第二夜:エッジ墜落する
剣示の部屋の室内温度は急激に下がっていく。原因はやはり粉々に割られた窓のせいだろう。
しかも!季節は真冬。あり得ない寒さである。首を縮め、身を震わせながら剣示はリペアに訊く。
「知り合い?」
「いーえ、全然」
テーブルを半壊させつつその上に叩き付けられたままの格好の少女が呻きながら起き上がった。ボブショートの黒髪に良く似合った愛らしい顔つきの少女が身に纏っているのは黒い髪とは正反対の真っ白で統一された服だった。
取り合えず高価そうなオーダーメイトな服だ。とてもユニ○ロでは買えそうにない。
「こ、ここは・・・!?なんでここに図書館の犬が!?」
少女は飛び起きるようにリペアを見て身構えた。
「えー、あちらの方貴方のこと知ってるみたいですが?」
「あらまぁ・・・その様な侮蔑の呼び方をする者は一組織しか知りませんねー」
「さっき言ってたあの、フォースとかなんとかいうやつか?」
「そうそう、そうです」
どうやら、先程の質問の答えを知っていそうな人物のようだった。つまりはこの少女こそフォースという戦闘、調査、工作などを主に行う組織に属する者であるらしい。
「なぁなぁ、フォースと図書館は仲悪いわけ?」
ヒソヒソと剣示はリペアに耳打ちをする。
「まぁ、それなりに仲は悪いですよー。何か私達が職務怠慢しているからいっつも自分達が尻拭いをしてるーみたいな勘違いをしてる勘違い野郎ども組織なんですよー。まぁ言うなれば私達の様に頭を使うお仕事じゃないようですし?頭悪いんでしょうねー」
「・・・なんですって?」
少女がリペアの言葉に目を細め、眉を吊り上げる。
部屋の温度が更に下がった様な感覚に、剣示は鼻水を啜りながら冷めたコーヒーをすする。
「ずず・・・まぁ、この部屋の所有者なんだけど。一言いいですかね?窓ガラスとか弁償してもらえるんでしょうか?」
「・・・え?あ、す、済みません!あの、わ、私、魔道探索組織フォースに属しているエッジと申します。こ、今回は、窓ガラス割っちゃってほんと、ご、ごめんなさい!えっとえっと・・・多分労災おりるんで私個人でお支払いいたします!絶対払いますから!」
「労災あるんだ・・・」
エッジと名乗った少女が土下座でもしそうな勢いで平謝りするなか、どうにもこうにもこの異常事態の最中聞きなれているというか、微妙な単語に意外性を見出してしまう。
「そりゃ、私達の世界にだって労災保険くらいありますよー」
とリペアが独り言のように呟いた剣示に答えた。その間にも「済みません、ごめんなさい」と謝り続けるエッジはとても素直ないい子に見えた。
「あぁ、そんな気にしなくっていいよ。ほら座って、今コーヒーでも淹れてくるよ」
「あ、済みません・・・」
「じゃあついでに私にも頼みますね・・・ってすんごい今無視してますね?あり得ませんから。こんな至近距離で無視されるなんてあり得ませんよ?ちょ、ちょっと剣示さん!?」
本気無視の入った剣示は喚くリペアを他所に部屋を出て行った。
二人取り残された形で向かい合い、気まずい雰囲気でどちらからとも無く目を逸らしていた。
「先程もいったけれど、何故貴方がここにいるのかしら?」
エッジは仕方なくといった感じで溜息と共に口を開いた。
「私は、私の本分を全うするためにここにいるに決まっているじゃありませんか?それくらいも理解出来ないのですかねぇーフォースに属する輩は」
わざと相手を挑発するような言い草でリペアはエッジを牽制した。
深呼吸をするようにエッジは挑発には乗らず、その先を促した。
「どういうことか説明してもらえるんでしょうね?」
「私の任務はたった一つですよ。魔術書物イーヴァルズグラァックスの回収ですよ」
リペアの言葉に激昂するようにエッジは立ち上がり、リペアの顔に指を突きつけ怒鳴った。
「確かにイーヴァルズグラァックスの回収は重要です!ですが!今回は私達フォースに一任するはずでしょう!?何故今になって貴方方がしゃしゃり出て現場を掻き乱すような真似をするのかが本当に理解出来ないわ!」
「理解出来ないのはそちらのやり方ですね。大体、魔術書物を囮に”彼”を捕まえるという発想が頭がオカシイとしか思えません。ナンセンスです」
リペアはさも当然といった顔で冷静に物を言う。エッジはリペアの言い分に反論出来ないのだろう、唇を噛み、突き出していた指を収め、拳を怒りに震えさせている。
「まぁ、貴方が考えた作戦ではないにしろ、アカシッククロニクレス上層部の方達はフォースのやり方には賛成出来ないと言っているのですよ。私が動いた旨は貴方方フォースのトップ、”闇の剣”に伝えてあります」
「・・・そう」
エッジは力が抜けたように座り込んだ。フォースのトップが承認したことに自分がどうこう言える立場ではないことくらいは理解しているつもりなのだ。
肩の力が抜けたように項垂れるエッジにリペアが質問を繰り出した。
