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新妻ユリエの晩御飯

制限時間30分、お題は「限りなく透明に近い夕食」でした。


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「ただいまー……」

 誰もいないと知っている玄関にいつもの癖で声をかけ、あたしは踵のよれたパンプスを脱いだ。

 手にした紙袋を一旦リビングのローテーブルまで持っていって置くと、玄関傍のキッチンに戻り電気を点ける。

 シンクに溜まった朝食の食器をは見なかったことにして、蛇口を捻ると備え付けの浄水器から溢れ出る水をケトルに注ぎ、コンロにセットした。

 ストッキングを脱ぐついでにぴっちりとウエストを締め付けていたガードルと、それからタイトなスカートも一緒にずるりと降ろす。トップスも脱ぎ捨てる頃にはケトルの口から吹き上げる湯気がピーピーとうるさく音をたてていた。

「はいはいはいはい」

 かちり、と火を止めると、戸棚からコーヒー豆の後ろに隠しているインスタントコーヒーの瓶を取り出し、あたしはマグカップを探した。これこれ。中学の修学旅行の時に買って以来、壊れもせずに使っているだっさいご当地マグ。

 コーヒーにミルクパウダーと砂糖をたっぷりと追加し、ぐるぐるかき混ぜるとスプーンを舐めてポイッとシンクに放り投げた。かしゃーん、という音を背に、あちち、と言いながらカップを抱えてローテーブルに潜り込む。

「じゃ、いっただきまーす」

 ガサガサと紙袋から取り出したのは、Mバーガーのダブルチーズバーガーとポテト、それからアップルパイ。一番家に近い店からテイクアウトしてきたから、どれもまだホカホカと温かい。

「んー、うまっ」

 わざと口元をべたべたにしながら、あたしはせっせと食べ進める。良く噛まずに飲み込もう、テレビを観ながらガハハと笑い、そういえば、ポテトをシェイクに付けて食べるのもウマイって聞いたなー、と思い出す。

 手に付いたソースはそのまま裸の腹に擦り付けた。どうせこの後シャワーするのだ。


 ピピピ、ピピピ


 ケータイの着信音と共に画面に現れた名前を見て、あたしは焦る。口に残ったポテトをコーヒーで流し込もうとして「あちっ!」と叫びつつも急いで取る。

「あ、もしもしー? どしたのー?」

 旦那からの電話は、今夜は思ったより早く終わりそうだからやっぱり会社に止まらず家に帰ってくるというものだった。

「あ、うん。はーい、りょーかーい。うん、ご飯何でもいい? オッケー、じゃ、また後でね。

 気を付けて帰ってきてねー」


 ピッ


「ッゲー! やっべええええ、ぜんっぜん片付けてねえし買い物もしてきてねえよ!

 旦那、なんで帰ってくんだよ! 今日泊りって言ってただろーッ!?」

 うがあああっと頭を掻きむしりながら、あたしはテレビを消してコンポを起動し、BGMをゲーム音楽のラスボス戦にセットした。

 ズズズン、ズズズン、ズズズン、ズズズン

「うおおおおお、テンション上がってきたあああ!

 できるできる、あたしはできる、旦那が帰宅するまであと40分!

 本気になれば何でもできる!」

 あたしは絶叫しながら鼻息も荒く片付けを開始した。



「ただいまー」

「あ、おかえりなさーい♡」

 ふらふらと帰宅した旦那は、鼻をヒクつかせて

「肉じゃがかあ」

 と呟いた。

「うんっ、ごめんね、急だったから牛肉買ってなくて冷凍してたひき肉なんだけど。糸こんにゃくも無かったし」

「いや、食えりゃあ何だっていい」

 旦那はシャワーを浴び終わるとビールを片手にあたしの作った夕食を食べた。

「はい、これデザート」

「何これ」

「アップルパイ。Mバーガーのなんだけど、たまにはこういうチープなのもいいかなって」

 あたしはにっこりしながら半分にカットしたアップルパイを挽きたてのコーヒーを入れたアンティークのファイヤーキングのカップと共に差し出した。

「お前がこういうの買うのって珍しいな」

「たまには、いいでしょ」

 あたしはお揃いのカップに口を付けながらウインクした。


 そう、たまには悪くない。

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