度も向き合っていない。責め立ててもいない。
私は本気で誰かと向き合うことが出来ない人間になっていた。
希薄な関係。私の居場所がない。私の味方がいない。
母には逃げ場があるけれど、私にはないんだ。
この苦しみを打ち明ける友人も、恋人もいない。
私はそういう人間だ。
ただ、一緒に楽しい時間を過ごす相手がいればいい。苦しい時間を埋めるように、楽しい時間だけを友人と過ごす。
そうすれば悲しくならない。口にしなければ苦しい時間はなかったことに出来る。
相手の苦しみにも目を塞ぎ、ただ笑い合う時間だけが欲しかった。
なるべく愛想よく、明るく笑って、猫を被り続ける。
苦しい時には、ずっと一人だったんだ。それで十分。
母親にも、何を思い何を考えているかなんて話さなかった。
苦しい時にもそばにいる者が本当の友人と言うならば、私には本当の友人すらいない。
希薄な関係には、時々押し潰されてしまう。
喚きたくなってしまうんだ。でも声は上げられずに泣き崩れる。
傷付くことから自分を守れても、孤独から救えなかった。
けれども、誰かがいてくれる気がした。
この孤独から救ってくれる誰かが、何処かにいる気がしていたんだ。
必ずいつか、巡り会えると信じて生きてきた。
訳のわからない確信は、いつも心の中にある。
闇の中で膝を抱えて泣く私に光を差し込んでくれる存在が必ずいるだなんて、私のただの願望でしかないのかもしれない。
寝ている時に見た夢を現実と思い込んでいるのと同じ。淡い希望にすがり付いているだけでしかないのかもしれない。
どうすればもっとうまく生きていけるのかどうかを考えた。
泣き崩れる度に何度も何度も自分を奮い立たせてきた。
この希薄な付き合い方しか出来ない私にも、きっといつかは「案外簡単だった」と笑える時がくると信じてもう少し堪えようとした。
不意に忘却損ねた悲しみに襲われて崩れ落ちて、助けを乞う名前すらなくて声が上げられず泣いていても、いつかは必ず変わるからと堪えて生きてきた。
二十年間そうしてきたようにこれからも…――――。
孤独から救われる運命の出逢いは、突然だった。
まるで大きな大きなタンポポの綿が、古いアパートの一室の私の部屋に溢れた。
ふわふわしたものではなく、触れたら脆く黄金の砂のようにキラキラと崩れ落ちる。その度、鈴が鳴るような音色が響いた。
綿は様々な色で煌めく。まるでオーロラが揺らめいているようだった。
「いってぇー!! また失敗かよっ畜生っ!!!」
男の声が綿が溢れてきた方から聴こえて振り返る。。
顔に数個の綿が衝突してきて、砕け散った。
キラキラと落ちる金箔が降り注ぐ視界で見えたのは、青年。
私の真後ろに、青年が仰向けに倒れていた。
金髪で小顔。床に頭をぶつけたのか、後頭部を押さえていた。
アイボリーのローブを着ている青年はYシャツと黒いズボンにレザーのブーツ姿。
状況が全く理解できず、呆然とした。
無数の綿は消滅してしまい、跡形もない。金箔もなくなっていた。
髪色と同じ睫毛の下にはペリドット。その瞳と目が合う。
「誰アンタ」
青年からの一言。
こっちの台詞だ。
いきなり私の部屋に現れたのは、アンタの方じゃないか。
内心でツッコミを入れたけれど、絶句して声が出せなくて無理だった。
「…………ニャミ?」
「え?」
見知らぬ青年に名前を呼ばれる。容姿は外国人だけれど、不自然なく日本語を使っている。
でも私の名前が違う。
ニャミじゃない。ナミだ。
でも何故だろう。まるでニャミが私の名前みたいに、聴こえた。
「ナミだけど」
がしっといきなり髪を鷲掴みにされた。青年が十センチもない距離で、私の髪の毛を睨むように見る。
胸に届くくらいの長さだから、当然怪訝な顔付きの青年の顔が間近にあった。
鼻が高く肌が白い。怪訝な顔付きをしていなければ、人形と思えてしまうほどだ。
オリーヴグリーンのペリドットの瞳は、宝石そのもののようで惹き付けられる。
急にその瞳が私に向けられた。
ズイッ。
今度は私の瞳を覗きこむように、見てくる。
