ぼくとかぶおのひみつの夜
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■テーマは「免れた衝動」
■制限時間は30分
ぼくがそのカブトムシをもらったのは、去年の夏休み。
「すげーでけー」
元々じいちゃん家は田舎にあったから、カブトムシ探しをしたことはある。裏山の木にはちみつやスイカを置いていると、虫が甘いしるを吸いに来るから、朝早く起きてそれを見に行くのだ。たまにそこにいるカブトムシはメスだったり、オスでも小さかったり足が一本取れていたりした。
だけど、今目の前にいるカブトムシは、ぼくが今まで見たことがないくらいおっきくてつやつやしていた。
「じいちゃんありがとう!」
ぼくはそのカブトムシに「かぶお」と名前を付けて、飼育ばこに土や枯れ葉、ちいさな木なんかをたっぷり入れた。それからじいちゃんにトラックを出してもらって片道30分のジャスコに行って、虫用ゼリーを買ってきた。
ゼリーを入れてワクワクしながらかんさつしていたけど、かぶおはちっとも吸おうとしなかった。口の所に持っていっても、無視している。
せっかく買ってきたのになあとがっかりしながら、その日一日ちらちら見ていたけど、ゼリーは全然へっていなかった。
夜。
おしっこに行きたくなって目がさめた。じいちゃん家のトイレは家のすみっこにあるから一人で行くのがこわい。ふすま向こうで寝ているばあちゃんを起こしに行こうとして、ぼくはまくら元が光っている事に気が付いた。
飼育ばこの中にいるかぶおが、お月様みたいな色に光っていた。
「かぶおすげえ!」
びっくりして顔を近づけると、
「うるさい、ねろ」
とかぶおがしゃべった。
「かぶおかっこいい!」
「言っておくが俺はカブトムシじゃない」
かぶおは真面目な声で言った。
「俺はS67-5ムニャムニャ(この辺、何て言ってるのかよく分からなかった)から来た偵察員だ。こうしてこの星の生物に擬態している。人間に捕まったのは失態だった。擬態中の筋力はその生物程度しか出ないから抜け出せないのだ。
お前、名を何という?」
「こうき」
「よし、ではコウキ、この箱の蓋を開けてくれ」
「やだ!」
「な、何?」
かぶおはあわてだした。
「おい、俺は自分の正体を明かしたんだぞ! そこは出してやるのがお前達の言うところの『人情』というものだろう!?」
「だってかぶおかっこいいもん。ぼく、家に持って帰ってお母さんや友達に見せるんだ。
大丈夫、食べたいものあげるし、死ぬまで大事に飼ってあげる」
「馬鹿者!」
かぶおはジタバタしながらどなった。
「お、お前はそれがどれだけ大変な事か分かっているのか! もし万が一この身体を解体されれば、見た目こそカブトムシではあるが、中身はこの星の生物とは違うんだぞ!」
「かっこいい! じゃあ死んだらバラバラにしてみるね」
「ば、馬鹿者ぉ……」
かぶおは半分べそをかいていた。
「ねえねえ、かぶおは何で光ってるの?」
「……交信していたのだ」
かぶおはあきらめた声で言った。
「月光を媒介エネルギーとして我々は連絡を取り合う。人間に捕まったと報告をしていた」
「かぶお、仲間がいるの?」
「そうだ。この季節には我々はカブトムシの姿となって野山を徘徊する。
だがもうおしまいだ。こうして捕らえられたからには、このまま死を待つしかなかろう」
「かわいそう……」
「お前が逃せば済む話だろうが!」
かぶおは絶叫した。
結局、しぶしぶながらぼくはかぶおを逃がしてやることにした。
そのかわり、交かん条件は「毎年会いに来る」ことだ。
そうして今夜、ぼくはこうしてかぶおを待っている。
ほら、羽音が聞こえてきた。