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インスタント人魚

お題:優秀な熱帯魚 制限時間:30分

即興小説トレーニングhttp://sokkyo-shosetsu.com/


 カードキーを通しセキュリティを解除する。

 コツコツと冷たい音を立てながら懐中電灯で腕時計を確認。時刻は23:58。今日も時間通りに来れた。

 胸をときめかせながら近付くその先にあるのは、大きな大きな水槽が一つ。

 僅かにハッカのような香りがするたっぷりと入った水の中には、何もいない。

 いや、何もいないというのは嘘だ。

 小さな赤いフリルの熱帯魚が一匹。

 あまりに大きな水槽のせいで、鮮やかな筈のそのハイビスカスのような尾びれは今は全く目立たない。

「――やあ」

 僕は分厚いガラス越しに熱帯魚に挨拶をする。

 ぷくり、と小さなあぶくを出して熱帯魚も挨拶をする。そう、これは紛れもない親愛の仕草。

 時計を見直す。23:59。

 僕はコツコツと後ろに下がり、腰に当たったテーブルに尻をもたれさせながら今から起こるショーに備える。


 24:00。


 ふわり、と尾びれが光りだす。腰を振る度それは広がり、ふわりふわりふわり……とあっという間に大量の緑がかった光のヴェールが竜巻に近い形を持った。

 そうして、その中に彼女はいた。

 上半身は裸で腰から下は鮮やかな緋色の尾びれを持つ、美しい人魚。

「――こんばんは」

 トクトクと早まる鼓動を鎮めながら僕は人魚に話しかける。

 ぷくり、と人魚は口からあぶくを出し、僕の近くに移動した。

「いつ見ても、君は本当に綺麗だね」

 人間相手ならば決して言えやしない台詞も、この子にならば滑らかに口から溢れ落ちる。

「今の僕の生きる糧は、毎夜こうして君に会う事だ」

 ガラスに近付けた顔の前に、彼女も顔を近付ける。そうして、どちらからともなくキスをする。とても冷たい、ガラス越しのキス。

 こうして僕らはいつも、僅かな時を二人きりで過ごす。手を重ね、唇を重ね、触れることのできない互いの髪や乳房をガラス越しになぞり合い、僕らは愛を確認する。

「愛してるよ」

 僕の言葉に彼女は微笑む。

 きっと意味なんて分かっていない。けれど、それでいい。言葉なんて僕らには必要ないのだから。


 24:15。


 彼女の身体が再び光りだす。悲しげに眉をひそめるその唇をもう一度指でなぞり、僕はゆっくり手を振り微笑む。彼女が微笑み返すのを最後に、緋色の人魚の身体は消えた。

 ――やがて水槽に残るのは、小さな小さな赤い尾ひれの熱帯魚。



 ガードマンである僕だけが知る、毎夜15分の秘密の逢瀬。


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