第ご夜:日常よさようなら
嗚呼、何と、何と無慈悲なことだろう。
白い影が言う。否、声というにはあまりにも違う。それは何重にも重なり響く音。
嗚呼、何と、何と狂ったことだろう。
白い影が嘆く。否、嘆きというにはあまりにも違う。それは狂喜にも似た錯乱。
「やめろ」
「何故?」
酷く冷酷に言い放つ銀色の髪の青年の言葉にキョトンとした表情で返す少女。
「やめろ、殺したら俺は、俺は君を許さない」
「許せないのは私のほう。マスター、私は貴方を信じていたのに」
青年の言葉に初めて少女は表情を歪めて言う。
「煩い。お前など消えてしまえばいい」
「私の断片を返して」
「厭だ。これさえあれば彼女が生き返るんだ」
「馬鹿な人。死んだ人間は元のその人間ではなくなるというのに」
呆れ果てたとでもいうかのように少女は青年に手を翳した。
少女の手に光が灯る。破壊を含んだ禍々しい光。
「私は光を容認する闇。光を拒絶する白い闇を開放する人は滅ぼす。単純でしょう?」
「俺はお前の主だろう!俺に歯向かうな!」
「さようなら、マスター」
嗚呼、何と、何と無慈悲なことだろう。
白い影が言う。否、声というにはあまりにも違う。それは何重にも重なり響く音。
嗚呼、何と、何と狂ったことだろう。
白い影が嘆く。否、嘆きというにはあまりにも違う。それは狂喜にも似た錯乱。
「残念だったな。”白き闇”私はお前の名を放ったりしはしない」
少女は口元を歪めて白い影に言い放った。
白い影はもんどりうって消滅していく。少女を愛しむ様に、憎む様に、穢す様に見つめながら。
その少し後、少女の姿も薄っすらと希薄になっていき、最後には完全に消え去ってしまった。
真冬の朝は寒い。とにかく寒い。
休みの日ならば昼間ではベッドの中でゴロゴロしたい所だが生憎と今日は月曜日、一学生は登校するためにベッドとおさらばしなくてはならないのだ。
「くぅ、今日もさみぃなぁ・・・って!うお!?な、ナンデスカ!?」
眠気を堪えて目を開けた剣示の目の前に飛び込んできたのは、イヴの顔のドアップだった。
「マスターを起こそうと思って」
「いや、もうばっちり目が覚めましたよ・・・ありがとう・・・イヴ」
溜息を吐きながら剣示はベッドから這出た。寝巻きを脱ごうと剣示は振り返るとじっと剣示を凝視しているイヴと目が合った。
「イヴ君。着替えるからね」
「うん」
返事をしたが、出て行く気配は一切ない。
「イヴ君。何度も済まないが着替えますよ?」
「うん、分かってるよマスター」
・・・オーケー、分かった。俺のナイスなバデイを見たいのだろう。
「安くはないぜ?」
「何が?」
・・・分かってる、俺今だだ滑りだわ。今のジョークはイヴには高等すぎた。
「イヴ。着替えるとこ見られるとおいちゃんは恥ずかしいなぁと思うのですよ」
「うん、分かった」
そう言うとイヴは素直に部屋の外に出て行った。
・・・人間、ストレートって言う言葉も大事だわ。
切実に思う剣示であった。
剣示は制服に袖を通し、鞄を持ってから居間に下りた。
「おはよーさん」
「おはようお兄ちゃん」
「おはよーです剣示さん」
「おはよう」
「おはよう剣ちゃん」
・・・一気に賑やかになった我が家だ。うーむ新鮮だ。
意外と悪い気はしない剣示だったのだが、気になったのはテーブルに置かれた朝ご飯だった。
「ところで、この物体Xはなんですか?」
「それはイヴちゃんが剣ちゃんのために作った朝ごはんよ」
「うん。よかったら食べて」
そりゃ、気持ち的には良い。大いに良いのだが、肉体的にこの物質を食べてもいいのかと思うのだが・・・。どうだろう、死ぬかな。
もう、元がなんなのか判別するのが不可能なほど黒く炭になり、形は大いに崩れ去っている。
「まぁ、一応訊くけど食べられるものを調理したんだよな?」
「うん。卵と、ウィンナーを焼いたの」
よくもまぁここまで原型を留めない調理ができるものだと、逆に感心してしまうほどの炭だった。
「無理しなくていいよ。自分でも下手だって分かってるから」
そう言ってしゅんと下を向くイヴを見ると、食わなければ死ねと言われているのと同義である。
剣示は覚悟を決めてその物体を口に入れて一噛み。
じゃり。苦い。究極に苦い。苦い以外の味は全くない。
「うわぁよく食べますねぇそれ」
信じられないといった顔でリペアが剣示の母親が作った朝食を口に運んでいる。
「うる・・・さいな。いやぁ、まぁ渋い味でなかなかいける・・・ような気もしないでもないぞ」
じゃり。苦っ
「あ、今、苦って言いましたね?」
「いってねぇよ。単細胞リペア!幻みてんじゃねぇよ」
じゃり。じゃり。じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃりじゃり。
完食。
「うぇ・・・う、うまかったよイヴありがとう」
できればもう二度と作って欲しくはないが。と心の中で思う剣示。
笑顔のイヴが何か言う暇もなく、剣示は逃げるように家を飛び出し学校へと急いだ。
その途中に甘いオレンジジュースと菓子パンを買ったのは言うまでもない。
始業のチャイムがなる十数分前のざわざわした教室。
剣示にとっては恒例の仮眠タイムである。机にうつ伏せになり、即、夢の世界へと誘う睡魔に逆らうことなく落ちようとした寸前で現実へと引き戻される。
「おはよう剣示さん」
「・・・はっ?!」
目を見開いて剣示は声を少しだけ荒げてしまう。
「な、なんでここに!?ってあれ?制服!?」
「おい剣示寝ぼけてんのかぁ?エッジさんはかなり前に転入してきたじゃねぇか何言ってるんだお前は」
と、隣の席の一般生徒(台詞はこれだけ名前すらなし)がそんなことを言ってくる。
「そうですよ。全く、寝ぼけてるんですね?剣示さん」
そう、そこにいたのは紛れも無く、学校指定の制服を着たエッジだった。
頭が整理出来ないまま、最早自分には普通という名の日常は戻ってこないことを確信するのであった。