甘党男
制限時間1時間、お題は「真紅の怒りをまといし夫」でした(どんなお題)
前半30分席を外す羽目になったため、後半死に物狂いで追い上げました。残り0.03秒でラスト一文字。ヒー!
■即興小説http://sokkyo-shosetsu.com/
……っざけんな。
俺は冷蔵庫の扉を握り締めたままワナワナと手を震わせた。
ふざけんな、こちとら会社で朝から晩までハードワーク三昧なんだ。
なのに、お前は何だ?
「いってらっしゃい」の見送りもせずガーガー寝こけて、俺が帰宅してからようやく渋々晩飯を作り出す。
いや、そりゃ俺だって分かってるよ。
子どもは二才の悪戯盛りだ、相手するのも大変だろうし片付けだってままならないだろう。
だがな! へとへとの身体で玄関を開けて初めに見るのが朝と同じ場所にある洗濯物の山ってどういうことなんだよ。膨らんだ紙オムツ放置すんなよ。
まあ、それもとやかくは言わない。疲れていればやる気も起きにくいだろう。
だがな、だがなあ……!
「ちょっとー、ドア閉めてよ。電気代のムダじゃん」
イライラした調子でテレビを観ていた妻に言われた瞬間、俺はブチ切れてしまった。
「おまええええええええええっ!
ここに隠しといたダックワーズとカヌレ、どうしたあああああああッ」
「え、食べたけど」
悪びれもせずに答えた妻にぐわああっ!と憤怒の顔を向け俺は口を開いた。
――が、結局何も言えなかった。
「は? 何その顔ウザッ」
妻は馬鹿にした顔で呟くと面倒くさそうに立ち上がり、「どいて」と冷蔵庫を占拠した。俺の晩飯の支度をするのだろう。
冷蔵庫をガサゴソと調べる妻の後ろで、俺は仁王立ちしていた。
俺は怒ってるんだぞ、一家の大黒柱なんだぞ!
が、必死のオーラ虚しく「どいて」と妻は再び俺を押しやるとキッチンにどさりと材料を置いた。
「今夜はカレー」
その一言以外、謝罪も何も無かった。
俺は鞄から財布を抜き取ると、玄関に向かった。
時計を見ればもうとっくに近所のケーキ屋は閉まっている時間だった。
「……くしょう」
ポケットに手を突っ込み未練がましく俺は呟く。
あの二つの菓子を手に入れるのに、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ。
俺は菓子をこよなく愛している。
菓子といってもその愛の対象は駄菓子や袋入りスナックなどでは断じて無い。
ケーキ屋――いや、今時の言葉で言えばパティスリーか――の菓子やケーキが大好きなのだ。
独身の頃の趣味は、休日のパン屋やケーキ屋を巡りブログにアップをすることだった。男なのに趣味が女性目線で、体型維持の為にジムにも通っていたため筋肉質だった俺は、それなりにブログのアクセス数も稼いでいたし、オフ会でも女性ウケしていた。ちなみに今の妻もオフ会で知り合った。
だが、結婚、出産と環境が変化するうちに妻の俺の趣味への風当たりがだんだんと強くなっていった。
「あのさ、そろそろブログ止めたら?」
ある時うんざりしたように言われ、俺はカチンときたが争いは好まぬ性格だったため理由を尋ねてみた。
「だって、アンタがいっつも買ってるケーキや焼き菓子やパンって高いヤツばっかじゃん。はっきり言ってさあ、今のうちの経済状況に見合ってないっつの。
知らない人に見せる為に見栄張ってるだけじゃん」
思い出して俺はグッと拳を握り締める。
悪かったな安月給で。
けどなあ、俺だって昔みたいに給料の半分近くを食べ歩きに使ったりはしてないんだ。たまにの楽しみに2、3個買ってるだけじゃないか。
イライラしながら歩くうちに、ファミレスの看板が見えてきた。
途端に、酷い疲れと空腹だった事を思い出す。
「今夜はカレー」
妻の台詞を思い出したが、勝手に菓子を食われた悔しさを思い出し、おれはファミレスに一人で入っていった。
セルフで水を汲んでくるとそれをちびちび飲みながらメニューに目を通す。
暫く眺めてからステーキセットを頼み、ケータイを取り出し、ブログをチェックする。ああ、前回の更新からもう5日が経つのか。今日こそ更新したかったなあ……。
くそ、あのカヌレとダックワーズ。
料理が運ばれてきたため俺は黙々と飯を食った。安い肉らしく筋が固い。噛んでも噛んでも飲み込めない。付け合せのソテーは油まみれでやたらと甘い。
味噌汁は赤だしか。俺赤だし苦手なんだよなあ。
何だかんだで腹を膨らませ、メニュー表をもう一度広げなおす。
おっ、意外とデザートは充実してるな。けど、さっきの料理レベルからいってあまり期待はできそうにない。
ああ、昔ながらのチョコレートパフェってやつか。
俺はチャイムを押すとウエイトレスにパフェを頼んだ。
やってきたパフェを暫く観察する。
やっぱり見るからに安っぽい。てっぺんは俺の嫌いなシロップ漬けのピンクのチェリー、それから缶詰のミカンとバナナ。ホイップクリームの上にだらりとかかったチョコレートソースが全く美しくない。
丸くくり抜かれたチョコアイスの下には再びチョコソースが絡んだコーンフレーク、それから何だこれは寒天かゼリーか。
専用の細いスプーンを使って掘り食べる。
想像通りの味だ。何一つ感動もしなければ幸せな気分にもなれない。
こんなことなら、昨日のうちにあの菓子達を食べておけば良かった……。
ふと、斜め向かいの席を見た。
家族連れが晩飯を食っている。父親は俺と同じステーキセット、母親は子どもの遺したお子様ランチの残りをつつき、その隣でこどもは顔をべたべたに汚しながらチョコレートパフェを食っていた。
実に安っぽい、どこにでもある家族のどこにでもある光景だ。
嬉し気ににこにこ笑いやがって。
俺は立ち上がると金を払って外に出た。
帰りにコンビニに寄って市販のプリンを3個買った。
今夜は3人で食べようと思う。




