第3夜:イヴ覚醒
剣示の部屋を出た二人は家々の屋根を利用しながらお互いの距離を取り、睨み合う格好で動きを止めた。
流石に一筋縄じゃあ行かないようだわ・・・この女戦い慣れている。
瞬時にそう悟り、エッジはグラムを右手から左手に持ち替えた。
「御出でなさい!黒き魔剣ストームブリンガー!」
エッジの右手に漆黒の粒子が収束していく。このストームブリンガーを顕現する時はいつも貧血にも似たクラリとする感覚に見舞われる。オリジナルは他者の命を吸い魂を喰らいながらその魔を増大していったと伝えられているものなのだ。
幻想具現で顕現し、オリジナルの闇の部分は大半取り除いてはいるもののやはり魔剣、その魔を完全に取り除くことは不可能らしい。
相手を見据えたまま目を細め焦点を取り戻す。
言うなればこの魔剣顕現はエッジにとって奥の手なのだ。長時間の魔剣使用は精神汚染を酷く誘発し、危険な状態になりかねない。短期決戦を前提に置いた幻想具現なのである。
「吼えろ!ストームブリンガー!!」
エッジは魔剣を天に翳し、高らかに叫んだ。その刹那、空は漆黒の雲に覆われ月明かりを奪い去る。辺り一面闇に覆われるが、魔剣の所有者であるエッジの瞳は赤く光り、まるで真昼のように辺りを見渡せる。
和服の女性の視野を奪い去った瞬間、エッジは屋根を蹴って空中へと躍り出た。
「ちょっと、リペアさん?顔とても怖いのですが、落ち着いてくれ、頼むから落ち着こう」
「これが落ち着いていられると思いますか?私はさっさと任務を全うして、今日は自宅に帰って溜まっていた時代劇のビデオをかたすはずだったんですよ!まったりとのんびりと!」
「時代劇とかもあんのかよ・・・というかテレビ放送とかあるんだ・・・」
この先どんなことがあろうがなかろうが、もう驚くのは止めにしようと誓う剣示であった。
「ちっ、分かったよ。やるんだったらやってやろうじゃねぇかよ・・・女に手をあげるのは嫌だがこの際仕方ねぇし・・・痛い目にあっても後悔すんじゃねぇぞ」
剣示はベッド脇に置いてあった土産物の木刀を手に取って、リペアを見据えて構えた。
「何してるんですか・・・?」
「え、何って・・・自己防衛?」
「はぁ・・・自己防衛ですかー何から身を守ってるんですか?」
「え、何って・・・リペアから?」
訳が分からないといった風にリペアは首を傾げている。
「え、だって、さっき仕事しなきゃいけないとかなんとか言わなかったっけ?」
「ええ、言いましたけど?だからイライラしちゃってるんですけどね」
「俺を殺すのがリペアの任務だろ?だから・・・」
「ああ!あーあーあー。なるほどなるほどー、任務とお仕事は違いますから、今は安心してもらって構いませんよ」
今はという言葉にいつかは殺すつもりなのだろうという不安が沸いてくる。
とはいえ、本当に今現在は、リペアは剣示を殺すつもりなど無いらしく、「椅子お借りしますねー」と椅子を机から離し、腰掛けた。
「アクセス。クロニクレス・・・承認ナンバー0097665322109771リペア」
長ったらしい認証ナンバーコードを支えもせず、さらりと言ってのけるリペアにちょっとした尊敬の念を抱く。
言い終えたリペアの周りにカラフルな光のキーボードが顕れる。
まさにギネスもビックリなスピードでキーを叩き出すリペアに呆気に取られる剣示だったが、ふと何かを思い直したように部屋を出て行った。
「アクセス者数検索。内、高位図書アクセス者ろ過。不正コード検索。HIT!やっぱり居た!アクセス隔壁閉鎖。くっ、ちょこまかと!バスター起動。こうなったら包囲しちゃいましょうかね!」
光の画面の得体の知れない文字の羅列を見ながら、リペアはブツブツと独り言を言いつつ手を休めず動かし続けている。
ブラインドタッチがさまになっているリペアは、時折、Shit!などと暴言を吐きつつ黙々と処理をし続けていた。
処理に熱中していたリペアの鼻腔を擽る香ばしい香りがリペアの思考と動きを止める。振り返ると、剣示が照れくさそうにミルクと砂糖を入れたコーヒーをリペアの手におさめた。
「ありがとう!剣示さん」
意外そうな顔を一瞬し、にっこりと笑ったリペアに、不覚にも剣示はやっぱり可愛いなと思ってしまうのだった。
視野をほとんど奪っているにも関わらず、和服の女性はエッジの攻撃をことごとくあっさりとかわすしていく。
「この程度の魔剣で私の瞳を奪ったつもりなのでしたら・・・がっかりですね」
失望したとでもいうように和服の女性は溜息を吐いて、神槍を構えなおす。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
苦しげな呼吸に全身の筋の震え、エッジは自分の体が限界に達しようとしていることに気付く。
まずい・・・魔剣を使いすぎた。このままじゃ、魔を抑えている私の精神が崩れる!
