第二夢:泡沫ノ夢
イヴ「皆さんこんにちは今日はリペアはお留守番です」
剣示「お?イヴここは何する場所なわけ?」
イヴ「あ、マスターお久しぶりー。ここは自己紹介する場所みたいだよ」
剣示「ほほぅ。いつからそんなもんが出来たんだかしらんが、大体そういうのって俺が一番に紹介されんじゃねぇの?」
イヴ「・・・さあ?・・・ごめんマスター・・・今日は私みたい・・・」
剣示「・・・・・・・マジデスカ?」
イヴ「あ、これ読むのね?イヴ。正式名称イーヴァルズグラァックス。現在、相島 剣示をマスターとして世界に顕現している。身長144cm体重34kg。B52W44H49。好きなものはマスター。嫌いなものはマスターに危険をもたらすもの」
剣示「開けっぴろげだなぁイヴ。そういうのは小出しがいいらしいぞ」
イヴ「そうなの?あ。マスターもう終わりみたいだよ」
剣示「マジかよ!?はぇーよ!」
イヴ「しーゆー。皆またね」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「!?」
「くっ!させるかっ!」
ドクン・・・
ああ。俺はどうなったんだろうか?
ドウナッタ?
ドクン。ドクン。ドクンドクン、ドクドクドク・・・
心臓が早鐘のように打ち鳴っている。
俺は殺されてしまったんだろうか?
ダレニ?
体はどこも痛くはない。感覚もないが、それも少しの間に過ぎなかった。
「う・・・あれ?」
夢・・・?
ソウ、ユメダ
剣示は冷たい床の感覚に目を覚ました。朦朧とする意識を必死で繋ぎとめながら辺りを見回すと、そこにはエッジが横たわっていた。
「おい。おい!エッジ!?大丈夫か!?」
「ん・・・はれ?剣示・・・さん?うぅ・・・頭いたぁい・・・」
剣示に起こされ、頭を揺すりながらゆっくりと起き上がってエッジは周りをキョロキョロと見渡す。
「はぁ・・・れ?うーん。やっぱり昨日は飲みすぎましたね・・・二人して酔いつぶれてこんな所に寝てるなんて」
え・・・?
剣示の意識は急に遠退くような奇妙な感覚に襲われた。まるで暗示にかかったような感覚。
「あ、ああ。やっぱり量が過ぎたよな・・・」
「そうですよ。いくら大学の新年会だって言っても飲みすぎでした」
ああ。と剣示は思う。
俺は相島 剣示。22歳。今年で大学4年に上がることになっている、だから就職活動に勤しんでいるところじゃないか。やっぱり飲みすぎたな・・・。
それから隣にいるのはエッジだ。高校の時に出会って、同じ大学に入学してから友達として付き合い始めた。そして最近恋人という関係になったばかりだ。
「わ。バイトっ!?遅刻しちゃう!」
エッジは時計を見て飛び上がりながら慌ただしく支度を始めた。
エッジは近くの喫茶店のウェイトレスのバイトをしている。どうも、そこのマスターの淹れるコーヒーに一目惚れしたらしい。
「じゃ、行って来るね!」
「ああ、行ってらっしゃい」
エッジを見送り、少し寒い部屋のエアコンの温度を上げた。
季節は冬真っ盛りだ。
二日酔いなのだろう、剣示は少し痛む頭を押さえながらもう少ししたら外の空気でも吸いに行こうと思うのだった。
―ハジマリノ冬―
チュンチュンと鳥の囀りで目を覚ませる朝というのはとても良い。
それが真冬で冷たい空気の中で目が覚めたとしても気分がいいものだ。
言うなれば出来たての恋人とのさり気ないキスを交わしたような気分になれる。
「うーん・・・」
剣示は大きく伸びをして半身を起こした。
「ん、あ・・・おはよー剣示さん」
一瞬ぎょっとなる剣示にキョトンとしながらエッジは剣示と同じく半身を起こす。その際体を覆っていた厚手のシーツがハラリと落ちる。全裸だ。
事件デス!ネェサン!
