かまし屋
『ねーSPICE5、生きることすら面倒な電話番と全力で捨て身の笑いを狙ってくる美女が、期間限定の恋人として振る舞う話書いてー』 http://shindanmaker.com/151526
と診断結果で言われたので、
即興小説トレーニングhttp://sokkyo-shosetsu.com/と同時進行して、
お題:幸福な冤罪 制限時間:30分
に挑戦したのですが、タイムアウトして終了していました。
今回、お尻の部分を付け足してそれなりの形に整えてみました。
「ねえダーリンッ! 見て見てえっ♡」
いくら聞こえないフリをしていても彼女は執拗といってもいいくらい同じ台詞を繰り返す。どこまで言い続けられるか暫く数を数えていたが、テンションの高いその声を延々聞き続ける羽目になる方がストレスになると僕は結論づけ、ようやく彼女の方を振り向いた。
彼女は大きな布団を頭上に抱えて立っていた。
「ふとんがぁ~……ハアッ!」
ぶんっ、と腕を振り上げ金と赤の折り鶴の柄の掛け布団を放り上げる。
「ふっとんだあああ!!!」
絶叫と共にぼすん、と布団が落ちた。
「ハイッ! 布団がフットンダ! 布団がフットンダ! ハイッハイッ」
白けた顔で眺めていても髪を振り乱して踊る彼女の勢いは止まることなく、終いには、
「ねっ? フントにフトンがフットンだ、でっしょおおおお?」
とずずい、と僕の顔を覗き込んできた。怖い。
チーン
金属製のベルによるタイマー音と共にジリリリン、と黒電話のベルが鳴る。
かちゃ、と持ち上げ受話器を耳に当てると、
『――どうだ、今のギャグは』
と低い声で尋ねられた。
「糞つまらないです」
チン、と僕は受話器を置き、正座の痺れを取るべく足を組み替えた。
「ねえっ、ダーリンこっち見てええッ」
絶叫にうんざりしながら振り返る。
「ほら! ほらほらほら!」
彼女に方にプチトマトが乗っていた。よく見るとご丁寧に一昔前の少女漫画のような顔が白目を剥いた表情で描かれている。
「トマトがああああああッ……」
ここで彼女は息を止めると、シャキーン! とグリコのポーズのような動きを取った。
「トマットおおおおおおおおおおおっっ! ハイッ! トマトがとまっとう! トマトがとまっとう! ハイッハイッ」
最後の掛け声は毎回付くのだろうか。
黙って見ていると、
「ハイこっちはダーリン用!」
と大きなトマトを肩に乗せられた。気持ちよさげな男性の表情が油性マジックで描かれている。
「ほらっ! ダーリンにも! トマトがとまっとう! トマトがとまっとう! ハイッハイッ」
「……『とまっとう』って、何」
僕の質問に、彼女は肩のプチトマトと同じ表情をした。
「しまったあああああああああああああ!『とまっとう』は私の故郷の方言だったあああああああああああ!
寄ってこのギャグは通用しない!」
うわああああ
頭を抱えて掻き毟る彼女の横で、チーン、とベルの音が鳴り、再び電話がジリリリン、と鳴った。
『――今回はどうだ』
「無駄ですよ」
僕は髪を掻き上げながら溜め息を付いた。
「あの、いくらこんな事をしたところでお嬢さんの記憶は戻らないでしょうし、僕も笑う事はありませんから。笑うってですね、実際体力を使うものなんですよ」
受話器の向こうからは何も言ってこない。
どうやらこの拷問は、まだ終わらせてもらえないらしい。
僕はただのしがないフリーターだった。
ただひたすらやる気が無く、いつもどんより疲れていた。
「眠そう」
「だるそう」
僕を見て大抵の人はそう形容する。そんな風貌と態度だったから、誰も積極的に僕に関わってこようなんてしなかった。今までは。
彼女に会ったのは病院の待合室だった。
ああ、綺麗な人だと、初めはそう思った。黒髪が腰まで落ち、静かな物腰のその美女は受付で何か話しているようだった。
彼女が振り向き、歩き出す。なんとなしにそれを見ていたら、目があった。
「! ダーーーリンッ!」
輝くような笑顔と共に突如彼女が僕に抱き付く。
そして、今やこのザマだ。
彼女はこの国のとあるお偉いさんの一人娘らしい。
彼女がかかった病は、記憶喪失に起因する歪んだ愛情表現だった。とにかく好きになった相手を笑わせたいと、渾身のギャグをかます、世界でも数例しか報告されていない「かまし病」という奇病にかかってしまったのだと、そう聞いた。
「かまし病を治すには恋を成就させるしかない。
何故君のような男が選ばれたのかは分からないが、仕方が無い。君には彼女が繰り出すギャグの数々に盛大に笑ってもらい、その笑顔で彼女の病を癒してもらう」
連れ去られ、そう言い渡されてやって来たのは、小さな木造アパートの一室だった。当時としてはとても珍しい監視カメラが取り付けられたのが何ともちぐはぐで滑稽だった。
そうして僕はスーツ姿の男達の前で契約書にサインをさせられた。
一つ、彼女と愛を育むこと。ただし、肉体関係は持ってならない。
一つ、彼女のギャグを笑うこと。大げさなくらい笑い転げると尚良し。
一つ、監視カメラにてギャグを確認できたら電話をかけるので笑えたかどうか逐一報告すること。
こういった、実にくだらない事柄がずらずらといくつも書かれていた。その代わり、補助金は幾らでも出すと約束してくれたので、しがない小説家希望の僕は、安心して執筆に励むことにした。
美人さんの捨て身のギャグを眺め、かかってくる電話を取る。ただそれだけの、実に簡単なお仕事だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
夜になり、薄い布団を並べて横になる。隣で彼女が泣きそうな声で僕に謝ってくる。
「わた、私、あなたに酷い事をしたわ……」
「いや。別に悪くない生活だよ。金の為にアルバイトをしなくても済むし」
僕はのんびりと答えたつもりだったが、彼女は言葉通りに受け取ってはいないようだった。
「私、自立してみたかったの。恋というものを知って、好きな人と一度でいいから普通に暮らしてみたかったの」
全ては彼女の演技から始まったと聞いたのは、昨日の夜だった。
監視カメラに届かないよう、とてもとても小さな掠れ声で語ってくれたのは、世間知らずのお嬢様の外への憧れが起因だった。かまし病という病気を知り、
だったらそれにかかったことにすれば、好きな人といられるんじゃない?
あら、でも私、好きな人っていないわ、どうしましょう。
まあ、そのうちに見つかるでしょう。
そうやって、たまたま捕まってしまったのが僕だったらしい。
「あなたって、なんだかとても眠そうで、ぼーっとしていたから、まあ、大丈夫かなって……」
何が大丈夫なのか問いただしてみたい気もしたが、それすらもめんどくさかった。
「もう寝ましょうや」
目を閉じ、彼女に背を向けようとしたところで、そっと手を掴まれた。
「あの、私が寝るまで、こうしていてもいいでしょうか。手を繋いで寝るのって憧れだったんです」
「はあ……どうぞ」
「ありがとうございます」
豆電球の明かりの下、手を繋いで眠るプラトニックな男女。監視カメラ付き。
こうして、僕と彼女の奇妙で短い新婚生活が始まったのだった。




