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口福な神様

お題:宗教上の理由で嘘 制限時間:30分

 俺が二十歳の時に幼馴染の有希子が死んだ。

 真夜中に自宅が火事になり、二階で寝ていた姉弟のうち、弟は窓から飛び降りて助かったが、有希子は降りることができずにそのまま焼け死んだのだという。

 有希子らしい、と思った。




 有希子に関しての記憶は、幼い頃から常に口に物を入れていた、その一言に尽きる。


「有希ちゃんはね、神様の生まれ変わりなの」


 彼女の母ちゃんはそう言って、有希子にありとあらゆる菓子を与えて続けていた。

 有希子は肥えた身体に赤いポシェットを斜め掛けしていた。膨らんだポーチ部分からいつも飴だのガムだの出してはくちゃくちゃと音を立てて口を動かしていた。


 小学校に上がっても有希子の咀嚼は続いた。先生から注意を受けると母親が飛び出してきて、えらい剣幕で怒鳴り立てていた。


「有希ちゃんは神様の生まれ変わりなんです! 前世で辛い飢餓の修行に耐えて、ようやっと口福期間に入ったんです!

 この子が飽きるまで与え続けなさいというお告げがあったんですッ!」


 初めは何とか説得しようとしていた学校側も、口から泡を飛ばして叫び続ける有希子の母の電波っぷりに、結局『様子を見ながらの指導』という、逃げの姿勢を取ることとなった。


 結果として、有希子は学校でも浮いた存在となってしまった。

 有希子本人がどう思っていたのかは分からない。その頃の俺はクラスの空気を読んで、有希子に近寄らなくなっていたから。

 有希子なりの気遣いだったのだろうか、授業中、彼女が食べているのは匂いのする菓子ではなくおしゃぶり昆布やら干し梅といった地味なつまみ類だった。口に入れられれば何でも良かったのかもしれない。


 中学になると、有希子は引きこもりになった。三年間全く顔を見ることもなく、彼女の二階の部屋のカーテンはいつも引かれたままだった。


 高校になると俺は寮制の進学校に進んだため、有希子の存在自体を忘れてしまった。

 勉強漬けの日々の甲斐あって、俺は希望大学に合格し、それなりに楽しい日々を送っていた。



 二十歳の夏休み、サークルのキャンプで女の子達とバーベキューの肉を買い出しにスーパーに寄ったら、偶然有希子に会った。


「久しぶり」


 俺の声に有希子の身体がびくり、と震えた。

 成人した彼女は立派な肥満体になっていた。

 相変わらず菓子漬けの日々なのだろう、声を掛けるまでガムでも頬張っていたらしくもごもごと顎が動いていたし、買い物かごの中もスナック菓子やジュースが入っていた。


「相変わらずだな、神様」


 女の子達の手前もあり、俺はからかってそう呼んでみた。

 有希子は俯くと、黙って俺達の前から去った。


 

 そうして数日後に、有希子は死んだ。



「――あの子は、また、修行に出たんです」


 葬式の時、有希子の母ちゃんがそう呟いていた。











お付き合いいただきありがとうございました。

連載作品に集中するため、掌編小箱は今回でいったん完結という形をとらせていただきます。

即興小説のお題を制限時間内で消化をするのは、毎回非常にスリリングで楽しかったです。


こちらに投稿した作品のうち、

「鈴姫」

「しがない辺境警備兵のはなし」

「NIGHT TEA」

「Lonely and lonely」

は、連載作品として完結させましたので、よろしければそちらも楽しんでいただければ幸いです。


読んでいただいた方に、どれかひとつでも気に入った作品があればいいなと願っています。

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