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14枚の爪

「即興小説」http://webken.info/live_writing/top.php

■テーマは「不本意な足」

■制限時間は30分

 私の足には爪が14枚ある。


「外反母趾による巻き爪ですね~」

 そう若い医師に診断されたのは高校の頃。

 両足親指の爪の端があまりにも痛くて歩けなくなり、体育に出ることもなくなった私は母と共に総合病院に来ていた。

「手術をして爪の両端を根元からカットしましょう。

 そうすれば、巻き爪も無くなりますよ~」

 自信たっぷりに言われたため、母も私もすぐに手術を決めた。


 当日、両足先に麻酔をかけられ、私は診察台に横たわった。

 若い医師が二人がかりで私の足の親指の爪をゴリゴリと削る。

 痛みは無くとも振動がある。

 バチンと切られ、両端の爪の根っこを押さえつけながら力任せに引き抜き、残った肉を縫い合わせていくのがはっきりと分かった。


 手術は滞りなく終わり、そのまま抱きかかえられるようにして私は帰宅し、ベッドに寝かせられた。

 親指にぐるぐると巻きつけられた包帯を眺めているうちに、だんだんと麻酔が切れてきた。

 はっきりと切れた後のその痛みは、私がこれまで経験したどんな痛みよりも強烈だった。

 どっくん、どっくん

 脈の音と共に激痛も踊る。

 脂汗が出て「ぐ、あぁあ……っ」と声を出さないと痛みに耐えられない。


 何だよこれ何だよこれ!

 出産は死ぬほど痛いっていうけど、これよりもっと痛いワケ?そんなら子どもなんていらない!


 そんな事を決意しながら私はその日一日を悶え呻いて過ごした。


 両親指に黒い糸が食い込むようにして縫い付けてある様は、ボンレスハムにそっくりだった。

「じゃあ、抜きますね~」

 ぶちん、ぶちん、と糸が解かれてゆく。

 ふやけた両親指の爪は、以前よりもふたまわりも小さく、いや、細くなっていた。

「これでもう、痛みに悩むことはありませんよ~」

 医師のにこやかな断言に母と私はお礼を言って診察室を出た。



 あの日から数年。

「ねーねー、このペディキュアどう?」

 嬉し気に見せられる赤いラメ入りのペディキュア。ご丁寧にラインストーンが入っている。

「うん、カワイイ」

「今日合コンだからー、張り切っちゃった」

 ふわふわしたいい香りを振りまきながら、友人は、

「そーいや、ミュールとか履かないの?暑くなーい?」

 と訊いていた。

「冷え性だから、足を出せないの」

「ふーん」

 あまり興味なさそうな反応の後、

「ねえねえ、夏休み、海行こーよ!中田君達も誘ってさあ」

 と手を叩きながら提案された。

「わー、いいねー」

 相槌を打ちながら、当日病欠かなと思う自分が少しだけ寂しい。


 手術は失敗だった。


 あの日からひと月後、私の親指の爪の両端から、細く小さな爪が生えてくるようになった。

 根株が残っていたのだろう。

 にょろにょろと伸びるその爪を根元からカットするのが私の日課だ。

 時には抉って、引きちぎるようにして引っこ抜く事もある。ぽっかりと空洞になった肉穴をじっと見る。

 けれど、どうやっても爪は必ず生えてくる。


 私の足には14枚の爪がある。


 夏は嫌いだ。

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