「ところで、貴方の登場の仕方の異常さを指摘するのを忘れていましたよ」
「・・・別にこれといって報告するほどのことじゃないわ。”彼”の”目”を潰していた際の交戦中”彼”の眷属に襲撃を受けたのよ。今のところイーヴァルズグラァックスに手を出す動きは出ていないわ」
もう訊くことは無いといった雰囲気でリペアは「そう」と短く返事を返し、壊れかけたテーブルに肘をついてそっぽを向いた・・・瞬間。
「・・・襲撃を受けたんですね?」
「・・・?だから言ってるじゃない」
「・・・撃退しましたか?」
「・・・撃墜されたからここに居るのよ」
「・・・貴方を襲撃した敵さんがお待ちですけど?」
リペアの言葉にゆっくりとエッジが首を回し、「あ」と言う。割れた窓の外側の瓦に立ち尽くす形でエッジとは正反対の黒一色に統一された和服に身を包み、腰まで伸ばした栗色の髪をうなじ辺りで結わえた品の良さそうな女性がにっこりと笑って言う。
「攻撃してもよろしいかしら?」
「すごく良心的な作りのRPGでもその台詞はプレイヤーに馬鹿にしてると思われそうですねぇ」
全く関係無いといった様子で、リペアがヘラヘラと笑いながら解説している。
「”彼”は何処にいるのか・・・力ずくでも答えてもらうわ!・・・御出でなさい竜斬刀グラム!!」
エッジの叫びに応えるかのようにその両手に色鮮やかな光の粒子が漂い、形を成していく。
「貴方方は”彼”の名さえも知ることなく滅びることになるでしょう・・・御出でなさい閃光槍ブリューナク」
エッジに対抗するように和服の女性は手を掲げ、呼びかける。
エッジには本当に竜でも殺すために作られたような馬鹿でかい大剣が、和服の女性には稲妻を迸らせながら光輝く聖槍が顕れた。
今までヘラヘラしていたリペアが女性の呼んだブリューナクを見た瞬間に顔色を変えた。
「・・・神具召喚。まさか、アカシッククロニクレスに不正アクセスされている・・・?」
まさに、神と人間の作った武器の戦い。分が悪すぎる・・・エッジさんには悪いけれどこの戦い明らかにエッジさんの負けになる。
ブリューナクは三大神槍の中の一つ。その力は都市を一振りで消滅させることすら朝飯前・・・。ってどうしよう・・・都市壊滅させられでもしたら魔術書物の回収は不可能!?
今日はさっさと回収して帰って時代劇見る予定だったのにぃー・・・。
心底嫌そうな顔でリペアがげんなりとしている所にタイミングいいのか悪いのか、剣示が部屋に戻ってきた。
「・・・あ、お邪魔しています」
と間の抜けきった挨拶をする和服の女性。剣示はもう何事にも動じない精神を身につけそうだった。
「えー。戦うんでしたら外でお願いするわ」
「ええ、それはもう重々承知しておりますので御心配なさらずに」
今から生死を懸けた戦いが始まるにしては全く相応しくない会話に剣示のほうがげんなりとしそうだった。
「まぁ、とりあえずコーヒー淹れたんで飲んでからということでどうですかね?」
そういってエッジと自分のために淹れたコーヒーを和服の女性に差し出した。
「あ、これは済みません。ありがたく頂戴いたします」
「あ、済みません。ありがとうございます」
エッジと和服の女性は二人して剣示に礼を言いながら腰を下ろした。
「ちょっと。剣示さん・・・私のは?私のをこの人に渡したですか?なんでですか?なんでそんなことするんですか?イジメですか?イジメかっこ悪いです!!」
「いや。リペアの分は最初から淹れてないから心配するな。あれは俺の分だ」
剣示がにこやかにリペアを宥める様にぽんぽんと肩を優しく叩いた。
「あーそうだったんですかぁ。なぁんだビックリしましたよー。私の分が無いのかと思って・・・ってないんですね?最初からって・・・?こんな酷い話がありますか?ねぇ皆さん!?」
「ふぅ。落ち着きますね・・・剣示さん、でしたね。コーヒーを淹れるのがお上手ですね」
「ほんと、おいしいです!ありがとうございます剣示さん」
「あれぇー。ちょっと今、不覚にも泣きそうになっちゃいましたよ?アウトオブ眼中ですか?」
本気で表情が凍るような顔でリペアが今にも泣き出しそうになるのをよそ目に、三人はちょっとしたコーヒーの淹れ方講義を始めていた。
「さて、コーヒーご馳走様でした。さてエッジさん。始めましょうか」
「ええ。剣示さん美味しかったです。ありがとうございました!では」
二人は剣示にそう挨拶して窓から外へと飛び出していった。本当は戦いなど止めたいが剣示には止める理由も権利も無い。ただ、二人が無事に終わることを祈るだけだった。
「さて、今度は私のお仕事もしなくてはいけませんねぇー」
怒りに震えるような形相でリペアが剣示に向ってそう告げた。
ああ。そうだった。
こっちはこっちでピンチだったのを失念していたと剣示は項垂れた。
冬の夜空は綺麗だなぁ・・・。
吹き抜けの窓から空を眺めつつ、ついつい現実逃避をしてしまう剣示であった。