追い討ちをかけるように和服の女性は言い放つ。
「今度は私から行きます」
神槍を回転させながらエッジに向って屋根を蹴った。エッジは攻撃を受けるため、グラムを構え直し、カウンターに備え、魔剣を半回転させ逆手に構えた。
キィンっと金属特有の衝突音が響く瞬間、逆手に構えた魔剣を振るおうとしたエッジは目を見開いた。神槍を受け止めたはずのグラムがみるみると消滅してゆく。
「開け、5つの門。破滅の光!」
受けとめた神槍の穂先が5つに分かれ、稲妻を迸らせながら輝きを増してゆく。
「ルイネーション!」
真っ白な光に包まれていくエッジ。エッジの輪郭すらも掻き消して行く白い光、いや、最早これは光などではない。
白い闇だ。
エッジは見開いた目を閉じ、どうすることも出来ない現実に唇を噛んだ。
閉じた瞳から一筋、雫が頬を伝った。
リペアの処理画面をなんとなく見ていた剣示に見たことのある文字が映し出された。
caution!画面にはその文字が中央に表示されていた。
「動きが止まった!?やらせませんよー!」
まるで今までの動きは序の口だったとでも言うかのような速度でタイピングをしていくリペア。
「ウォール展開!バスター一斉掃射!アクセスログ昇華。プロセス反転!捕まえたぁ!デリート!!」
そう叫んだリペアは心底やり終えたといった笑顔を浮かべた。画面中央にはDelete complete!
の文字が映し出されていた。
エッジを包んでいく白い闇が急速に反転収束して消え去っていく。
「・・・ケールテイカー(管理者)の仕業ですか」
そして神槍までも光の粒子に変わり消え去っていく。
「そうですよー!いい仕事してますでしょ?」
剣示の家の玄関にエッヘンと腰に手を当て、胸を張っているリペアが呟きに応える。
リペアと一緒に玄関に出ていた剣示が何かに気付いたように走り出した。
気を失い、グラリと屋根から落下するエッジをぎりぎりで受け止める。
「あ、あぶねぇー・・・」
ほっと息を吐いた剣示の背中にリペアが声を浴びせる。
「フォースは体だけは頑丈に出来てますから屋根から落ちたくらいじゃどうにもなりませんのにー」
「んなこと言ったって・・・女の子なんだぞ、怪我するじゃねぇか」
剣示の言葉に重なるように、パンパンと手を叩く音が響いてきた。
「嗚呼、何と偽善に満ちた優しいお言葉だろう。全く吐き気がするほど素晴らしいね」
暗がりからぬぅっと姿を現せたのは、黒いロングコートを羽織った表情の無い男だった。
笑顔なのにまるで能面のような印象を受けさせる。銀髪をオールバックにし、ロングコートのしたの衣類も全て黒一色の姿はある種の歪ささえ感じさせていた。
「・・・名無し・・・」
蒼白な顔でリペアは呟くように言う。
「ふ、名無しとは酷い言い草だな。アカシッククロニクレスの連中はまだ私の名前さえ見つけられぬと見える」
「誰だ・・・お前・・・」
口を開いた剣示を男が見やり、言う。
「やあ、初めましてだね。相島 剣示君。私は、相島 剣示だよ」
さも当然のように言い放ち、口元を歪める。
困惑する剣示を他所に屋根の上の和服の女性に向かい、笑う。
「サッド。私はこんなことまで命じただろうか?」
「・・・申し訳ありません。サッド様・・・」
サッドと呼ばれた女性は今にも泣きそうな顔で只俯いた。その瞬間屋根の下にいたはずの男はサッドの目の前に移動し、「顔をあげろ、サッド」と言い放つ。
顔を上げたサッドの顔面を強かに拳で打ち抜く。崩れ落ち、顔を抑えたサッドは血を流しながら「申し訳ありません」それだけを繰り返す。
さらに、崩れ折れたサッドの頭を靴で踏みつけ屋根に押し付ける。
「いいんだよ、サッド。サッドは私のためにと働いてくれたのだから」
言っていることとやっていることが全く違う男に、虫唾が走り、剣示はエッジを優しく横たえて立ち上がった。
「おい。最低男。やめろ」
