小さな魔女と王宮魔法師
制限時間30分、お題は「男の魔法使い」でした。
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「ほら、僕の手を取って」
彼が差し伸べたその形の良い指に彼女はおずおずと手を差し伸べかけ、ハッとしたように引っ込めました。
「どうしたの? 喉が渇いているのでは?」
そうでした。
彼女はからからに喉が干からび、猛烈な乾きに苦しんでいるところなのでした。
街から遠く遠く離れた砂漠の中、旅をしていたこの若い魔女は迂闊にも水袋に穴が空いていたことに気が付かぬままでした。引き返せない所まできてようやく気付いたものの、既に力が入らず飛ぶこともかなわず、フラフラと倒れかけていたところをこの若者が通りかかり手を差し伸べてくれたのでした。
ああ、その名を聞かずとも美しい装束を見れば分かります。澄んだ水晶のような外套を羽織った優雅な姿は、この国の貴族や魔法師ならば皆知っていますから。
「ああ、失敬。名を名乗るべきだったかな。僕はヴィリアード・ロドラック。一応、王宮魔法師だ」
「って……ます……」
乾きにもつれる舌を懸命に動かしながら、魔女は言葉を発しました。
「で、も……わ、わたし……くい……か、ら」
恥ずかしさと眩しさに俯きながら、彼女はそれだけを伝え、後は何も言えませんでした。
ロドラックは聞き返しませんでした。干からびた喉が震えたそのつたない言葉は、彼の耳にきちんと届いていましたから。
「何を馬鹿な事を」
ロドラックは呟くとしゃがみ込み、彼女の皺だらけの指をしっかりと掴みました。そうして目を閉じ、ぶつぶつと何事か唱えると――。
キン
カラン
コロン
涼しげな音と共にころころと大量の氷の粒が降り注いできました。ロドラックは外套の下から革の袋を出すと、氷片が溢れ出るまで大きくその口を広げていました。やがて革袋がいっぱいになると、砂を堀ってそれを口元まで埋めました。熱く熱を持った砂はすぐに氷を溶かしましたので、革袋の中は冷たい水でいっぱいになりました。
「――ほら、飲みなさい」
ロドラックは魔女を抱き起こすと、革袋を割れた唇につけました。
魔女は震えながら少しずつそれを飲みました。飲みながら、知らずのうちに目元を歪ませていました。
やがて、革袋が空になった頃、ようやく潤った喉を抑えながら、
「――も、だいじょうぶ、です」
と魔女は弱々しく身体を起こしました。そのまま立ち上がろうとしてよろめきましたので、ロドラックは驚いてその身体を抱きとめました。
「君、無理をしてはいけない。王宮の医務室まで僕が送ってあげるから、力を抜きなさい」
「い……え、けっこう、です。だって……」
「――『わたしは、みにくいから』って?」
声無き声で紡いだ言葉を、憮然とした表情でロドラックは繰り返しました。
「助けるのに綺麗も醜いもあるものか。絶対に連れて帰るからな」
骨と皮ばかりの軽い身体を抱くと、ロドラックは立ち上がり、宙に浮かびました。
「それに」
付け加えるように顔を覗き込むと、
「君は醜くなんかない」
優しい声で囁きました。
醜い魔女は枯れ果てたと思っていた涙を一筋流しました。
そうして二人は、宙に消えたのでした。