前髪は後ろの方に纏めているから露になっている額に、彼の髪が押し付けられた。近い近い。
金色の睫毛の下にある瞳は、私の奥底を覗き込むようだった。
「ニャミ……ニャミ、ニャミー」
やがて離れた青年は笑みを浮かべる。嬉しそうににっこりと、私に似た名前を連呼した。
「ニャミ! やっと会えた! ニャミ!」
「うわっ!」
そのまま青年は抱き付いてきた。今まで私が向き合っていたこたつテーブルが脇腹に食い込んで痛い。
青年は両腕で私を締めつけるから、それも痛かった。
「ニャミニャミニャミ!」
「だ、だれなの!?」
「!」
一体誰なんだ。
混乱した私は押し退ける前に訊いた。そうしたら、彼はバッと放す。
私の顔を見て、眉間にシワを寄せる青年は、口をあんぐり開ける。
一度声を発しようとしたけれどやめる。でも次は声を出した。
「オレのこと、覚えてないの?」
「……誰?」
覚えてない。一体何処で会ったというんだ。
記憶があまりない中学生時代に知り合ったのかな。
全然記憶にない。
青年は離れて床に腰を落とすと首を左右に振って頭を押さえた。
「んだよ!! あんなに遊んだのにオレのこと覚えてないのかよ! ずっとニャミのことを、想ってたのに!」
「人違い、じゃないの? 私、奈未だし」
「ぶぁーか、ニャミが名乗ったんだよ。まだちっちゃいから、発音できなくてニャミってさ!」
覚えていないことに怒り出した青年は、私を挟むように置いた長い両足をバタバタさせる。
人違いじゃないかと言えば、急に青年は楽しそうに笑い出す。
発音できずにニャミと名乗ったから、彼はそう呼ぶのか。納得だ。
「ちっちゃいからって……昔?」
「うん、えーと十五年前だな、いや十六年、十七年?」
「……覚えてないのも無理ないじゃない」
「確かに。でもオレは覚えてた。ニャミより二歳上だけどな」
「あなた誰、どっから……沸いてきたの? さっきのはなに?」
「魔法使いルーベル、魔法」
簡潔に答えた青年に、私は唖然とする。
魔法使い? 魔法?
なんなんだこの人。
青年は自分の膝の上で頬杖をつくと唇を突き出した。
「初めて会った時は目をキラキラに輝かせてたのに、つまんねー反応。それになんだよ、この召使いの小部屋は」
「失礼なっ」
私の反応が気に入らないルーベルに部屋を貶される。
高級でもお洒落でもない畳の部屋だけれども、二日に一回は掃除しているわ!
ルーベルが手を伸ばして私の髪の毛を指に絡めるから、振り払う。
「んだよ! 昔はすぐ信じたのに!」
「疑ってないけど、証拠を見せてよ! 微塵も覚えてないのよ!」
「じゃあ、信じるんだ? 記憶がなくても、オレのこと」
拗ねたようにまた怒り出す彼に、私は声を上げ返す。
そうしたらルーベルはまた笑みになり目を輝かせて私に顔を近付けてきた。
残念ながら私は話を鵜呑みにしやすいタイプだ。
突然現れた不審極まりない青年の話を、少しでも信じている。
襖とベランダから入って来たわけではなく、急に背後に現れたのだ。謎の綿も溢れていた。
少しからず、彼が魔法使いだと思ってしまっている。
でも保身のために疑うことをする私は証拠を求めた。自分を守るために、彼を敵かどうかを見定める。
私を傷付ける相手がどうか。
「ああ、そうだ。思い出させりゃいいじゃん。いいぜ、証拠を思い出させてやるよ」
「?」
ルーベルの視線が私ではなく、右にずれた方へ向けられる。
見てみれば気を沈めるために火をつけたラベンダーのアロマキャンドル。
ルーベルに目を戻せば、彼は掌を出していた。その指が手招きするように動くと、私を横切ってアロマキャンドルの火が吸い込まれるように掌に乗る。
思わずアロマキャンドルと彼の掌を交互に見てしまった。
アロマキャンドルに火はなくなり、代わりに彼の掌にそれがある。
掌の上にある火は、宙に浮いていた。
――――…魔法だ。
「見てて」
火が勢いよく燃え上がる。
メラメラと赤と橙の色が交ざりあって宝石のように光を放つ。
その炎に照らされたルーベルを見た。金髪も白い肌も瞳も、その色を帯びていている。
にっこりと微笑みを浮かべた彼は、とても綺麗だった…――――。