自分のことを言っていると気付くのが遅れたとでも言うように、ああ。と言いながら、もう一度強かにサッドの頭を踏みつける。
「これを止めろと言っているのかな?」
「くっ!降りて来い糞野郎」
「いいのです!剣示さん。私は喜んでサッド様のお叱りを受けているのですから」
屋根の上で踏みつけられながらも本当に笑顔でサッドは剣示を制した。
「喜んでいるらしいよ?剣示君」
「いいから、ヤメロ。偽善でものいってんじゃねぇよ。俺がムカつくから、ソレをヤメロと言ってる」
「嗚呼、私はそういうの好きだよ。人の喜びに怒りを覚える。価値観を押し付ける自己満足・・・いや、実にいい」
頭に血が上っていく恍惚にも似た興奮の感覚。脳内麻薬が次々と分泌され、体が熱くなり、今ならばその男をコロスことだって出来そうな感じさえもする。
体の奥底で何かと共鳴しているような心地良さを感じる。
ああ。と思う。
この男をコロスことが出来ると。その理由が十分にあると。
剣示の怒りを気にも留めた様子なく、男は屋根から姿を消す。
次に現れたのはリペアの目の前だった。
「!?」
リペアが驚き、目を見開いた瞬間、リペアの体が近くの家を囲っているコンクリートにめり込んだ。
「ごふっ・・・っ」
全身を押し潰す衝撃にリペアは口から血を吐く。
「やめろ!!何してやがる・・・!!」
「私がここを訪れた理由はね。君を救うためだよ」
剣示の言葉を遮る様に冷静に満ちた言葉が男の口から吐き出される。
「君の命を代償に魔法書物イーヴァルズグラァックスの回収を命じられたこの女を、殺すためにね・・・君だって安心して毎日を迎えられるんだ。礼はいらないよ、私がそうしたいからするのだからね」
「黙れ」
目の前が赤く染まっていく。まるで頭に上った血が目を侵食しているかのような感覚。
次に何か喋りでもした瞬間、俺はあいつを殺す。
ああ、心地良い。
頭の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
「どうして?分からないな君は」
男がそう口を開いた瞬間、剣示は地を蹴っていた。剣示の足が蹴った地面がまるでクレーンの鉄球を落としたように抉れる。
音が遅れて響く、すでに剣示は十数メートル離れた距離の男を殴りつけていた。
振り下ろしの拳で殴りつけた男は信じられないことに地面にめり込んでいる。
それにも拘らず、男は狂喜したようにワラウ。
「意外だよ。本当に意外な展開だよ。君がこんなにも早く目覚めてくれるとは・・・イーヴァルズグラァックス」
ゆっくりと立ち上がり、男は剣示の後方を見やり言う。
剣示が振り返ると、そこにはゴスロリヨロシクな格好をした年の頃10の少女が微笑みながら立っていた。
金色の瞳に金色の髪を肩口に切りそろえ、到底年相応には見え無い魅力的な顔つきをした少女は剣示を見つめながらうっとりとしていた。
「おはよう。マスター」
剣示に向って少女はハッキリとそう言った。
「さあ、おいでイーヴァルズグラックス」
優しげな表情を見せるがどこか能面のような表情を消しきれていない男が、少女に手を差し伸べる。
「厭よ。私のマスターは貴方じゃない」
一瞬理解出来ないと言った表情を浮かべるが、すぐに笑い出す。
「そうか、そうか。意外なことは重なるものだ。まさか剣示君がイーヴァルズグラァックスの主として覚醒させるとは」
「煩い奴。マスターは貴方に敵意を殺意を持っている。だから、私は貴方を殺す」
少女は男に向って手を翳す。瞬間光が収束していく。
「今日は何という素晴らしい日だろうか。喜びに心躍るとはこのことだ。また日を改めて会いに来るとしよう、さぁサッド帰ろうか」
「はっ」
サッドと男の輪郭が急速に薄くなり、消え去った。
少女は収束しつくした光を今度はリペアに向ける。
「お、おい!?」
「何?マスター?」
少女はキョトンとした表情で剣示を見返す。
「何してんだよ、もう敵はいないだ。それ消してくれ」