などと姉もいないのに心の中で叫んでいる剣示を他所に、眠そうにふぁーっと欠伸をしているエッジ。
「ん?どしたの?剣示さん?」
「え?え?どしたのと訊かれましても・・・俺ドシタンデスカ?」
思わず棒読み口調で固まる剣示を可笑しそうに見ながらエッジは悪戯っぽく言う。
「どしたって・・・それ私に訊くの?・・・エッチ」
「きゅーんきゅん」
「え?何?剣示さん?」
「うむ、これはな、ハートを射抜かれた効果音だ」
「ぶ。あははははははは」
剣示のいかにも真面目ですといった顔で言う台詞に思わず噴出してしまう。
笑われている剣示もエッジの可笑しそうな顔につられて笑ってしまう。
ひとしきり笑ったところでエッジは不意に微笑んで剣示にキスをする。呆気にとられる剣示にエッジは笑って言う。
「おはようの・・・キス」
剣示は思う。
ああ。愛しい。と・・・。
―剣示失踪から2日目―
「ちょいとイヴさん!私のプリン食べたでしょ!?」
物凄い剣幕でイヴの部屋へと踏み込んできたリペアは開口一番そう言い放った。
「冷蔵庫にあったやつ?」
「そうよ!それ!!」
「2つあったから1つ私のかと思ったの・・・ごめんなさい」
ダンっとイヴの部屋のテーブルに足を乗せ、リペアは叫んだ。
「そうやって素直な子気取ってりゃ読者の好感度上がると思っていってんでしょー!!!」
・・・と、意味不明なことを喚きながらリペアはプリン一個に拘ってイヴに突っかかっている。
「ふぅふぅ・・・もういいですー。はぁはぁ、喚いたら余計疲れた・・・」
「首尾のほうはどうだったの?」
イヴは項垂れながら荒い息をしているリペアに淡々と質問をする。
「はぁはぁ・・・まぁ、ハッキングに魔法文章違法コピー。必要なものはごっそり奪って強盗成功な気分ですよ・・・」
「そう。よかった・・・こっちも見つかったよ。夢幻女子学園、ここが交換留学生制度を実施してる有名な学園みたい」
「お嬢様学校はやめてね?かたくるしーの嫌いなんです」
「残念だけどお嬢様学校と言われてるみたいだし、ここしか交換留学生制度を実施している学校はこの周辺には存在してないみたい」
冷静に事実を述べていくイヴにリペアはこめかみを押さえながら怒りを抑えている。
「人が死ぬ思いでアカシッククロニクレスにハッキングしたってのに、調べるだけ調べてその結果を言って終わりですか!!!!」
やはり怒りを抑えられないタイプらしい・・・。
イヴの方はと言うと何故リペアが怒るのか皆目検討がつかないといった感じでキョトンとしている。
「・・・・」
「はぁはぁ・・・」
「・・・・」
「ふぅふぅ・・・」
暫しのリペアの息遣いだけが聞こえる沈黙の後、ゆっくりとイヴは口を開く。
「なんで怒ってるの?」
「しゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
・・・何も言うまい。
さりとて冬はまだ当分その寒さを誇示し続けるだろう。
この家の住人である、剣示の居ないまるで明かりが消えたかのような寒さも当分癒える事はないのかもしれない・・・。
只、リン・・・とイヴのクビに提げられた鈴1つだけつけられたネックレスが鳴り響いた。
寂しそうに、切ない音色を響かせながら夜は更けていく・・・。
リン・・・
―サクラノイロノナイ春―
春の日差しが心地良い。
鳥の囀りが安らぎを与えてくれる。
春の日の昼過ぎに居間のテーブルにうつ伏せになりながら、剣示は春眠暁を覚えずの気持ちで瞼を接着剤で止められてしまったかのように閉じたままである。
テーブルにうつ伏せた剣示の周りにはレポートと教科書が散らかっている。
カチャっと居間の扉が開く音がし、エッジが買い物袋をもって帰宅した。
剣示の姿を見て、子供を見る母のような表情でクスっと笑い、剣示の耳元にただいまと囁く。
それから剣示が散らかした教科書類を片付け、キッチンへと向った。
トントントン。コトコト・・・ジュウ・・・
そんな音に誘われるかのように剣示は瞼を開く。
外を見るとオレンジ色に染まった景色が見える。
「ああ。寝ちまったのか・・・ってもう夕方!?」
キッチンからエッジが顔を出して微笑む。
「よく寝てたね〜・・・あ、もうすぐご飯出来るからね」
「ああ、ってエッジも起こしてくれればよかったのに・・・」
「だって・・・あんまり気持ちよさそうに寝てるんだもの」
「春だからなぁ・・・」
そう言ってから剣示は不意に気付いたことを口に出した。
「そういえば、桜。見てないなぁ・・・今度花見にでもいこうか?」
「え?・・・うん・・・そう、だね」
ふと悲しそうな、切なそうな顔をしたエッジに剣示は気付くことはなかった。
春は、もう終わりを告げようとしていた・・・。
早足で過ぎ去っていく。全てが夢のように早く、とても早く・・・。
そう。夢のように・・・。