赤猫と奇術師
あら、こんばんは。この店は初めて?
そう、旅人さんなの。どちらから?
ふぅん、そう。それは随分と遠くから……。
この紙細工いただけるの?これ何の鳥かしら……『ツル』?
ツル、初めて聞く名前。これ一枚の紙でできているの? 本当?
まあ。ふふ、ありがとう。見た目は女の武器だもの、褒められて悪い気はしないわ。
え? 探し人をしているの?
…………いいえ。いいえ、何処にいるのか知らないわ。
むしろ、あたしが教えてほしいくらい。
あたしね、これでも昔は盗賊をしていたの。
大丈夫そんな顔しないで、今ではすっかり足を洗っているから。
手先が器用だったのと多少武術に自信があったから、下町育ちであたしと同じく身よりの無い子ども達を食べさせてやるにはそうするしかなかったの。
ほら、あたしの髪って赤毛でしょ? マスクはしていても結わえずに背に流していたものだから『赤猫』って名がついて、そこそこ知られた盗賊になっていた。
その奇術師に会ったのは2年前の冬。
彼はひょろりと背が高くて水色と白のストライプ・スーツを着ていた。頭にはへんてこなシルクハット、白手袋が握っていたのは大きな大きなトランク・ケース。
「おい、そこの男、荷物を置いていきな!」
ひとけの無い街はずれ。あたしの声にぴょん、と飛び上がって彼は振り向いた。
「おお、お美しいお嬢さん、これはこれはデートのお誘いで?」
「馬鹿にすんじゃないよ、これが見えないのかい?」
あたしがひらひらと振って見せた剣を見て、
「なんと物騒顔面蒼白!」
って答えながら、彼はシルクハットを脱いで胸に抱えた。
「私はしがない奇術師です。あちらこちらを旅して回り、世界の狭間を渡り歩く。
麗しいお嬢さん、あなたに剣は似合いませんよ」
「てめェ、馬鹿にしやがって!」
腹が立ったあたしは彼に突っ込んでいったけど、
「おお怖い!」
「おお、おお、恐怖!」
そんな台詞を言いながら、ひょいひょいと身をすくませるようにして攻撃は全てかわされた。
「お嬢さん(ひょい)、そんな事をしなくても(ひょい)、ワタクシ、あなたに荷物を(ひょい)差し上げますよ(ひょひょい)」
あまりにも軽妙に避けられたもんだから、あたしも頭に血が上って、
「そんならさっさと中身を出しな!」
って、叫んでしまった。
「はいはいすぐに、今すぐに」
奇術師がトランクの留め具をぱちんとひねり、蓋をぱかっと開いたら、
――中身はからっぽだった。
「おい、何も入ってないぞ!」
「いやいやほうら、よくごらんなさいこの奥を」
そう言われ、剣を突きつけたまま覗いてみれば、奥にぎっしりと金貨が詰まっているのが見えたわ。
やった! これであの子たちに御馳走を食べさせてやれる!
そう思って喜んでいたから、油断していたんでしょうね。
気が付けはあたしは彼にキスされていた。
「それではそれでは良い夢を。またお会いしましょう、お嬢さん」
そうしてがっぽりと、あたしは頭から開いたトランクを被せられた。
で、気が付けば、この街にあたしは転がっていたというわけ。
ああ、やっぱりあんたも飛ばされてきたの?
仕方ないわね。こうなったら、二人で手分けしてゆっくりと探しましょ。
だって彼、「また会う」って言ったじゃない?
――ファースト・キスだったの。
ええそうね、あたしの方が盗まれちゃったんでしょうね、あの奇術師に。
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