ロボットは製作者の夢をみるか?
制限時間1時間、お題は「腐った愛」でした。
■即興小説http://sokkyo-shosetsu.com/
「こんにちは」
「コンニチハ」
「きょうも いい てんき ですね」
「キョオ ビビ テキ デスネ」
(まだまだだな……)
一通り今日の会話学習を終了し、僕は目の前の彼の頭を撫でながら
「上手に出来たね」
と労を労う。
コーヒーでもいれようと立ち上がる。思いつき、ふと
「君も飲むかい?」
と尋ねてみる。
「ハイ」
という言葉に頷き、僕は冷凍庫から豆を取り出すと銀色の手動ミルに入れた。
ガリガリとレバーを回すと香ばしい香りが辺りに広がる。
「いい匂いだね」
「イイ ニオイ」
この些細なやり取りは意地悪のうちに入るのだろうか。
――僕の恋人は新品の機械でできている。
彼を作り始めたのはくだらない理由からだった。
『ロボットと恋をすることは可能だろうか』
これまでのロボットは作業効率向上の為一部を特化したパーツの塊、もしくは若い女性や動物等可愛らしいフォルムの愛玩人形代わりのものが主流だった。
反骨精神溢れる僕は特に同性愛者でなかったのにも関わらず、こうして中年男のロボットを制作してしまった。
だって、可愛い女の子ならこちらから相手に恋をすることは簡単だ。理想の外見なんて初めからときめく目的で作られるものなのだ。
今の僕が求めているのはそんなことではない。
相手からもこちらを求めさせる、両思いの恋なのだ。
ロボットが心を持つなんてそう簡単にいかないことは分かっている。
これは長期戦だ。
僕が死ぬまでに相手に心を持たせ、尚且つ恋をさせることができれば僕の挑戦は成功となる。それだけ長いこと相手をしていれば、こちらも情を持つ事は可能になっているかもしれない。そう、恋というよりそれは家族愛に近いのかもしれないけれど。
けれど、心無い相手に早々に片想いなんてするのはごめんだ。
想うより想われた方が楽だ。
だから、同性の中年を選んだ。
コーヒーをいれ終わり、マグカップを両手に持って戻る。
「はい、これは君の分」
目の前にことん、と青いマグカップを置くと、彼はそれをじっと興味深げに眺めた。
僕は向かい合って座ると、コーヒーを啜りながらそんな彼を観察する。
眼鏡の曇る向こうに、マグを手にして真似ようとする男の姿が見える。
「そういえば、君に名前を付けてなかったな。
恋人であれば名前を呼ばなきゃ」
「ナマエ」
「そうだな……じゃあ、マグカップ持ってるから『マグ』」
「マグ」
「そう、君の名は今からマグだ。
僕は圭一」
「ケイイチ」
「そう、圭一」
「ケイイチ。マグ」
目の前に座りブツブツと名を繰り返すと、男は僕の真似をしてマグカップを口元に運んだ。
「美味しいかい?」
「オイシイ?」
「好きかどうか、ってことだよ。まあ、味は分からないだろうけど」
彼の口にはチューブを接続されていて、擬似飲食ができるようになっている。最も、それはコミュニケーション相手の為の自己満足機能であり、マグ本人が味を楽しむことなんてできない。
「マグ。僕と一緒に恋ができるか、今日から毎日練習してみよう」
「コイ?」
「まあ、今の君には分からない感情だよ」
僕はマグカップをコトン、と置くと「おいで」とマグを呼んだ。
マグは立ち上がると素直に僕の傍に来た。当たり前だ。彼はロボットなのだから命令と判断すればどんなことにも応じる。
僕は立ち上がるとマグと向き合って命令した。
「マグ、僕を痛くないように抱きしめてみて」
マグは「痛くないように」の基準を暫し考えているようだった。やがて、ゆっくりした動作で屈み込みながら、マグが僕の身体に手を伸ばす。
ギギギ……
行われたそれは、抱擁というにはあまりにもぎこちないものだった。
「よくできたね」
僕はマグの頭を撫で、その冷たい唇にキスをした。
生理的嫌悪感は無い。中年男性とはいえマグの顔立ちは端正にしているから。
「これが、キスだ」
「キス?」
「そう、好きだという気持ちの表現の一つだよ。僕達は恋人同士だからね」
「コイビビビ・ト」
「『愛してるよ、マグ』
こうして、言葉をかけて名前を呼び合うのもスキンシップの一つだ。
やってごらん」
マグはピ、と了承音を鳴らすと、僕に手を回したまま唇を寄せた。
「アイテテル ケイイチ」
あまり上手く話せないくせに、マグは僕の名前は綺麗に発音した。
向けられる感情が偽りでなくなるのはいつの日になるのか。
「マグ、これからたくさん恋人の事を教えてあげるよ」
「ハイ」
「愛してるよ、マグ」
偽りの言葉でも雨を降らせていれば、種を芽吹く力になるだろうか。
「ワタシシ モ オイシイデス、ケイイチ」
マグの学習能力に僕は笑った。