「いるよ?だってコイツ、アカシッククロニクレスのケールテイカーだもの。マスターの命を狙っていたんだよ?」
「いいから、やめろ」
「・・・分からない、何で?マスター」
子供を宥めるように剣示は少女の肩に手をやり、収束した光を消滅させた。
「そいつは友達だから。どんなことがあっても友達は殺しちゃいけない」
「友達は、殺しちゃいけない」
鸚鵡返しのように言う少女に剣示は優しく頷いた。
「そう、友達は殺しちゃいけない」
「分かったよ。マスター」
「そう、いい子だ・・・えっと」
「イヴ。私の名前」
「いい子だ。イヴ」
そういってイヴの頭を撫でた。
「結界が解けるよ。マスター」
空を見上げるようにいうイヴに剣示は訊き返す。
「結界?なんだそりゃ」
「フォースの常套手段、このエリアの空間を閉じ込めて、人間に知られないように戦いを行うの。それを結界と呼んでいるの」
「じゃあ、うちの親や、近所の連中が出てこないのは結界のおかげってことか?」
「うん」
その結界が解けるということで急いで剣示は気絶しているリペアとエッジを回収して部屋へと戻った。
「ぜぇぜぇ・・・何かとんでもなく疲れた」
「大丈夫?マスター」
肩で息をする剣示に笑いながら声をかけるイヴ。
「はぁはぁ・・・ダメだとんでもなく、眠いぞ?何でだ・・・」
「きっと初めて魔法を使ったのが原因だと思うよ」
剣示の疑問にサラリと答える。眠いのに逆らってはだめだというイヴに従い、ベッドにリペアとエッジを寝かせて、下に布団を敷いて眠りにつくことにした。
「一緒に寝ていい?」
「ああ、寝なさい」
「違う。そっち。一緒の布団」
「狭いからやだ」
イヴはにべも無く言い放つ剣示にぶぅーと頬を膨らませて拗ねるが、すぐに機嫌を直し、「それじゃおやすみなさい」といって電気を消して床に就いた。
次の日、剣示が朝起きると一緒の布団の中でイヴが寝息を立てていた。
「・・・全く」
そう呟いて、イヴを起こさないようにそっと起き上がってベッドを見るとすでに二人の姿は無く、壊れかけたテーブルの上にエッジからとリペアからのメモが残されていた。
[剣示さん。昨日はお世話になりました。これからも剣示さんの周りで何かしら事件が起こると思います。その時にはまた私が現れると思いますのでまたよろしくお願いします。エッジ。追伸 コーヒーの淹れ方私も試してみようと思います。]
「事件予言されてもなぁ・・・」
そう言ったものの、剣示自身もこれが始まりに過ぎないことくらい容易に理解できていた。
[剣示さんへ。お世話かけましたー。私は任務失敗しちゃったんで帰りますー。多分もう会うことは無いと思います。・・・友達は何があっても殺しちゃいけませんもんね?では、お元気で。リペアより]
「・・・お前も元気でな、リペア」
リペアのメモ書きにちょっとジィンとして、目頭が熱くなっていた剣示に玄関のチャイム音が鳴り響いた。
「うお、誰だ日曜の朝っぱらから・・・」
朝っぱらとは言ったものの、現時刻は11時過ぎだった。
ピンポーンピンポーン。いつもなら母親か、父親が出るのにおかしいなぁと思い居間に行ってみた剣示はテーブルにメモを見つける。
[父さんと外食してきます。起こしたけど起きなかったので、残念だけど剣ちゃんはカップラーメンでも食べてなさいね(笑)母]
何だカッコ笑いって!畜生!
仕方なくジャケットを羽織って玄関に向ってドアを開ける。
「え?」
「てへ。クビになっちゃいましたー!寮追い出されたんで取り合えず、責任もって私を住まわせてくださいよねー?友達だもの、当然ですよねぇー?」
笑いながら、荷物を抱えたリペアが固まる剣示の脇を抜けて堂々と家に上がっていく。
相島 剣示 スコア 居候×2獲得。
親に説明をする文章を必死で頭に描きだすが、どうにもこうにもうまく纏まる筈もなく。冷や汗が出てくる始末で、しかも、世間体に今から悩みだす剣示であった。