ゼリー男
お題:憧れの食堂 制限時間:15分 を調整しました
目覚めると、身体がゼリー状になっていた。
「……なんだこれは」
惨状を目にし震えていると後輩が瓶底眼鏡を押し上げながら、
「あーあー、やっちゃった」
と変な調子をつけて歌った。
「こんなの嘘だ、嘘に決まってる……」
昨夜の実験に不備なんてなかったはずだ。
呻く俺を後ろに、後輩はひとり傍観者面で呟く。
「現実見ましょうぜ、先輩」
俺達は硬化物質を軟化させる薬品を研究していた。少しずつ研究成果が出始めて夢中になり、ここ三日ほど徹夜状態が続いていた。シャーレに鉄片やクリスタルを入れサンプルA~Hまでの配合率の違う薬品を投入してデータを取っていたのだが。
「なあ……Hの瓶が空なのはどうしてだ」
秩序よく並んだ琥珀色の液体瓶8本のうち、最後の『H』のラベルが貼られたそれだけがすっからかんだ。
「ああ、そうか。先輩、昨夜は何をどれだけ呑みました?」
「ウィスキーをロックで3杯」
「全く減ってませんぜ」
指差しされて目をやると、棚に買い置きしている安ウィスキーが買った状態のまま置いてあった。
空になったHの瓶。
中身は同じ琥珀色。
徹夜三日目の朦朧とした頭で呑んだその味は、いつもと違ってぴりりとしていた……。
ざああっ
俺の感情に合わせて、透明だったゼリーの身体が真っ青に変化する。
「あーあー、やっちゃった」
調子っぱずれの音階で再び後輩が歌った。
――俺は、ゼリー人間になってしまった。
「しっかし、これってまるで……」
白衣のポケットに手を入れたまますぐ傍まで来ると、ぷに、と後輩は俺の頬をつついた。ぶるんっ、と揺れるその動きを嬉しそうに見つめた後、
はむ
と、後輩は俺の頬を甘噛みした。
「うわっ」
驚いてのけぞると、身体がさざ波のように揺れた。
「あ、やっぱ似てる。
先輩、こんにゃくゼリーに味も固さもそっくり」
ぺろりと舌を出して満足そうな後輩に、
「お前なあ! 仮にも女ならもっと慎みを知れ!」
と俺は赤黒く変色して怒鳴ってしまった。
「そんなのどーだっていいじゃないですか。
昔から大好きなこんにゃくゼリーを一度でいいから腹いっぱい食べてみたいと思ってたんですよね」
瓶底眼鏡をずり下げて、後輩は俺を嬉しげな目で見て近寄ってくる。
「やめろ……」
ぶるぶると揺れながら逃げ出そうとした俺を、ふにゃん、と柔らかな身体が覆う。
「んでは、いただきまーす」
「やめれー!!!」
俺は後輩を突き飛ばそうとしたが、全身がゼリー状になっているため全く力が入らなかった。それどころか、互いに勢い良く力が入ったため、結果的に彼女の身体を深く包み込むような形になってしまった。
はむはむと彼女が俺の身体を齧り、その都度不思議と痛みよりも快楽に近い感情が生まれる。
「ちょ……やめろ……」
「もぐもぐ。先輩、おいしいです」
「は……くぅっ……」
「ぶどう味に似てます」
「……あ……あ……っ」
その後、文字通り俺はおいしく後輩に食べられてしまった。
齧られた部分は丸一日かけて再生したので、問題ない。
問題は。
「これでいつでも先輩食べ放題ですね」
「やめれ」
瓶底眼鏡を光らせて俺を見る後輩に、少々きゅんとしてしまっている俺の心だ。
Twitterにて『#あなたの言葉に続きを考える』というハッシュタグ。
『朝起きるとこんにゃくゼリーになっていた』
というお題を出した自分に、フォロワーさんが
>「現実見ましょうぜ、先輩」
までを返信してくださったので(執筆にあたり微調整)、
その設定で書かせていただきました。




